episode 11 南条水穂
私とアキ(長坂君、と呼ぼうとしたらみんながアキって呼ぶから君もそれでいい、って言われた)は、ただの人間だ。ただの人間が騒動の現場に歩き着く頃には、戦いの決着がついていた。
「アキ……危ないのに、来てくれたの?」
遠くから、誰かものすごく足の速い女の子がやってきた。月葉ちゃんやら、空を飛べるリリスさんなんかを見てるから、弾丸のように速く走れる女の子を見てもそう驚かない。
「おうよ。オレも男として、リリスをひとりだけにはできないからな! ……ってか仁藤さ、お久しぶり~元気だった? の一言もないわけ?」
「お久しぶり~元気だった?」
「オレの言ったまんまじゃねーかよ。それじゃ気持ちがこもってね~え!」
……何コレ。
仁藤、という女の子とアキとは、見た感じ昔からの知り合いっぽい。
カップルには見えないけど、「本当は好きだけど、互いに自分の本当の気持ちに気付いていないだけのカップル予備軍』に見える。こういう分析しちゃう私って、テレビドラマの見過ぎ?
……でもさ、なんで私の気持ちがモヤモヤしなきゃいけないのよ!
冗談じゃない。さっきアキと初めて出会っって、まだ三十分弱しか経ってないのよ? そりゃあ、彼は今まで見きた男子の中でもかなりイケメンだけど……三十分で惚れるかぁ?
嫉妬なんて感情を抱くのに、出会って三十分はあまりに早すぎる。もしかしてこれって、ひと目惚れ、とかいうやつじゃないでしょうね?
ああっ、でも私はこれでも牧師の娘。愛の本質についてのイエス様の教えを十分学んできたことの私が……こんなにも軽く、殿方を好きになったりするなんて! 相手のことをよく知りもせず、見た感じだけで好きなっても、ろくな結果にならないことは分かっているはずなのに。
いいや、こういう考え方もないかしら?
これは、「運命の出会い」なんだって。どこかの芸能人も、結婚記者会見でなぜ相手が好きになったのかって聞かれて『ビビッときました』って言ってたじゃない。
理屈がどうの、じゃなくそういう出会いだってあるわけじゃない? だったら、この出会いがそうじゃない、なんて言いきれないと思わない?
「あ、仁藤。紹介するわ。彼女は、南条水穂。リリスとはさ、小学校時代にクラスメイトだったらしいんだ。なんで彼女がこの事件に巻き込まれたのかの説明は長い話なるから、あとでいいか?」
はっ。私が自分の恋心に関していろいろな分析や言い訳を考えている間に、私アキに紹介されとった。いかんいかん、危なく「えっ、何の話?」ってボケた反応を返すところだった。
「えっと、私南条と言います。よろしく」
「仁藤絢音、って言います。リリスとは幼ない頃からの長い付き合いで……リリスの小学校時代の友人なら、私たちどこかで出会っているかもしれませんね?」
仁藤さんから差し出された手を握ったのだけれど、心なしか力を入れすぎのような気がする。もしかして、女の勘ってやつで、私のこと警戒している?
必要以上に見開き加減の目。こめかみがやたらピクピク動いていて、友好の握手なはずのその手の甲には、力を入れるあまり血管が浮き出てるし!
でも私は、この仁藤って人がちょっと気に入った。だって、この人はウソがつけない正直な人なんだって分かったから。気持ちをストレートに出せる人に、悪い人はあまりいない。
「アキ! それに絢音ちゃんも……」
さっき空を飛んで行ったリリスさんが、また空を飛んできてこちらに降りてきた。
背中に、誰かを背負っているようだ。あれ、彼女はまさか……
「月葉ちゃん?」
私は思わず駆け寄って、魂の抜けたようなその体を抱きかかえた。体も冷たく、完全に意識を失っているようだ。まさか、死——
「まだ、死んだと決めつけるには早いわ」
リリスは、かなり強い口調でそう言った。リリスって、こんなにハッキリ人にものを言う子だったっけ?
