STORIA 4

それでも鉄の塊が押し迫る度に至近距離でその瞬間を見るのだと僕は夢中で追い続けていた。

君は僕の腕の中で体を怖ばらせ、襲う迫力を見逃しては名残惜しそうな表情で僅かに興味を抱いては再び凄まじさに目を閉じる。

だけど今でも僕と居る時間をとても大切な物だと言ってくれている。

航空機に恐れを抱く君の体を守るのが、あの頃の僕に出来る精一杯の愛情だったんだ。

そして僕自身にとっても、居場所のない寂れた心が航空機の存在と僕を必要とする蘭の温もりに生きている感覚を取り戻す大切な時間となっていたんだ。

望む時に彼女は僕の心に応えてくれ、君を必要とする時にはそばに居てくれる。

逢いたい時に逢える人がいる、僕は幸せで。

だけど"幸せ"なのにそう呼ぶにはどこか遠くて。

"苦"と感じる想いの方が勝ち過ぎて喜びさえ満足に背負い切れないでいる。

幸福とは哀しみと紙一重なもの、彼女の居ない場所では僕はいつだって不安に脅かされているんだ。

「蘭……、そろそろ帰るから、僕。明日は半日バイトだけど終わればすぐ逢いに来るから」

僕はそう言って強く抱き締めていたこの腕から彼女を解放した。

「大袈裟ね、学校で毎日逢えるのに。でも気を付けてね。それと仕事、余り無理しないでね……」

彼女は少し心配そうに僕の顔を見つめていた。

そんな彼女の頬に僕は軽く唇を押し当て"お休み"と別れを告げた。




この場所を離れると穏やかで優しい時間は終わる。

冷たい空気が僕を酷な現実へ引き戻しにやって来る。

だからこんな束の間の安らぎを与えてくれる彼女のそばでは自分の心を全て曝け出してみたくなるんだ。

ほんの数分でも彼女と居られるだけで充分に僕は満たされた。

こんなのは綺麗事なのだろうか。

でも純粋にそう想っている。

帰路を辿り自分の家の明かりを探す。

玄関先の照明もリビングも、そして母の寝室も既に光を失っている様だった。

僕は少し安心した表情で合い鍵を取り出し足音を忍ばせ自分の部屋へと向かった。

僕の休日はこんな風にして終結を迎える。

明日は半日が仕事だからこの家に体を置く事はすくな。だけどそのバイトさえ僕にとっては頭を抱え込みたくなる要因の一つだった。




「おはようございます」

「ああ、それよりカウンター周り補充して置いてくれよ。先週、殆ど出来てなかったぞ」

朝、出勤するなりタイムカードを未だ押しもしない僕に挨拶変わりに一週間も前の事を引っ張り出すのはこの店、コンビニエンスストアのチーフだ。

「すみません、先週はお客の数が多くて……、忙しい時は商品の補充は後回しでいいって店長が……」

「佐倉君、君は口答えする事しか知らないみたいだな。仕事なんだからちゃんとしてくれないと困るんだけど」

チーフは流し目で冷たく僕を見た。

こんな事を言われるだけなら未だしも良かったけれど。

「おはようございまーす」







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