第二章/泥む想い
STORIA 17
「特技ならあるじゃない、立派な物が。美大を目指すなんてどう? 冬の描く絵、凄く魅力があるもの。私の気持ち押し付けるなんて出来ないけど、でもあなたに一番相応しい道だと想う」
「絵は……好きで描いているだけで、"好き" と"才能 "は違うから無理だよ。それより蘭は?」
「私は自分の中ではもうはっきりと選んだ道が決まっているの。その為には取り敢えず専門学校に行かなきゃ。両親も理解してくれてるんだけど、ただお兄ちゃんが反対してて……」
「お兄さんが? 蘭の事、心配で堪らないんだよ、きっと。でも専門学校っていうと資格か何かを取るのが目的で?」
「うん、あのね……」
蘭は僅かながら躊躇した。
「僕にも言えない事?」
「ごめんね、今は未だ自分の夢を言葉には出来ないの。家族に一人でも意見する人が居ると私には不充分な処があるのかなって気恥ずかしくなるから……。お兄ちゃんを納得させて、夢が確実な物へと近付いたら冬にもきちんと話すから、だから待ってて」
「蘭……。ん、分かった、待つよ。目標叶うといいな」
僕は夢を攫もうと懸命になる彼女の約束の言葉に大きく頷いた。
愛しい君が抱く夢だけは僕は優しい想いで見守っていられる。
他人の事を気に掛けるのは楽だった。
蘭の事を好い加減に考えている訳じゃなかったけれど、この心が余所へ傾いている間は自身の情けない姿から少しでも離れていられるから。
だけど、ふと風が現実を運び戻して来る。
僕は何がしたいのだろうと。
つも他人の顔色を窺い全ての事に怯え、立ち留まったまま小さな事に泥むばかりだ。
蘭や他のクラスメイトの様に将来を夢見る気にもなれない。
冀望を見付けても恐らくその先に待っている物は玉砕だ。
僕はいつだってそうだ。
不運に見舞われるんだ。
社会に足を踏み入れる事、僕にはもう目新しい事じゃない。
世間の冷酷さならとっくに味わった、バイトに明け暮れる日々の中で。
確かに焦りもあった。
徐々に動いていく生徒達の心に何処かで周りの流れに追い着こうともしていたんだ。
皆、どうしてそんな風に夢を追い続けていられるのだろう。
僕は気付けば"世捨て人"ならぬ"夢捨て人 "になってしまっていた。
社会に出ても僕を必要とする人なんかきっと何処にも居ない。
最終的に僕は要らなくなってしまう存在なのだから。
この間のバイト先での出来事の様に……。
「どうしたの、そんな顔して。仕事先でまた何か言われた?」
蘭が僕の表情を窺い言った。
「……仕事、辞めるかも知れないんだ、工場の」
「辛いのね?」
「うん……。何かもう色々言われてさ。限界だよ」
「そう……」
彼女は少しだけ哀しそうな目を見せる。
僕はそんな優しい君の心に想いを吐き出す様に胸に閊えている感情を言葉にした。
職場で言われた数々の毒舌に酷い待遇を取られた事を。
「ごめんな。嫌だろ、こんな話。付き合っている奴が情けない男でごめん……。蘭は僕なんかとは別れてもっと確りした人と一緒になった方がいいのかもな」
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