STORIA 19

現場では余り彼女から直々に指摘される事はなかった僕だけれど。

だけどそんなサブリーダーにも僕の一部始終を知られているのかと意識する度に虚しい気持ちになる。

彼女はパソコンに仕事のデータを打ち込みに来ていた。

登録を終えると彼女は漸く僕の存在に気付く。

「おはよう、佐倉君。そう言えば今日からだっけ? SI班での仕事」

「……はい。そうです」

「そう。作業量が半端じゃないから大変だとは想うけど頑張ってね。後、怪我には気を付けてね」

「はい。ありがとうございます……」

僕が気を落としているとサブリーダーはマウス片手に心配そうにこの心を窺っている。

「そう言えば佐倉君って、生まれは確か北海道だったわね。私、好きなのよ。もう本当に住みたい位。いいわよね、自然が豊かで」

ああ、これがこの人の気遣いなのだと想った。

「そうですね」

僕は下がっていた口角を無理に引き上げ話す。

そして再び沈んだ表情で胸元にさっき貰った名札を取り付けていた。

「どうしたの、佐倉君。あ、もうこんな時間! 私もそろそろ現場に行かなくちゃ。そうだ……。はい、これ。良かったら食べて。貰い物だけど。うちの社員、休憩中に菓子類分け合うの好きだから此方にも沢山回って来てて有り余っているの」

サブリーダーは席を離れると小棚から洋菓子を取り出し僕に手渡す。

彼女は優しい人だった。

その気遣いも素直に嬉しかったんだ。

少し気を許すと涙腺が緩んでしまいそうな位に。

彼女は僕を傷付けまいと欠点に触れないで居てくれる。

だからこそ余計に気まずさを感じてしまう。

その優しさに応えたくて気持ちを切り替え仕事に励もうと想うのに悪い予感が心を占めて僕は何だか新しい職場を目前に落ち着かない。

休憩時には貰った洋菓子さえ喉が閊えて通らなかった程だ。

平静を装う程、体は正直に反応しようとする。

サブリーダーの優しさに痛む心を寄せながら僕の中では、はっきりとした決断が心を起ち上がらせ様としていた。

新しい現場での仕事量は想いの外、想像以上の物だった。

多い時で一つの台車に千以上もの部品が乗せられて来る事もある。

そんな物が二台、三台と続く。

作業を終えると別の種類の部品が届けられる。

僕は乾拭き様の雑巾でそれらを一つ一つ丁寧に拭いていく。

ただこの作業はライン上の物ではなかったから自分のペースで進めて行けるのが救いと言えば救いだった。

僕が乾拭きをした部品はそばにある班内で使われる。

それぞれの作業員がライン上では忙しく手を動かしていた。

僕の役割は作業員がラインで使う部品を前以て拭いて置き、仕上がった物をライン際に準備しておくという物だった。

ここの現場には全部で六つのラインがあって班ごとに区分けされている。

僕の居るSI班での仕事がなくなると他の班で同じ様に部品を拭く作業を与えられる。

落ち着いて現場内を見渡してみると、シャフトと名付けられたその部品を黙々と拭いているのは僕独りだけだった。








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