STORIA 9

彼女の肩から見越す雪景はまるでスクリーンを通して目にしている様だ。

暗闇の中、大地に敷かれた白に薄い膜を張ったかの様な風景は華の色を暈し消し全てをあやふやに置き換えてしまっている。

涸れた眼差しは夜空の色さえも変えてしまう。

地と樹々の境界線が僕にはもう見えない。

片足に傷を抱えた小鳥が不器用に体を操りながら氷の地表を迷子の様に彷徨っている。

小さな足が弾いた儚く冷たい粒は雪の湖を浮遊する水屑の様にも見えて。

熱に唸された僕の瞳には目に見えない筈の空気の粒子までもがその世界を覆い尽していた。

奥深い立体に視界がぐらついて白く染まる冬の色に心を持って行かれそうな気がしていたんだ。

熱のノイズにぬらつく明媚が不明瞭でありながらも僕の嫌う三次元をくっきりと際立てている事が不愉快で堪らなかった。




「蘭、僕、軽々と成功を手にする奴等が疎ましくて堪らない。気にくわないんだ」

赤く腫れた喉で声を絞り出し、ただ一つの支えである彼女の心に想いを翻す。

「……うん」

厭わしい。

厭わしくて喉元まで胃液が込み上げて来そうだ。

成功を手にし幸福の位置に根付く僕以外の存在にたった二文字の強い執念を抱く。

纏い付くその想いを言葉にはしたくない。

惨めさに油を注ぐだけだから。

「悔しいんだ。自分にない物を持ってる奴が」

「うん……」

蘭は何も聞かずに頷いてくれる。

僕よりも煩わしい気持ちでいるのは蘭の方かも知れない。

こんな話を聞かされて彼女は何を想っているのだろうか。

ただ、君は優しいから僕を責めはせず黙って僕にとって都合のいい人で居てくれるんだね。

なのにもやもやと繰り返す感情が行き来しているんだ。

「蘭、僕の心が汚れているとは想わないのか」

「想わないわ。あなたは汚れてなんかない。人より傷付きやすいだけなのよ」

「違う。そうじゃないんだ蘭、そうじゃ……」

「冬?」

「責めて欲しいんだよ……、本当は」

責めて欲しいんだ。

そうではないと。汚い感情に終止符を打ってくれる釘を待っているんだ。

それが一番愛しい人なら僕は傷付いたりしない、本望だ。

自分を破壊へと導く想いが再びあの二文字を誘い出す。

──"嫉妬"だ。

幸を手に入れた人間への。

そうして禍心を抱き、もどかしさの中、悲劇のヒーローを演じているのか、どうして僕だけは……なのかと泣きながら唸るっている。

淋しさも哀しみも入り混じり、濤の様に体に押し寄せて来る状態を受け取れず瞼の外で小さな粒が弾いては溢れていた。





彼女は僕をその柔らかい胸に抱いたまま無の中、微かな呼吸を繰り返している。

声もなく小刻みに震える事もない僕の体は、ゆたう目許から暗黙の水玉を流す。

月の光が溢れる雫を琥珀に染め蘭の胸を閑かに濡らしていた。

彼女の腕の中で瞼閉じるその時だけは心が淋しいと哭を翻す。

睡夢が体温を奪う夜には僕を愛してと想いが唸る。

何かに被けて心逃げる時には素直でありたいと魄が願う。

僕はただ愛を願うだけ。








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