STORIA 39

僕は一ヶ月の入院を要せられてしまった。

同室のお姉さんとは僅か一日足らずで親しく話せる様にもなっていた。

彼女は僕より三つも年上だったけれど、そんな事は気にせず話せてしまえる親しみ易さがある。

「お姉さんだって元気じゃん。もうすぐ手術が近付いているっていうのに病室で化粧なんかしてさ。看護婦さんに怒られてたじゃん。そんな患者、他に居ないよ」

「悪かったわね」

彼女は少女の様に顔をしかめて見せた。

僕とお姉さんがこんな会話をしている片隅では、もう一人同室の年老いた女性が苦しそうに喉を鳴らし呼吸を繰り返している。

彼女は寝た切りの重症患者だった。

この病室は何だかごちゃ混ぜだ。

僕みたいな事故で外傷を負った者も居れば、彼女の様に脳外科の者も入り込んでいる。

そしてお姉さんは胆曩に胆石を抱えていた。

彼女は別に命に関わる病気じゃなさそうだったけれど。

街外れの小さな病院だから次々に流れて来る患者を空いてる部屋を探しては放り込んでいるらしかった。

ただでさえ病院の建物や雰囲気が苦手な僕なのに、もし同室の老婆と二人きりだったりなんかしたら怖くて堪らなかったに違いない。

だけど何処か安心出来るお姉さんの存在が、病室の重苦しい空気を和らげてくれているのがせめてもの救いだった。

こんな風に事故に体を奪われて、現実を進もうとする心に歯止めが掛かり僕はもう丁度良かった。

あの家でも職場の中でも流れに沿う様に生きて行くなんて出来なかったんだ。

この体が限界を訴えている。

願うは時がこれ以上哀しい音を起こして進まぬ事。

少しの間、動かない様にそっと……、なんて僕は何処かで想っていたんだ。

その声が届いたのだろうか。

それなら心は想うまま。たった一ヶ月でもいい。

苦しみとは無縁のこの狭い病室の中で限られた時間に唯一、解き放つ事の出来る心の羽を想うままに操るから……。




「ね、そう言えば佐倉君のお家の人って一度も御見舞いに来ないのね」

そう言われて真っ先に母の顔が想い浮かぶ。

「ああ……、うん。来ないよ、あの人は……」

嫌な事に触れられたな、という様な顔で僕は返事をした。

「ごめん、不味い事聞いちゃった?」

「いいよ、別に。それより手術日の選択決めた? 先生の勧めて来た日、仏滅か十三日の金曜日だったじゃん」

「全く縁起が悪いわよね」

「病院側がその二日しか都合がつかないんでしょ」

僕は話題を彼女の方へと切り替える。

家庭の話に踏み込まれるのは苦手だ。

僕自身だって願う事なら考えたくないのに。

だけど母は入院費だけは入れてくれていた。

恐らく体裁が悪くならない為に。

僕の為ではなく全ては自分の評判の為だけに。

それだけの理由から生じた行動なのだろう。

そんな金なら僕は要らない。

欲しい物はそんな物じゃない。

だけど今、ここでこうしてあの家と離れて居られる事に心の奥底から安心感を抱いている。



病棟で過ごす日々はそんなに悪い物ではなかった。








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