STORIA 6
僕の帰る場所なんて本当は何処にもなかったんだ。
家なんて心地のいい空間を装った単なる看板だ。
耳を切り裂きそうな音を携える銀翼が地に降りる、あの場所以外に心を預ける事の出来る処なんてない。
帰る場所なんてものは癒やしと安らぎを与えてくれるものでなければ僕にとっては別に存在しなくても良かった。
僕の家には毒を吐く薔薇が住み着いている。
誰がどこから見ても美しいその容貌と造り物の感情、そして優しさを醸し出す偽物の指先と。
それらを持ち備える女性は出逢う人に対して翳は見せず綺麗な姿だけを見せ付けては自己満足に陥っていた。
「何であんたがこんな時間に家に居るの」
瞬間、左肩に激しい痛みを感じる。
氷の様に冷え切った美しい唇と視線が冷蔵庫へ飲料を取りに来た僕を壁に叩き付けた。
「お母さん……」
僕は自分の肩を右手で庇った。
「そんな所に居るのが悪いのよ」
彼女は僕に目も向けずに煙草を吸い始めている。
この人はいつもこうだ。
僕には愛情なんて抱きやしない。
彼女の一方的な言葉の攻撃に僕だって溢れそうな位の言い分も存在するけれど。
室内を覆い隠す紫煙に息が詰まる程の不愉快さを感じている。
脇目も振らずに煙草を口に添える彼女の姿が、僕の中で渦巻くそんな感情すら掻き消してしまっていたんだ。
部屋を離れ様とした時、一通の封書が目に飛び込んだ。
見覚えのある封筒の仕様に僕の心が震える。
封は母の手によって開かれ彼女の足元の塵箱から微かに姿を覗かせている。
間違いなく僕宛の物だ。
顔色を変えた僕に気付いた彼女はそっと膝下から封書を掬い上げ皮肉な笑みを浮かべて見せた。
「ああ、これ? あんたに来ていた物よ。絵画コンクールの受賞通知。全く呆れた話よね。無駄な事に熱を注いで。入選ですって?あんたが絵を描くのを断ち切れない理由ってここにあるんじゃないの?こんな物大した賞でもないでしょうに。自惚れにも程がある様ね。自分の人生は絵を描く為にあるとでも想っているのかしら? 輪廻転生という物が本当に存在する話だとしたら、ろくな絵ばかりを描いているあんたは過去も想像以上に凋落した物だったでしょうよ。そのガラクタにも等しい心、捨て切らない限り新しい物を得る事も出来やしない。そんな事に執着している限り、あんたは今迄以上に傷付いて苦しむ結果が生まれるだけなのよ。あんたのその指では人の心を動かす作品抔描けやしない事にそろそろ気付いたらどう?」
母は手にしていた僕宛の封書を握り潰し、何事もなかった様に再び塵箱へと投げ入れる。
こんな事はいつもの茶飯事だと予測もしていた事だからと、悔しさとは正反対に僕は封書を奪い返す行動にも踏み切れなかった。
「絵を描く人間なんてどうして存在するのかしら……」
リビングを出た僕の背中に呟く様な母の声が鳴り響く。
振り返ると薄暗い室内に両肘をテーブルに付き頭を抱え込む彼女の姿が目に映っていた。
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