STORIA 3

気持ちの張りとは相反して、微かに疲れた体が眠りに誘われる頃、山際の奥からチカチカと例の光が近付いて来る。

この合図の様な小さな灯が僕の目的地がそばまで来ている事を示している。

闇の中に浮かぶ目印を頼りに愛して止まない者の元へと足を運ぶ。

蘭の家だ、僕は息を弾ませ足を速めていく。

彼女の住居は飛行場の近くにある。

夜空には耳を切り裂く航空機の雑音が僕を迎え入れてくれるけれど、僕はこの脳の奥底までを目覚めさせてくれる音が決して嫌いではなかった。

耳障りな筈の轟音が彼女がこの地にいる、それだけの事で全ては綺麗な物となる。




僕が彼女の家の庭を通り掛かろうとした時、その脇で折れそうな弱い両足で体を支え僕を待つ可憐な姿が目に留まった。

「ごめんなさい、今日はお兄ちゃんが急に仕事の休みをとっちゃって。お兄ちゃん、男の人連れて来ると煩いから……。だから外でもいい?」

「いいよ。じゃあその辺にでも」

蘭の兄は二交替制で勤務を繰り返している。

今日、彼は夜勤のシフトが組み込まれている筈だった。

僕は彼の居ない、その時間帯を見計らって彼女の家を訪ねて来る訳だけど。

今日はタイミングが悪かったみたいだ。

僕はいつも何かに怯えていた。

自分が悪い事をした訳でもないのに、妙に後ろめたさを感じる瞬間もある。

母やクラスメイト、そしてここでもまた面識のない蘭の兄に対してまでもそんな感情を抱いていた。

長い間、僕を取り巻いて来た冷たく錆び付いた環境がこの心根を造り上げてしまっていたんだ。

だけど今、そんな事はどうだっていい。

蘭のそばでは僕は自然体で居られるから。

「ほら蘭、もうすぐ近付いて来る」

「また飛行機?私は小さい時からここに居るから余り珍しい物に想えないわ。それにあの耳に響く音が苦手で……」

蘭は僕の幼馴染みだ。僕は幼い頃から彼女に強い好意を抱いている。

そして彼女も……。

闇に紛れた空港は一際美しい光を放っていた。

さっき見た光が拡大する音と共にもうそこまで来ている。

滑走路を目指し勢いよく低空飛行して来る。

蘭は上空から目を逸らし僕の胸に顔を埋めた。

大きな黒い影が全身を覆ったかと想ったと同時に激しい轟音が僕達の耳元で鳴り響く。

僕は彼女を抱き締めたまま頭を突き抜きそうな航空機の腹部を眺めていた。

僕は決して強い男ではないけれど、守りたいものはある。

こんな時程、彼女の事を愛しいと想う事はなかった。

「もう大丈夫だよ、蘭」

羞ずかし気に言葉を口にして何だか彼女の顔を正面に見れない。

蘭には助けられている事の方が多い僕なのに。

「何、笑ってるの」

蘭は少し照れた表情で言った。

「いや、ごめん。可愛いなと想って。蘭は昔から飛行機の音、嫌いだったもんな」

僕は少し大人振った口調で言ってみる。

彼女は幼い頃からそうだった。

航空機の音を嫌い、だけど怖い物見たさで小さな足で小走りに駆けて来ては僕のそばを付いてまわっていた。

僕が余りにも飛行機の姿ばかりを追い掛けるものだから君は泣き出しそうな顔さえしていたけれど。

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