「夏芽さんが言っていた……必ず助ける、死なせはしないって」
「そう。あの人がそう言うなら、大丈夫なんでしょう」
リリスも仁藤さんも夏芽という人を知っているのだろうけれど、私は知らない。自分一人だけ蚊帳の外みたいな感じがして、ちょっと居心地の悪い感じがした。
「誰だよ、そのナツメヤシとかっていうヤツ?」
「あ~アキは知らないか。安倍夏芽さん、って言って、今度の戦いを勝利に導いてくれた大恩人で、陰陽師なの。ってかさ、ナツメヤシ、なんてどっから出てくるのよ?」
「へぇ~っ、陰陽師なんてマジでいるんか! スゲー」
私はアキと仁藤さんの「夫婦漫才」を見て、クスリと笑った。笑ったことで、ふさぎかけた気分も和らいだ。そうよね、夏芽という人物を知らなかったのはアキも同じなんだよね。
「月葉ちゃんは私が、責任をもって家に連れ帰ります」
私はそう言って、リリスの腕からぐったりした月葉ちゃんを受け取って、背負った。
「大丈夫? この件に関して南条さんは巻き込まれただけの一般人、でしょ?、これ以上深入りしないほうがいいんじゃない? 剣の神は、私が連れ帰って回復まで面倒を見ても——」
「……お断りします」
自分でも、驚くほどきつい声が出ていた。
「私の父が、彼女を家に連れてきたんです。そして、うちの家族の一員として迎える、と。そして、父は自分のいない間彼女を頼む、と言いました。だから私は、彼女を守るという父との約束を守りたいんです」
変ね。さっきまでは、へんてこりんで面倒な子と関わっちゃった、なんて迷惑にさえ思っていたのに、いざこうなってみると、とても大切な人に思えるなんて。
私の心のどこかが、この子を全力で守れ、って叫んでいるように思えるのよね。
なぜだかは、まったく分からないけどね。
「お、おう……じゃあ、オレもついていくぜ。夜道の女の一人歩きはヤバいし、疲れた時に背負うの交代できるしさ」
今日会ったばかりのアキは、私なんかにこんなにも優しい。ますます好きになっちゃいそうだ。
「ハハ、あんたよか私かリリスがいくほうがよほど頼りになると思うけどね! ま、ここは男子に華をもたせてあげましょうか」
仁藤さんはじゃあとよろしく、と言ってリリスと一緒に帰って行った。
「……仁藤さ、次いつまた会えるんよ?」
アキはちょっと曇った表情で、去ろうとする仁藤さんにそう声をかけていた。
「分からない。でも、お互い戦い続けていれば、いつか必ず」
彼女がそう言い終わった時には、その姿はもうはるか遠くへ消えていた。
ここから、教会の横に建っている我が家までは、遠くはないけどかといって近いとも言えない距離がある。意識のない人を(神だっけか?)背負って歩いていれば、なおのことタイヘンだ。
アキがついていてくれてよかった。道中、二度ほど背負うのを交代して、やっとウチに着いた。すごい能力をもったリリスや仁藤さんのほうが確かに役に立ったのかもしれないけど、私は彼でよかったと思う。
「コイツ、人間じゃないんだろ? 看病ったって、どうするんだよ?」
「さぁ……」
さっきは私も何ていうか、勢いで言っちゃったから。気を失ったカミサマの介抱の仕方なんて、見当もつかない。
でも、何とかなる。イエス様も、困った人に助力を惜しむな、って教えている。
私は信仰心には自信がないけど、その教えは間違ってないと思う。正しいと信じていることを思い切ってやれば、きっと道は開ける。
明日のことまで思い煩うな。
明日のことは明日自らが思い悩む。
その日の苦労は、その日だけで十分である。
(マタイによる福音書 6章34節)
聖書にも、そう書いてあるもの。
心配しすぎてもしょうがない。カミサマ(月葉ちゃん)のことはよく知らなくても、まぁその時はその時で、何とかなると信じるしかない。
……って、このカミサマってキリスト教の指す『神』とはゼンゼン違うよね?
もう、頭こんがらがるから考えるのヤメ。
とにかく、寝かさなきゃ。いつ目覚めるか分からないけど、とにかく学校へ行ってる時以外はそばにいよう。
そうして、私の看病の日々は始まった。
月葉ちゃんは私の部屋のベッドの上で、ピクリとも動かず何日も寝続けていた。
その間、リリスとアキが心配して見舞いに来てくれた。二人でじゃなく、アキ一人で来てくれたらなぁって思いも正直湧いたけど、とにかく看病しても何のよくなる兆しも見えない中、心が折れそうになる私にとっては、どういう形であれ来てくれるだけで有難かった。
それがどれだけ私の心の支えになったことか。
仁藤さんが来ることはなかったけど、藤岡美奈子ちゃん、という子が一度見舞いにやってきた。私は戦いが済んだころに駆け付けたので知らなかったが、この子もその戦いに参加してたんだとか。
その子は、私が名前だけ聞いて知っている陰陽師の「安倍夏芽」さんからの伝言をことづかってきていた。私は、不思議に思った。なぜなら向こうは、私になど一度も会ったことがないはずなのだ。
一度も会ったことがないはずなのに、なぜ私宛に伝えることなどあるのかしら? 素直にその疑問を口にすると、美奈子ちゃんはクスリと笑った。
「うん、そりゃあヘンだと思って当然だよ。でもね、夏芽ちゃんのほうではあなたのことをよく知っている感じだったよ」
まぁ、陰陽師ともなれば、不思議な術でどんな情報でも知る方法があるのかもしれないけど……私みたいな平凡な普通人のことなど知って、何になるのだろう?
「それで、伝言って一体どんな内容?」
「ああ、それはね…『二十一日間待て。その間、祈りを絶やすな。そうすればその最後の晩に目覚めるだろう』ですって」
かくして、私は美奈子ちゃんが伝えてくれた夏芽さんの指示どおりにした。
一応は私もクリスチャンのはしくれだから、自分が幼少時から慣れ親しんできた私なりのキリスト教の祈り方で、月葉ちゃんの目覚めを祈った。
牧師であるお父さんと牧師夫人のお母さんは、月葉ちゃんをめぐる事情については根掘り葉掘り聞いてくることなく、時間があるときは一緒に祈ってくれた。事情を詮索しないでただ寄り添ってくれたことは、ものすごく有難かった。
いよいよ二十一日目の晩を迎えた時。
その時、私にとってふたつの記念すべきことが起きた。
ひとつはもちろん、月葉ちゃんの目覚め。そしてもうひとつは……
月葉ちゃんの目覚めのタイミングを見計らっていたかのような同じタイミングで、陰陽師の安倍夏芽さんが、我が家を訪ねてきたこと。
この夏芽さんとの出会い、そしてその後月葉ちゃんと行動を共にすることが、私のその後の未来を大きく変えることになる。
~episode 12へ続く~
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