episode 13 リリス

 先の戦いでは。反省するところも多かった。

 一番は、まず私自身の未熟さ。



 これは、私やお姉ちゃん、と言った個人の運命に関わる話ではなく、それこそ無数の人々を、宇宙を巻き込んだ戦いだ。個人の悩みや心のわだかまり、ましてやくだらないプライドなどのせいで失敗するわけにはいかない、負けることが許されない戦いだ。

 私がその点においては、まだ突き抜けきっていなかったことが、今回の(最後のとどめ以外は)無様な戦いぶりで露呈されてしまった。だけど、過ぎたことは悔やんでも仕方がない。昨日、虹の杖に宿っている守護精霊、ヴァイスリッター先生にさんざん怒られた。

「どアホ! 幻獣ごときの腕の振りに殴られて気を失う『一流の魔法使い』がどこにおるねん? 豆腐の角にでも頭をぶつけて反省せんかい!」

 先生は、感情が高ぶると関西弁が出る。地球に来てそう経ってないのに、どこでそんな言葉を覚えるのよ! あ、そういえば姉のクレアにもそんなところがあったっけ。

 ……分かってますよ、先生。今回のことは、さすがにこたえました。

 もう二度と、戦いを甘く見たりしません。自分の運命から、そして感情から目を背けたりしません。



 学校は、つい先日夏休みに入った。まだ高校生の身としては、こういう長期の休みは自由に使える時間が増えて、何かと有難い。今日は昼間から、SSRIという超法規的な地球防衛組織の一員だという美奈子ちゃんが、ウチに来ている。

 グリフォン戦での出会いがあってから、私たちは大の仲良しになった。人見知りする性格の私にとっては自分でも意外な展開なのだけど、たぶん美奈子ちゃんの中に「お姉ちゃん」を見ているせいかもしれない。美奈子ちゃんを大事にすることで、いなくなってしまったお姉ちゃんに「埋め合わせ」をしているような気になっているのかもしれない。

 私の部屋で紅茶をすすりながら二人がしゃべる様子は、はた目には年ごろの女子高生ふたりがガールズトークに華をさかせているように見えることだろう。でも、その話されている内容は、とんでもない話なんだけれど。



 美奈子ちゃんは、幻獣グリフォンとの戦いに、私よりもずっと先に関わっていたことを知った。今、その話をじっくり聞いていたんだ。

 最初は、ウィルス感染した死体が「ゾンビ化」したものと、美奈子ちゃんは一人だけで戦っていた。苦戦したけど何とか倒せたのに、アレッシア先生が来て倒したはずの怪物を甦らせ、さらには幻獣グリフォンに変化させてしまった。幻獣の力と、ウィルスによる細胞再生(不死)の力を併せ持った最悪の怪物に。

 そのあとで夏芽さんや月葉ちゃん、そして絢音ちゃん兄妹が戦いに加わったのだ。



 一通りの説明を美奈子ちゃんから聞いた私は、どうしても心に引っ掛かるあることがあって、それを正直に話した。

「私、今の話を聞いてどうしてもおかしい、って思うことがひとつあるの」

「多分だけど、リリスのお師匠さんの行動……かな?」

 さすが美奈子ちゃん。カンは鋭い。

「うん。私の信頼する先生が『この星に攻撃を加えるような行為をするはずがない』っていう、ただの感情論じゃなくね。私だからこそ言える、ある根拠があるの」

「へーっ、すっごーい。よかったら聞かせてくれない?」

 美奈子ちゃんは、興味津々って感じで、アーモンド型のかわいらしい目をクリクリさせている。そこだけ見ればかわいい今どきの子って感じで、とてもではないが怪物相手に命がけの戦いを挑んだ子だなんて誰も思わないだろう。



「もう一度確認したいんだけど、アレッシア先生は吸血鬼の死体をグリフォンに変える時、杖をかざして魔法のようなものを使ったんだよね?」

「ええ。少なくとも私には……そういう風に見えたけど」

「で、ここが肝心なんだけど、その間に先生、何か言葉を発しなかった? 大きな声じゃなくても、何か口元が動いているような様子もなかった?」

「そうねぇ。記憶だとしゃべってもなかったし、口元も動いていなかった……はず」

 私はその場にいなかったから、美奈子ちゃんの話を信じるしかない。でも、美奈子ちゃんのほどの人物の観察眼なら、信頼に値しそうだ。

「私、美奈子ちゃんの見たアレッシア先生って、本当の先生ではないような気がする」

「ええ? リリスのお師匠様本人じゃ……ない?」

 目を丸くする美奈子ちゃんに、私がなぜそう思ったのかという根拠について、語って聞かせた。



「アレッシア先生はね、炎羅国という私の星では、実力トップの『魔法使い』だったの。私は、その先生から魔法を教わったんだけどね。私たちが使う魔法で、一番重要な役割を果たすのは『言葉』なの」

「へぇ、『杖』とかじゃなくて?」

 美奈子ちゃんの質問は、もっともだ。皆、魔法の杖こそが魔法を使う上で最重要アイテムだと勘違いするが、杖はあくまでも補助的な役割を果たすにすぎない。あえて言えば、『魔力の増幅装置』ってところかな?

