episode 10 リリス

 ……お姉ちゃん? そこにいるの?



 そんなわけないか。

 だってお姉ちゃんは、今遠く離れた外国にいるはず。



 小さい頃は、それなりに仲良かったお姉ちゃん。

 でも、私が病気がちなのと反対にお姉ちゃんは体が丈夫で、明るく社交的。友達もいっぱいいて、うらやましかった。幼い頃はただ「いいなぁ」で済んだけど、他人と自分との違いをもっと深く判別できるようになると、害のない羨望はやがてトゲのある『嫉妬』へと変わっていった。

 いつの頃からだろう? お互いに素直になれなくなったのは。でも、心のどこかでは分かっていたんだ。本当は、私はお姉ちゃんが好きなんだって。



 きっと私はさっきの戦いでまだ気絶していて、朦朧とした意識の中なんだと思う。私の力不足で、倒さなきゃならない相手に逆にやられたんだ、という自覚がおぼろげに残っている。

 スランプの原因はハッキリしている。中途半端なままお姉ちゃんと別れてしまったことが尾を引いているんだ。

 本当は謝りたい。私が虹の杖の継承者に選ばれたけれど、吉岡のおばさん……いや、アレッシア先生が私たち二人にとる違った態度のせいで、本当はなくていいわだかまりができちゃったこと、そんなこと関係なく仲良くしてね、って言いたかった。

 でも、次にお姉ちゃんに会えるのが「いつになるのか」見通しが立たない中、私は目の前の戦いに全力を注げなくなっていた。どこか、気合が入らなかった。だからかなぁ、今こんな場所にお姉ちゃんが助けに来てくれるはずなんてないのに、すぐそこにいるような錯覚がするなんてね。



「クレア……」

 でもこれ、やっぱりお姉ちゃんじゃないの? 気のせいにしては、あまりにもその存在感がハッキリしすぎている。




 アテナの恩寵




 この声は、私が耳で聞き取ったものなのか、心の中で聞こえたように思ったに過ぎないのかは分からない。

 その声の感じからすると、お姉ちゃん本人の声じゃない。声は違うが、でもこれはどこか「お姉ちゃん」を強く感じさせる。一体、なぜ?

 お姉ちゃんや私と同世代の女の子の声なのは間違いない。不思議なことに、その声がしたと同時に、私の体が何かにふんわりと包まれるような感覚があった。暖かい、それでいて体中から毒気や、ネガティブな気分なんかを追いだしてくれるような……そんな「空気の流れ」のようなものに私は癒されているようだった。

 やがて私は、自分が普通に意識を取り戻していて、誰かは知らない命の恩人の手が、私の額にかざされている様子が眼にはっきと見えるようになった。

 その手からは、ヒーリングエネルギーが放たれているのか、ぼんやりとした光の筋が放射されていた。



「気が付きましたか。よかった」

 ところどころかぎ裂きができてボロボロの制服を着た、高校生だろうと思われる女の子がいた。顔も声も、お姉ちゃんとはまったく違う。でも、さっきはなぜ?

 もしかして、お姉ちゃんと似た星の巡り合わせ……つまり同じ「使命」を持っているということ?

 同じ能力を持ち、同じ宿命を背負っているから、似ていると思ったのかな?

 名のも知らぬ私の助け主は、自己紹介をしてくれた。

「私の名前は、藤岡美奈子。詳しい説明をする余裕がないんだけど、実はね、あと十秒ほどであなたを助けてさらにあの怪物に必殺技をお見舞いしなきゃいけないの。だから、今私とあなたとの間だけ、周囲とは時間の流れを遅らせています。でもそう長くはしゃべれないの」



 美奈子と名乗った子は、そうしゃべりかけてきながらも、私をヒーリングする手は決して休めない。

「ありがとう。でも……私なんか助けるより、あの怪物を倒す方に集中してもらったほうがいいように思う。状況的に、一刻の猶予もないんでしょう?」

「それはそうなんだけど……私があなたを助けたいと思ったのはね、見込み違いじゃないなら、私よりあなたが攻撃する方が確実にアイツを倒せると思ったの」

 私は驚いた。初対面同士なのに、なぜ来て早々に倒され、気を失ってしまったようなふがいない私のことを、そこまで買ってくれるのだろう?

