本庄とパパ

 本庄の父は、本庄が大学二年の冬に死んだ。

 うわ唐突に重い話が来たな、と思われるだろうが、悲しんでいる人は誰も出てこない。安心して読んで欲しい。


 もちろん、父が死んで最初は家族みんな悲しんでたし、家族仲はめちゃくちゃ良かったし、ファザコンの本庄は葬式では大泣きしていたのだが、葬式が終わるとそれどころではなくなっていた。


 まず、葬式からわずか十日ほどで再試験があった。そりゃ先生に言ったら試験日程を伸ばしてもらえるかもしれないが、伸ばしたところで自分には不利にしかならない(試験問題が変わるからね)。受けるしかないのだ。


 しかももっとヤバいのが、うちの弟である。高校三年生の冬、センター試験一ヶ月前だ。弟は本庄と違ってかなり賢いので、第一志望はもちろん国立である。

 うちの母などは、父に対して「なぜこんな時期に死ぬのか」と激おこブチギレぷんぷん丸である。父も別に好きで死んだわけではないのだが、時期がヤバいのは確かなので天で反省してもらおうというのが家族の見解である。


 子供達二人が試験に切羽詰まり、母も役所やらの手続きで忙しくしているし、父の死を悲しんでいる余裕は全くなかった。

 もともと、父は無口で、家族の様子を影から見ているような人だったので、いなくても喪失感というのが意外とないのもある(こんなことを言うと流石に父に怒られるか? まあないな。怒ってるのを見たことがないし)。


 このヤバい状況の中、家族が一丸とならなければならないという危機感が互いに生じていたのか、我々家族はびっくりするくらい誰も悲しんでいなかった。

 だがトラブルは起こる時は起こる。


 その具体例が、弟の入試(二次試験)である。うちの大学(というかうちの学年)も、二月二十五日が偶然休みだったので、自分も弟の泊まるホテルに遊びに行き、夕食を食べて部屋に戻ってテレビを見ていた。弟も試験は終わっていたので一緒にテレビを見ていた。


 そこで流れたのが日本生命のCMだ。受験を間近に控えた女子高生の父が死んでしまったものの、父の保険金で大学に行けるというストーリーだと思う。清原果耶氏が出演しているのでググって欲しい。

 見て驚いた。

 我が家そっくりだ。


 さすがにこれはテレビを前にして家族3人凍りついた。いや凍り付いてはいけないという使命感からか、母も弟も自分も平常心を保っているように見えた。長く思えたCMの中で、自分はなんと言うべきか必死に考えていた。


 主人公の女子高生が「お父さん、大学行けるよ」という言葉でCMは終わった、その瞬間、本庄の口から出たのは「この子は大学行けるけど、お前は大学行けないな〜」であった。弟は試験の結果が芳しくなかったのである。


 まあこれでしょげられたらその時はその時だと腹を括っていたのだが、弟は爆笑した。多分顔を見る限り心の底から笑っていた。後から考えたら普通は笑える台詞ではないのだが、この場に限っては許された。


 これを機に(それ以前からもちょくちょくあったのだが)、我が家では父の死をネタにして家族内で笑いを取ることが解禁となった。今ではごく自然に父の死が出てくる。まあパパのことを思い出してるだけだからいいよね〜というノリである。パパが怒る? 断言してもいい、絶対に怒らない。


 そして周囲にも本庄パパの話を振ってみたくなるのだが、大抵乗ってもらえない(そりゃそうだ)。ただ、一人だけ、本庄パパの不謹慎な話に乗ってギャグまで返してくれる猛者がいる。つよい。勝てない。

 そんな彼にはいつも本庄パパの笑えないブラックジョークを振ってしまう本庄である。


 え、本庄がパパの葬式の十日後に受けた再試の結果?

 それは次回の「本庄と再再試」の項目で明らかとなる。


 え、本庄の弟の入試結果?

 それはまた今度の「本庄と浪人」の項目で明らかとなる。


 ちなみにこの話は笑い話です(だから笑えないブラックジョークだって言われるんだよな。でもみんな笑ってあげたら本庄喜ぶよ)。

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