STORIA 38

瞳に小さく映った光は瞬く間に視界全体を眩しく覆い尽す。

何かが体に衝突した……。

それだけは僅かに感じ取った。




瞼の奥深くに山の様な容をした物が浮かび上がる。

真っ赤に染まる血の色で埋め尽された山の光景だ。

懐かしい景色も見付けたばかりの華や樹の姿も僕の目にはもう映らない。

手を伸ばそうとすればドロドロとした原色が更に濃さを増し赤黒く褪色していく。

僕は何故こんな処に居るのだろう。

意識の向こう側、遥か遠い場所で誰かが僕の名を呼ぶ。

はっきりとした感覚がこの体に戻って来る。

「……この子の知り合い!? じゃ、すぐに親御さんに連絡して! 番号分かるわね?」

「救急車が来るまで動かさない方がいいわ」

「でも血が……」

数人の声が入り混じる中、僕は目を覚ました。

三、四人の主婦と見られる女性の姿に僕と同じ位の青年の姿が二人、目に映る。

皆、僕を囲む様にして地面に腰を屈め、この体を気遣っていた。

「冬悟……!」

青年の一人は、さっきまで一緒に居た僕の友人、音羽だ。

僕は……、意識を失っていたのか?

確か大きな光が近付いて、その後は……覚えていない。

ゆっくりと首を動かし辺りを確認する。

見慣れた建物がある。

音羽の家だ。

そうか、さっきの交差点はここへ繋がっていたんだ。

そんな悠長な事を考えて居られる位、僕の気力は確かな物だった。

普段と変わらず安定した心持ちで自分の今ある状況を受け止めている。

だけど癖の様に髪を掻き上げた指先にぬらりと滑る液体が付着する。

暗くて見えない。

だけど血だ、それもかなりの量の。

「触れない方がいいわ。すぐに救急車が来るからね。少しの辛抱よ」

女性が僕の手を取り耳元で言った。

そう言えば足が動かないという事にも今更ながら気付く。

僕は自由の効かない体に不愉快さを抱き耳が押し潰されそうな救急車のサイレン音や、僕を運ぶ担架の冷たい感覚に現実を想い知らされるだけだった。




「いたた……、あの藪医者、急患だからって麻酔も掛けずに針で人の顔縫う事ないだろ」

「そんな事言っちゃ駄目よ。御医者様だって大変なんだから」

僕と同室の女性がベッドに上半身を起こし雑誌片手に話し掛ける。

「お姉さんには分からないよ」

右腕に液体を送り込む管を気怠そうに撥ね除け言った。

僕は今回の事故で左目の際と下唇の内側を縫った。

そして左足も外傷は殆どない物の一部の感覚を失ってしまっている。

一晩明けた今でも針の通った後には染み入る様な痛みが残っていた。

御蔭で顔なんてガーゼだらけだ。

「治療中にさ、看護婦が『それだけ口達者で抵抗する余裕があるならこんな事位、何ともないでしょ。暫くの間、我慢なさい』だって。ふざけてるよ、抜糸の時も派手にやられるんだろうなあ」

「佐倉君は点滴の針も外しちゃう位、元気だものね」

彼女は目を細めて、くすくすと笑った。

「ほっといてよ。それにあれは外したんじゃなくて外れたんだってば」








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