「私、あなたのお姉さん……クレアに会っています。出会いは短かったですけど、お姉さんから聞きましたよ、あなたのこと」

「えっ」

「本人を前にしてはゼッタイに言えないけど……大好きだって。あ、ゼッタイに言っちゃダメって釘をさされていたのに言っちゃった。ウフフ」

 そりゃ、言えないだろうな。私だって、誰かが背中を押してくれたり、きっかけがつかめなきゃ絶対に言えないわ。照れくさすぎる。

「あなたは、宇宙最強の武器、虹の杖を扱うにふさわしい継承者。私が認めるから、だからガンバレって。そう言ってましたよ」



 さきほどからのヒーリングで、私の傷付いた体はかなり回復した。虹の杖で高威力の破壊魔法を放てるまであと一息、という感じだ。

 でも、この能力を使うにはかなりのエネルギーを消耗するのだろう。美奈子ちゃんの顔色が、ついさっきと比べてずいぶん悪くなってきた。何だか、辛そうな感じだ。

「もういいから。あなたは十分なことをしてくれたわ。私のこと認めてくれるのはうれしいけど、やっぱり現実的にあなたが攻撃に回った方がいいと思う」

「いいえ」

 さっきまで優しい感じだった美奈子ちゃんが、急にピシャリと厳しい感じで否定してきた。でもその言葉の根底には、先ほどから変わることのない「暖かい気」が流れてるのが分かった。仮にも、私だって『言葉を力として扱う魔法使い』のはしくれだからね、それくらいは分かる。

「……私の方は大丈夫、行ってらっしゃい。務めを果たしてきて……ね」

 その言葉を最後に、美奈子ちゃんは倒れた。



 美奈子ちゃんの能力で流れを遅くしていた時間の流れが、彼女が気を失うと同時に元に戻った。私は肌感覚で、あと現実時間にして2秒しか残されていないと察知した。

 私は、視界の端に、影法師と絢音ちゃん、そしてさっき出会った少女の姿をした神・月葉ちゃんを捉えた。



 ……懐かしいな。



 かつては、敵として命のやりとりさえした影法師。長坂君からの情報で、絢音ちゃんと彼が本当の兄妹だったと聞いている。じゃあ、今はふたり一緒なんだね。よかった。

 二人の攻撃タイミングに合わせればいいわけね。



 いつのまにか心の迷いのせいで、お前の能力をきちんと引き出すことができていなかった。

 それでも、今度も私と一緒に戦ってくれるかしら?

 私の手に、ちゃんと来てくれるかしら? 『虹の杖』よ。



「天上天下七波滅壊虹杖(レインボー・スティック)」



 来た。


 しかも、私が願えば、瞬時に。

 ありがとう。今度こそ、アレッシア先生やお姉ちゃんの期待に応えなきゃ。

 お姉ちゃんもありがとう。なんか、吹っ切れた感じ。

「今だ」

 どこの誰の声かは分からないけど、きっと一斉攻撃のタイミングを告げたものだろう。私は迷いなく、呪言じゅごんを発した。



 雷號破爆崩・弐式



 まだ修行中の身だけれど、今覚えているもので最も破壊力が高いと思われる魔法を選んだ。その威力は、術者が呪文を口にした瞬間、その思いの強さと自信の強さに左右されるが、今の私に迷いはなかった。

 これも、お姉ちゃんと、その言葉を伝えてくれた美奈子ちゃんのお蔭だ。



 私が杖の先端を上方に掲げると、上空の厚い雲から雨にも似た無数の青白い雷が降り注いだ。広範囲に降り注ぐ電流の束は、低空に達するとそのすべてが杖の先端に埋め込まれた赤い石に吸収され、それが太い光線となって、怪物の体を貫通した。



 ……決まった。



 あとは、見届けなくても怪物がどうなるかは分かる。今は、この場を仕切っていると思われるリーダー、恐らくは一斉攻撃のタイミングを指示した人物に挨拶をしておこうと思った。どうも、何かの飛行物体に乗って上空にいるみたいなので、私も飛行してそちらへ向かった。



「……美奈子ちゃんに助けられました。攻撃、間に合ってよかったです」

「ああ、美奈子がいつもの気まぐれで助けたのがお主か。ま、かなり無茶だが今度も美奈子のやり方のほうが結果として良かった、ということは認めねばならんな」

 黒の帝国が使う「幻獣」のような半鳥人の上に立ち、腕組みして硬い言葉で話すその女の子は、着ている制服の可愛さとずいぶんギャップがあってちょっとおかしかった。

「記憶違いでないなら、お主リリス……という名前だな? また一緒に戦うこともあるだろう。今後ともよろしく頼む」

 陰陽師の安倍夏芽、と名乗ったその女子高生は、どうも戦い方は私と同じタイプのようだ。炎羅国や周辺の星々にもないような術だけど、『口にする言葉が重要な役割を果たす』というところでは、共通したものを感じる。

