STORIA 18

僕は心にもない言葉を口にしていた。

彼女を手放すなんて考えられない癖に。

「私があなたから離れて行く様に見える?」

蘭はそう言った後、僕の心を探る様な瞳で見つめた。

「私は冬、あなたがいい」

心の何処かで彼女ならそう言ってくれるだろうと確信はしていた僕だけど改めて彼女の口からそんな言葉を耳にすると、その心をとても愛しく想ってしまう。

「僕も……」

小さく呟いて雑踏の片隅で人目も気にせず両手で彼女の体を包み込む。

「あ、見て?」

蘭は恥ずかしそうに僕の腕から離れた。

「ここのショップ、可愛いアクセサリーが沢山あるの。ね、どれが似合うと想う?」

「蘭はそういうのが本当に好きだよな──。僕は何方かと言えば、こういう方が興味があるけど」

僕は隣の旅行会社の表に置かれたラックからパンフレットを取り出し彼女に差し出す。

「旅行?」

「うん。ほら、これ。アメリカなんて良くないか?」

「アメリカ……」

明るく翻す僕の口言葉に蘭は突然口を閉ざしてしまった。

「どうかした? 蘭」

「ううん、何でもないの。ごめんね」

「蘭?」

「……あのね、今度……」




「他にも色々、御得なプランがありますよ。良かったらどうぞ中へお入り下さい」

蘭が何かを切り出そうとした瞬間、旅行会社の店員が扉を開いた。

「いえ、僕達はちょっと通り掛かっただけですから……。蘭、そこのマックに入ろう」

僕は何だか聞き損なってしまった。

彼女は何を言おうとしていたのだろう。

「ね、冬。辛い事がある時には何でも私に話して。一番に聞くから」

蘭は優しい微笑みを見せてくれる。

「ありがとう、蘭……」

今日、彼女と二人だけの時間を作れた事は正解だと想った。

彼女の笑顔を見ている内に先日までの沈んでいた気持ちが随分と和らいだ物へと変化していく。

明日になれば世間や家庭の冷たい枠から孤独へと弾き出される。

だけど僕には蘭が居る。

たった一つでも信じる事の出来るものがそばにある、それだけでいい。




工場での職場の人間関係は相変わらずだった。

人間、言われる内が華だと何も声を掛けられなくなったら最後だと言うけれど。

僕の心は相当屈折していた様に想う。

これ程周りから言われ続けていても彼女達G班の連中は僕に見込みがあるからとか、頑張って欲しいから声を掛けてくているとは想えず、僕が単に頼りないから面白がって甚振って笑いのネタにしているんだとか扱く言葉に踊らされ嘆く僕に次は何をしてやろうかと企んでいる、そんな風にしかこの体には伝わらないんだ。

僕を蔑む流眄にもう憎しみを抱く事しか出来ない。

だけどあの連中と顔を合わす事もない、休憩時間以外は。

今日から僕はSI班での作業だ。

工場に出勤すると同時に僕は作業着に付ける名札を忘れてしまっている事に気付いた。

急いでその足で事務所へと立ち寄る。

室内には僕が移動前、世話になったG班のサブリーダーの姿が目に留まった。

女性ながらもリーダーと同等な位、仕事が出来て周りからは頼りにされている人物だ。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る