STORIA 27

「佐倉」

先生が僕の名を呼んだ。

「は、はい」

そう言って躊躇いつつも教壇に向かう僕には反して先生は答案片手に嬉しそうに僕を見降ろしている。

「頑張ったな。先ず一人目の満点者が君だ。これからもその調子でな」

複雑な想いで手渡された答案を受け取ると僕は閑静な教室に足を運び自分の席へと戻る。

数分後、先生の笑顔が二人目に注がれると喚声が沸き起こった。

教壇にさ飄々たる霧島景の姿だ。

「はい、静かに。霧島君、君も満点だ。よくやった。彼等の御蔭でこのクラスの平均点はグーンとアップしたんだぞ。他の生徒も見習う様に。期待してるぞ」

霧島はプリントを手に自分の友人達に喜びのサインを送り続けている。




昼休みに入り霧島の周りは慌ただしさで賑わっていた。

「すげ──じゃん、景。また巧くやったんだろ?」

「ま、な」

「にしても彼方さんは自力で満点取るなんて人間じゃね──な」

彼等はカンニングの話題に触れると急に声を潜め場を塗り替えてしまった。

だけどそれらの会話内容なんて僕には全て素通りなんだよ。

こんな時だけだ。

クラスの奴等が僕を必要として来る時は。

霧島以外の奴だって解答合わせの時だけは掌を返した様に僕の答案に縋り付いて来るんだから。

普段はガラクタ同然のこの存在に見向きもしない癖に、都合の良い時だけ古くなった玩具箱から自分の心に適った物だけを漁る様に引っ張り出して来る。

一刻が過ぎ去れば即、塵箱行きだ。

要は僕は俗に言う"おまけ" みたいな存在なんだろ?

いや、それ以下かも知れない。

特に霧島にとって目的が達成されれば、僕はその時点で要無しだからね。

三学期末になれば彼は再び愛想を振り撒きガラクタの中から僕を引き摺りにやって来る。

だけど僕は成り行き任せで相手の所へ赴く操り人形じゃないんだ。

霧島は試験で自分が高い評点を得た事を如何にも当然の様に振る舞っているし。

その裏では本気で努力をして成果を勝ち取った者がいるという事実を彼は既に記憶から吐き捨て様ともしていたんだ。

まるで自身の力で結果を我が物にしたかの様に。

構わないよ。

使われる事には、ある意味慣れているとも言える僕だしね。

本音に従って感情に逆撫でを起こさせてばかりじゃ此方だって身が持たない。

それに僕を本当に必要としてくれるのは蘭だけで充分なのだから……。




何度も自分の心に言い聞かせてみる。

時々、冷たく吹きしく風が現実を想い知らせに来る様で怖いけれど。

実際、僕は彼女の気持ちをいつまで掴み続けていられるだろうか。

もし、君の心が離れて行ったと感じてしまった時には僕は君の隣でいつもと変わらぬ笑顔を翻すから、どうか迷いから覚めて欲しい。

それ程、君は僕にとって大切な存在だから。

だけど、この心を完全に拒まれる日が必ず訪れるのだとしたら僕は一体どうするのだろう。

応えは簡単だ。

信じ難い程の酷く哀しい想いが掌の中に滑り落ちる。

僕は孤独に逆戻り。

君の姿を追い続ける事は出来ない。








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