「この後、打ち上げに食事でもどうだ、と言いたいところだが……もう一仕事しなきゃならないようだ。おお、言っているそばから、あれだ」



 夏芽さんが視線をやった先を私も見た。

 攻撃後、怪物の最後を少し離れた道路上で見ていた月葉ちゃんが、突然ドサリと倒れた。

 ちょっと待って、月葉ちゃんって『神』……だよね? カミサマって、死なない……よね?

 あれは、ただ全力で戦って疲れて、倒れ込んだだけだよね?

 ……って、神様が疲れて倒れるとか、それも変か。



「普通有り得ないことだが、『神殺し』のしゅがかけられていたのだ。さっきの妖を倒すと、あの神が死ぬようにな。私としても不本意だったが、あれを倒さねばこの国はもっとひどく蹂躙されていたであろう。苦渋の決断だが、致し方なかったのだ」

 私は炎羅国の王女であるという自覚をもってから、魔法の修行以外にも自分の故郷の歴史や文化の勉強などにも時間を割いてきた。だから、私たちの星の創生期にあたる時代、黒死王と5つ国の精霊たちが戦ったという伝承のことを知っている。そこで、光の精霊は戦いには勝つけれど命を落とした。

 本来、永遠の存在である神が殺されたこの事件は、禁忌の呪術『神殺し』が使われた、宇宙でただひとつの事例として語り継がれてきた。じゃあもしかしてこれは……

 


「殺させぬ」

 夏芽さんは、小さい声だけれどそれでもハッキリ聞こえる声で言った。

「以前の私なら、外宇宙から勝手に来た神などがどうなろうと、心ひとつ動かなかっただろう。でも今は、そのように割り切るには美奈子と長く居すぎた」




 大元尊神


 生名成就


 心は則ち一元未生の神明なり


 元を元として元の元に入る


 本を本として本の心に依さず




 不思議な言葉を唱えながら、指で空中を切るようにして、何かの図形を書くような動きをしている。そのうち、私たちの目の前の空間に、古めかしい門のようなものが突然現れた。

 夏芽さんはそれをまるで予期していたように、というか自分が呼び出したかのように、何のためらいもなく普通に開けて、中に入ろうとする。

「どこへ……行くんですか?」

 虫の知らせか、なんだか不安になって夏芽さんに声をかけた。

「何、ちょっと頼みごとをしに……な」

「頼みごと?」

「例えばだな、お主が会社の社員で、上司である課長から不当な扱いを受けたとしよう。お主なら、どう解決する?」

「え~っと……」

 いきなり、今の状況にどう関係があるか分かりにくい質問をされた私は、答えに困った。夏芽さんは私がどう答えるかはどうでもいいらしく、どんどん続きの話をしていく。

「……社長に言えばいいのだよ。社長を納得させることができたら、課長などどうにでもなる。要するに、あの神を殺さぬために神以上の存在に頼みに行くのだ」




 天に登りして報こと命し


 日の少宮ととまります


 生まれて来ぬ先も生まれて住むる世も


 神のふところのうち




 夏芽さんは難しそうな言葉を口にし続けながら、門の中に体を入れた。

 ちょっと覗くと、中は炎でできているように見える赤い波がゴウゴウと流れていて、そんな怖いところに本当に入っていくの?と心配になった。夏芽さんは、そんな私の気持ちを見透かしたのか、苦笑いを浮かべてこう言った。

「大丈夫だ、必ず帰ってくる。それまであの倒れた神を、安全な場所まで運んで寝かせておいてくれ。美奈子に、あの神は私が助けるから待っておれ、と伝えてはくれぬか」



 夏芽さんが空中に現れた門をくぐって閉めると、その門は一瞬にして私の目の前から消え去ってしまった。これ、どうやって帰ってくるつもりなんだろう?



 でも、神様以上の存在って…何だろう? 神様が一番上じゃないの?

 神様を生んだ神様、でもいるの? それか、神様の王?



 う~ん、分かんないや。




  ~エピソード 11へ続く~

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