 だから、虹の杖は言い換えると「宇宙一の魔力増幅装置」と言える。あくまで増幅なので、結局は魔法使い本人の力量こそが問われる。しかも虹の杖に限っては、一定以上の魔力ポテンシャルを持つ者が持たないと、ウンともスンとも反応しないようにできている。

 この点だけは有難い。手にすれば誰でも使える代物だったら、この宇宙は何度も滅びていたことだろう。そういう説明をしてあげたら、美奈子ちゃんは「なるほど~」と言ってしきりにうなずいていた。私はさらに、説明を続ける。



「呪文はね、何かの技の名前を叫ぶように、恰好つけて言ってるものじゃないの。言葉こそが魔力の根源で、言い換えたら言葉を発しないことには魔法は発動しないの」

「心の中で言うのとかでも、ダメなの?」

「ダメ。口で、音声としての言葉を発する、そこに、うちの星のすべての魔法の力は生じるようになっているのね」

「そうか! だから——」

 美奈子ちゃんは、パンと手を叩いた。察しのいい美奈子ちゃんは、みなまで言わずとも私の言いたいことが分かったようだ。

「ご明察。アレッシア先生が、言葉を発さずに魔法を使えるはずがないからね。あれは、先生の姿に化けた別の何者か、である可能性がある」



「でも……ちょっと待って」

 美奈子ちゃんが、慎重な面持ちで言った。

「幻獣グリフォンを甦らせた力は、リリスの知っている魔法とはまた違う種類のものだった、という可能性は? それだったら、必ず言葉を口にしないと使えない、ということもないかもしれない」

「仮にその通りだとしてさ。それだったらなぜ、魔法の杖をかざす必要があった? 杖をかざすということは、アレッシア先生が得意とする魔法の力を使った、ということを周囲にアピールする狙いがあった、ということ。こう言ってしまうのはまだ早いかもだけど、アレッシア先生はニセモノで、そのニセモノはどうしても周囲に自分がアレッシアだ、と思い込ませたかった」

「……でも、そのニセモノは重大なミスを犯した。徹底してモノマネするなら、呪文の言葉を口にするところまでやらないといけなかった」

 さすがは美奈子ちゃん。一を聞いて十を悟ってくれるから、私も大いに説明の手間が省ける。

「そう。たとえ口パクでもいいからやってれば、もう少し長く私たちを騙せていたのにね」



 私と美奈子ちゃんは、二つの調査を一緒に進めていくことになった。

 ひとつ、ニセモノアレッシア先生の居所を探す。できたらその正体もつかむ。

 ふたつ、本物の先生の行方を探す。

 先生に限ってそんなことはないと思うけど、まさか敵の手に捕えられ、監禁されている? でも仮に先生が自由を拘束されたのだとしたら、相手はかなり手ごわい相手だと考えてよい。

「リリスさぁ、アレッシア先生に手を出すような敵に、心当たりは?」

「そうねぇ……影法師はもう敵、って感じじゃないし。強いて言えば『紅陽炎』っていう女の人くらいかなぁ?」

「じゃ、そいつを探せば、いもずる式になにか手がかりがつかめるかもしれないね」



 時間を忘れて話し込んでいると、いつの間にか夕方になっていた。

「バイバイ」

 明日から早速一緒に動く約束をして、玄関前まで見送った。

「夏芽さんとか……手伝ってくれたりしないかなぁ?」

 私は、あのちょっと冷たい感じだけど頼もしい陰陽師さんが手伝ってくれたら、もっと心強いのにって思って、美奈子ちゃんに聞いてみた。

「ああ、夏芽さんはね……別件で忙しいみたいなの。ほら、月葉ちゃんのことで」



 あっ、そうだった。

 そういえば、月葉ちゃんは南条さんの家で面倒見ることになって、夏芽さんはそのボディーガード役みたいなことになった、と聞いたっけ。

 そりゃ、無理は言えないなぁ。




  ~前編・終~

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