幕間の章 ~intermission~

幕間その1 アレッシアの行動の奇なること

「何だ、意外とあっさりやられてしまったではないか」

 リリス・月葉・影法師兄妹・そして地球人の異能力者二人の連合軍にグリフォンを倒されたのを見届けた男は、あきれ顔で言った。その男は全身が黄金の鎧で覆われており、その姿はどこか昔の日本の『鎧武者』のように見えなくもない。顔の部分は普通の兜ではなく、やはり黄金色をした『獅子』を模ったものになっていた。

「何、今回は我々にとって脅威となり得る地球人二人の能力テストだったと思えばいい。おかげで、次からの作戦が立てやすくなったというもの」

 炎羅国での王立魔装軍が着用する正装としてのローブを身に着けた初老の女性は、まるでどこにも問題などない、と言わんばかりに首をすくめた。 

「おい、アレッシア。俺は聞いてないぞ! 地球に『神殺し』の呪いをたとえ不完全とはいえ跳ね返せるやつがいるなどと……」

 男は、言葉の上では驚いているようなことを言ってはいるが、その割にはずいぶん涼しい顔をしている。

「それを証拠に、あの剣の神は行動不能状態にはあるが、体はそのままだ。術が完全ならば、姿自体も跡形もないはず。天界や魔界から来たやつならともかく、この人間界でわしの足を引っ張る力を持っているヤツとなると、こいつは侮れんぞ」



 グリフォンを倒したあと、リリスたちはすぐにこの場を去っていた。もう戦闘状態になる可能性はほぼなしと考えたのか、アレッシアと呼ばれた人物は愛用の魔法杖を背中に背負った。

「お前がそれを言うか? 私に言わせれば、お前の存在のほうがよっぽどこの人間界では掟破りだと思うが? 何しろ、常命の者たちが殺せないはずの『神』が殺せるのだからな。なぁ、金獅子卿?」

 どうやら、獅子の仮面で顔を覆った金色の男は、『金獅子卿』と呼ばれているらしい。その名は現在の宇宙ではほとんど知られてはいないが、遥か昔に「虹の精霊」を黒死王が倒せたのは、この呪術師が裏で手を貸したからだと言われている。

 もしそれが本当であれば、この男は黒死王と5つの精霊との戦いから今まで、言い換えれば宇宙の創世近くからずっと生きているということになる。この宇宙広しといえど、いくら高度な科学力があってもそこまで長寿な知的生命体は存在しない。

 ならばこの男は、本当に人間なのであろうか?

 それとも、そのように長く生命を維持できる、何か特別な方法でも見つけたのであろうか……



「わしが出張る以上、こちらの負けはまずない。相手は確かにホネのあるやつらと見たが、光の精霊を黒死王に倒させたわしの敵ではないわい。それよりも——」

 金獅子卿は、この場にいることに急速に興味を失ったように、アレッシアに背を向けた。

「……どちらが正しいか間違っているか、どちらが正義でどちらが悪か。わしには、そんなことはどうでもよい。わしが動くのは、ただ——」

「面白いかどうか、であろう?」

 アレッシアもまた金獅子卿に背を向け、そのように切り返した。

「そうだ、わしはあのリディアとかいう小娘を評価しておる。年は若いし経験も浅いが、なかなかどうして末恐ろしい器じゃ。そのリディアの頼みだからこそ、そしてリディアの提案を面白いと思うたからこそ手を貸すのじゃ」

「くどいな、それはもう何度も聞いた」

 アレッシアは再び構え直した杖を一振りした。すると、その姿が足元から上のほうに、だんだんと透明になって姿が消えていく。

「リディア様はお前をずいぶん買っているようだが、私にはお前の協力などどうでもよい。この戦いに興味が失せたら、その時はどこへ消えてもらっても構わない。私はお前を楽しませるために戦っているのではない。勝手にしろ」

 最後の言葉を言い終わるころには、アレッシアの姿は頭のてっぺんまで掻き消え、跡形も無くなっていた。



「……ふん。あの食わせ者めが」

 金獅子卿は、黒のリディアの陣営になぜアレッシアが加担しているのか、今ひとつ解せないでいた。そもそも、アレッシアが忠誠を誓って仕えていた炎羅国を滅ぼしたのは、他でもないリディアであり、敵対して当然だからだ。



 ……聞けば、最初はこの星に落ち延びた双子の王女二人を、かばう生活をしていたそうじゃないか。それが急に態度を変えて、リディアにすり寄るとはどういうことだ? コイツの真面目でカタい性格からは、とても考えられない変化だ。

 一体、どんな理由があって、炎羅国の王女を倒す側に寝返ったのか?

 そして、それをすんなり受け入れるリディアもヘンだ。

 普通、敵国の将軍が「協力したい」とやってきたら、まずは「裏切ること前提で味方のフリをしている」ことを疑うのが普通ではないのか?

 リディアは見た目の美しさに比例せず実に狡猾で、抜け目ない冷徹な策士だ。手放しでアレッシアを歓迎しているだけ、とは考えにくい。もしかしたら、リディアには何か考えがあって、あえてアレッシアを味方につけた『フリ』をしている?



 元来、自分の興味のためにのみ生きることだけが行動原理であり、他人のことはどうであろうが全く関心がない金獅子卿ではあったが、このアレッシアの件に対してだけは、なぜだか無性に興味が湧いた。

「……暇があれば、ちょっと調べてやるとするか」

 リディアは黙っているが、(それはあえてなのか、それともただ言い忘れたのかはたまた言う必要がないと思ったのかは不明だが)ギャラクシー・ゲートに動きがあったことに、金獅子卿は気付いている。エネルギー量から判断して、黒の帝国側から人が少なくとも三人程度は地球に送られてきているはずだ。

「そいつらが一体誰なのか、によっては……やつらとの付き合いもちと見直さねばならんのう」



 金獅子卿には、ふたつの『行動原理』があった。

 ひとつは、先ほど彼自身が触れたが「面白いかどうか」。

 そしてもうひとつ……それは 『自身のプライドが保たれるかどうか』。

 自らの体面を重んじる金獅子卿は、たとえ僅かでも自身が「軽んじられた」と感じた時には、即座に協力する気が失せてしまう。

 もし、彼の知らぬところで勝手に重要な計画が進められていたなら。それどころか、リディアがあえて大事なことを彼にわざと隠していたなら?



 金獅子卿がどういう行動にでるかは、想像もつかない。




 ~幕間その2へ続く~ 

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