本庄と研究室③

 教授が諸々の事情で退官することになった。めでたいことなので、そこらへんは大丈夫だけど。

 そして、教授が退官するということは教授のポストが開くということである。


 本庄のボスは准教授だ。つまり、次の教授の立場を狙える人である。もちろん、教授選考の対象である。うちの院生の先輩曰く、准教授は若いがおそらく教授になるだろう、と。つまり、実は相当すごい人だったらしい、と。(ほんまか? 普通のエアリズム1枚おじさんにしか見えんけどな)


 カラムーチョをサラダにかけて食う教授は、准教授をゴリ押しである。というか、准教授をそれなりの大学から引っ張ってきたのはこの教授だからだ。院生の先輩(頭もいいがそれ以上にゴシップに強い)は、教授候補として連れてきたのだろう、と言っていた。


 そして、教授選考は揉めに揉めたらしい。全国から教授候補者が殺到したのだという。うちの大学のこと全く知らずに応募してきた人もいっぱいおるやろけどな。無名大やし。ちっちゃいし。


 そして准教授は、教授選考には落ちた。誰もが驚きである。先輩曰く「ああ、うちの大学には派閥があるから、派閥争いに負けたんだよ」

 リアル白い〇塔やんけ。


 そして、負けた准教授は大学を去らねばならない。ルール(?)らしい。そういえば、こないだ教授が変わった〇〇研究室も、先生の姿が消え……。ゲフン。

 つまり、エアリズム准教授が今年で大学を去るのが確定した。来春から先生は無職である。(ここがアカデミアなセカイの怖いところ。本当に怖い)


 准教授は明らかに落ち込んでいた。やる気ゼロである。我々学生にも、研究室に来るように言わなくなった。急に休みの日が増えた。

 だが我々学生は、別に休みなど求めてはいない。


 本庄は、この6時には電気の消えるクソホワイト研究室でならD進Doctor 進学しようと思っていたのだから、新しい教授など不要である。エアリズム准教授についていきたかったのだ。


 なお、普通の研究室が6時に消灯ってのはまずない。だいたい8時、下手すりゃ10時を過ぎても電気がついている研究室もある。こっわ。


 だから本庄はD進をやめた。まあ、もともと論文が嫌いなので、D進してたらえらいことになってた気がするけど。


「どうする?」

 学生たちは頭を寄せて話し合っていた。

「励ましの会でも開くか」

「直接励ましの会開いたら、帰って落ち込むで」

「打ち上げを開こうや。それならええやろ」


 満を持して打ち上げは開かれた。酒はガンガン入る(本庄はそんなに飲んでないけど)。先生はヤケ酒である。割と強くて院生の先輩がいないと太刀打ちできないのに、先生は酔っぱらった。やっぱ落ち込んでるっぽい。


 酔っぱらった先生は、その二日前くらいに別れた本庄の恋人に電話をかけて、復縁しろだのなんだの好き放題言って電話を切った。本庄も、めっちゃからかわれた。

 落ち込むのはこっちじゃ。まあ他の人に既に一通りからかわれた後だったから別にいいけど。


 で、つい先日、先生と一緒に実験する最後の日が終わった。最後に一つ思い出でも作ろうと、先生の暇な日を押さえて豪華にランチに行った。半分は先生に払わせた。ごちそうさまです。

「先生、お正月何してたんですかぁ~?」

「俺? 家族で海外旅行行ってたけど……」

 元気じゃん。バリバリ元気じゃん。あとお金持ち。正月に海外旅行はヤバい。いくらすると思ってんねん。寝てろ。


 この流れなら聞ける。

「先生、来年からどこ行くんですかぁ?」

「俺、大阪の某私大から声がかかったから、来年から教授やるわ」

 大出世やん。

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