STORIA 5

僕とチーフの間にある陰湿な空気を吹き飛ばすかの様に、制服の上着を羽織りながら女性店員が姿を現した。

「チーフ、先週私も彼と同じシフトだったんですけど、彼の言う通り本当にあの日はお客が多かったんです。私達も出来る限りの事はしたつもりですけど」

「そうか……、君がそう言うなら。大変だったな、御苦労さん。さ、もう時間がないから店内入って。佐倉君、カウンターは彼女に任せるから君は今日裏の仕事をやってくれ。バックの処理作業、山程残っているんだよ。君でも十分に間に合う内容だろう」

「はい……、判りました」

全く馬鹿にされているとしか想えない。

誰に対しても厳しい人なら、"この人はこんな人柄だから"と割り切る事も出来るのに。

相手によって態度を変えるチーフの接し方が僕にはとにかく気に入らなかった。

「ねえ、ちょっとさっきの誤解しないでよ。私、別にあなたを庇った訳じゃないから。ああでも言わないと一緒に働いていた私まで立場が悪くなるじゃない。今度からは気を付けてよ」

彼女はチーフの居ない隙を狙って裏で仕事をする僕に態々、愚痴を翻しに来た。

最悪だ。

時には僕が悪くなくても叱られる事もある。

そんな時にも僕は堂々と言葉を返す事も出来なくて。

それが日増しに付け込まれる原因となっているのに、僕はずっと弱いままだ。

こんな想いを抱えながらも僕は学校の他に二つの職場を行き来している。

あの家に居たくなくて時間を埋める様に目的もなく十六の頃から働き続けて来た。

自宅に居るよりは外で誰かに口責めにされている方が未だ耐えられると想っていたんだ。

他人なら身内とは違う。

情のない相手から酷く冷たい感情を浴びせられても少し位なら平気だと、心は傷浅くて済む気がしていたから。




「お、何だ。もう終わったのか、意外に早かったな」

「……はい」

「今日はもう帰っていいぞ。店内はあの娘に任せてあるし、僕と彼女とで十分間に合う」

「そんな……、でも契約には……」

「都合上、そういう事もあるよ。頼りにならないバイトに仕事を与える程、此方もお人好しじゃない。君も悔しいならそれだけの仕事をするんだな。それに解雇にならなかっただけでも有り難く想うべきだ」

僕は渋々タイムカードを読み取り機に登録し職場を後にした。




陽は丁度、正午に差し掛かろうとしている。

夕方四時までの仕事がこんな時刻に帰る羽目になってしまった。

チーフの言葉を想い出す度に悔しさが込み上げて来る。

不愉快でやり場のないこんな気持ちは、辛さから心を逸らす事も難しい位に堪らない物だった。

これからどうしようか。

何れにしても一度は家に戻らないといけない。

こんな時間だから僕が嫌うあの人もキッチンかリビング辺りで羽を伸ばしているんだろうな。

画材だけをこっそり抱えて、また描きにでも出掛けようか。

蘭の兄が体調を取り戻し出社しているなら今日も夜勤の筈だ。

彼女に逢える時刻が訪れるまでは独りで落ち着ける場所に隠れていたかった。

自宅が近付く毎に僕の表情は更に暗さを増していく。







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