STORIA 7
僕の生活はまるで生き地獄そのものだった。
バイト先へ通えば周囲に押し込められ、学生生活もこれといって楽しい訳じゃない。
そして自宅ではこの様な調子だ。
だけど僕には蘭が居たから僅かばかり救われていたのだと想う。
彼女が居なければ僕はどういう毎日を過ごしていたのだろうかと考えると怖くなる。
それは恐らく想像通りの地獄絵図だ。
僕はきっと蘭のそばに居る事で素直になれ、その中で日常の充たされない想いを冷ましてやる事により心を保つ事で愛しい者へ優しい気持ちを抱く事も出来る。
誕生した苦しみを自分の心の箱だけに閉じ込めて置く事ほど哀しい事はきっとないのだろう。
そう考えると僕は未だ幸せと呼べる位置に居るのかも知れなかった。
だけどそれは他から見た僕の姿なんだ。
僕の幸福な空間なんて物はいつも裏には哀しみがあって風の動き一揺れで壊れてしまいそうな物ばかりだった。
リビングから母の気配が消えた。
僕は再び紫煙で埋まる室内に戻り塵箱からさっきの封書を拾い上げる。
懸命に描いた僕の作品は母にとって、それこそ塵に等しい物だ。
握り潰された封書は次第に強い哀しみを誘った。
小さなコンテストとは言っても毎回、努力の末に描き上げた物に対して貰う評価が僕にとっては大切な心の支えで、そんな事がどんなに嬉しい事なのか母にはきっと分からない。
彼女に僕の気持ちを酌み取って欲しいとは想わないけれど。
だけど僕はあの人の子供なのに……。
いつの間にか降り出した雨が僕の心を代弁する。
空中を蠢く様な突風を伴って僕の想いに拍車を掛けて激しく叩き付けてくる。
横殴りな雨が深い闇を繁吹く中、僕は足場の悪い路面を傘も差さずに走り切った。
咳き込む喉を苦しそうに押さえながら蘭の家のベルを鳴らす。
扉を開けびっくりした様子で僕を見る彼女に寄り掛かり腕を掴んだ。
「蘭、今晩泊めて」
「どうしたの、ずぶ濡れじゃない。とにかく入って」
彼女は僕の体を支える様にして自分の部屋へ入る事を勧めてくれた。
「手紙? 雨で駄目にしちゃったね。平気?」
「ああ……、何でもないんだ。これは……」
雨の中、ずっと未練がましく塵箱から拾った自分宛の手紙を握り締めていたらしい。
「ね、見せてそれ? この間の絵画コンテストの通知でしょ? わ、入選じゃない! おめでとう。凄いね、冬。もう何度も賞を貰ってるなんてさすがね。……冬、何かあったの?」
「……」
僕は口を硬く閉ざしたまま蘭からタオルを受け取った。
優しく気遣う目で蘭が僕の隣に腰を降ろす。
僕は華奢な彼女の体を無理矢理に抱き締めた。
今は口を開きたくはない。
僕の何か言いた気な表情、水隠る想いに気付かれるのが嫌で、彼女の唇から言葉を奪ってしまおうとその体を押し倒し半ば強引にキスをした。
彼女は流される様に体で答える。
「ごめん……」
喉が擦れる。
「ううん」
彼女の両手が冷えた僕の背にそっと温もりを与えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。