STORIA 26
用紙を後座席の生徒に配る際、僕の視界に強引に入り込んだ彼が鉛筆で机を軽く叩きながら最後の合図を送った。
本鈴の音に僕は問題用紙を右手に、回答用紙を左の手元に添える。
答えを埋めていき少しずつプリントを机の枠外へとずらしていく。
霧島はその垂れ下がった用紙に目を凝らし回答を読み取り書き写していくという訳だ。
閑静な教室内に不自然に位置する回答用紙と落ち着きなく彷徨う僕の背後の視線に先生は今回もまた気付く事はない。
終業チャイムに僕は疲れた様に机に覆い被さると、同時に気付かれなかった事に対する安心感から来る物なのか胸を撫で下ろす自分がそこには居た。
そんな僕の背を誰かが硬いペンの様な物で突く。奴だ。
「サンキュな」
そう翻した霧島の表情はすっかり御満悦な様子だった。
漸く終わった……。
これで来年の三学期が訪れるまでは彼の悪意に心捕らわれる事もない。
今日の出来事なんてすぐにでも忘れてしまいたい位だ。
だけどそうもいかない。
答案用紙はこの手に戻って来る物だからね。
嫌な記憶が甦る瞬間は必ずある。
クラス内トップだと自分の名を読み上げられ最高に嬉しい筈のテスト返却がカンニングの御蔭でまるで一転してしまうのだから。
「終わったね、初日」
帰り支度を済ませた僕を蘭が廊下の片隅で待っていた。
「どうだった? 蘭の方は」
「私は分かる処は大体埋めたつもり。結果は余り期待出来ないけど。冬は現国、今回もきっとトップね。凄いね、私も負けずに頑張らなくちゃ」
彼女は僕の目を見つめて優しく微笑む。
僕は蘭に不正の件は一切話していなかった。
僕が被害を被る立場とは言っても相手の条件を呑んでいるという時点で共犯も同然だからね。
本当はこうなる以前に何とかしなければならなかった物を、蘭が真実を知ったなら哀しい顔をするだろうな……。
そう想うととても言葉には出来ない。
だからこのままでいい、この事は僕の中だけで片付ける。
闇に消えて崩れ、想起する事も難しくなるまで。
「蘭、また何処か食べにでも寄っていく?」
「うん、そうね。中休みも必要だものね。賛成」
僕は微かに表に現れ出ていた重苦しい表情を隠す様に彼女に笑顔を見せた。
試験終了から一週間以上も経つと僕達の手元にぼちぼちと答案用紙が返されて来る。
そして勿論、上位者の名も表掲されるんだ。
「皆、静かに席に着いて。今から答案を返すぞ」
現国の先生が束ねられたプリントを教卓で弾き揃えた。
「今回もこのクラスが一番成績優秀だったぞ。満点者が前回に引き続き二名居る。先生もこの様な結果を毎回見ると嬉しい。それじゃ呼ばれたら取りに来なさい」
僕はゆっくりと息を呑む。
「満点って景の事だろ? すげ──な」
「ああ、それと佐倉も……だろ」
僕の後方で生徒達が次々に言葉を翻している。
クラスメイトの大半が僕の努力を二の次に位にしか捉えていないらしい。
全く人の気も知らないで。
他人の妍策に協力する為に陰ながら日々を頑張って来た訳でもないのに。
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