episode 9 安倍夏芽

 美奈子のやつ、いつもながら私をはらはらさせるな。

 あと三十秒足らずで、失神状態にある者を助けて、攻撃に戻ってくるだと? しかもその攻撃は、何とか戻ってきて放ったような一撃ではダメで、ベストコンディションでの最強の一撃でなければならないというのに!



 こういう状況は、美奈子とSSRIで仕事上組むようになってからは毎度のことなので、だいぶ慣れてきたつもりだったのだが……やはり心配だ。

 いつも彼女と組んで戦うと、私は「二兎を追う者は一兎をも得ず」みたいな意見を言い、美奈子は「リスクはあっても二兎とも得ることをあきらめず、みんな幸せになろう」みたいなことを言うので、よくケンカになる。

 そうは言っても、心のどこかでは自分と正反対なあの子のことを、信頼しているのかもしれない。無茶はするが、最後はちゃんと最善の道を切り開いてくれる子なんだ、とな。

 私が完璧主義で、物事の成功のために最小限のエネルギーとリスクで済むような手段を取ろうとするのは、生まれてからこのかたの私の性分だ。それは、きっとこれからもそのままだろうと思う。

 でもそれがほんの少しずつではあるが、変わりつつある。何が変わってきたのかって? それはだな……

 美奈子が何か無茶を言うと、少しは反論するが最後には美奈子のやりかたに乗っかるだけの余裕ができた。今回ももう、美奈子の好きにさせるしかない。



 私は、生まれたその時から……いや、母のお腹から出て来るその前からが、戦いだった。

 安倍晴明の血を引く者には、普通の人には見えない自然界の精霊が注目する。精霊、といえば聞こえはよいが、中には邪悪なエネルギーの持ち主もいる。それが魑魅魍魎(一般になじみがある言葉だと『妖怪』ということになる)と言われる存在で、偉大な先祖である晴明様がその生涯をかけて封じ続け、戦い続けた相手でもある。

 何、陰陽師と妖怪のバトルなど大昔の平安時代だけの話で、現代にはないはずなのでは、だと? もしかしたら、今昔物語や宇治拾遺物語などに載っているその手のお話も、実は作り話なのではないか、だと?

 …………

あきれてものが言えん。お前たちの目には見えないだけで、確実にあやかしの類は存在しており、皆が日々耳にするニュースや事件などに、結構関わっておるのだぞ。

 妖怪のやることなすことすべてを制していたのでは、逆に自然界のバランスを崩す。ゆえに、あまりにも目に余る悪さに関してだけ、陰陽師が封じるために乗り出す。もちろん、その活動は世間には極秘裏に行われる。

 


 母は、私を身ごもって二月も経たないうちに、色々な怪奇現象に襲われるようになったのだそうだ。もちろんそれは、自分たちにとって厄介な天敵が誕生するということを悟った、魑魅魍魎の仕業だった。中には、あからさまに襲いかかってくる妖怪変化もいたらしい。

 当然だ。やつらにとって自分たちを制する力を持つ陰陽師は、目の上のたんこぶだ。生まれる前に殺してしまえれば、これほど楽なことはないからな。



 今の私がこうして在るのは、先代のお蔭だ。先代の陰陽師は男性で、私の母方の叔父にあたる人物だ。陰陽道はいわゆる「一子相伝」ではなく、晴明様の家系の分家というか、傍流の遠い親戚の家系も含めて、もっとも資質のある「3人」に伝授される。特に、少子化と言われる昨今では、ひとつの家系に子どもが産まれ続けるとは絶対とは言えなくなってきたからな。もっと言えば、邪悪な霊や妖怪との戦いで命を落とす可能性もある中、常時伝承者がたった一人というのも危ない。

 基本的には、三人の中の最もふさわしい一人が、陰陽師としての責を果たす。

 残りの二人は普段は一般人としての生活をゆるされるが、必要が生じれば陰陽師のサポートのために働くことがあったり、次世代の陰陽師育成のために、早いうちから家系の中の小さな子どもから才能の芽を見つけて教育する、という仕事もある。もちろん、陰陽師が敵との戦いに破れ死んでしまったら、残りの二人から誰かが代打に立てられる。

 私の場合、母のお腹の中にいる時点から狙われたので、これは血筋の者全員が「敵が誕生を恐れるほど、資質がある」のだと解釈し、もうこの時点で時期陰陽師と決められていたようだ。私が無事この世に生を受けることができたのも、先代がずっと私と母を襲い来る魔を払い続けてくれていたからだ。



 先代は、陰陽師として生まれもった霊力(資質)としての評価は決して高くはなかったが、そこを努力で補ってきた人だ。そういう意味では、本当に素晴らしい人だった。

 しかし悲しいかな、人間には肉体という厄介なものがあり、疲れや肉体の衰え、というものが付いて回る。私がまだ小学1年生の頃、ついに力尽きて、襲い来る魔と戦い続けられる体力を失った。先代は、体力の衰えだけでなく度重なる戦いで両足で歩くことすら困難になり、現役を退いた。

 そこからは、当時陰陽師として選ばれた先代以外の「二人」が、中学生になるまで私を守ってくれた。私は子どもだったが人に頼りっぱなしというのが嫌だったのと、生来の気の強さも手伝って、早々に実力をつけて血筋の一族に『陰陽師として立つに十分』と認めさせた。

 それが、高校に入学した春のことだった。



 そこからは、これまで代々の陰陽師がやってきた「裏の仕事」、つまりは人知れず邪悪な妖怪変化や低級霊を封じたり浄化したりして回ることをやるつもりだったが、ある日一人の立派な、紳士然とした初老の男性が家に訪ねてきた。

 その方は『佐伯壮一郎』と名乗り、SSRI(特殊科学捜査研究所)の一員になってくれないか、と言ってきた。彼は、風の精霊を使役する異能力者・佐伯麗子の父だ。どうやったら、あの落ち着いた感じの人格者の父上から、はねっかえりのお転婆お嬢さんが生まれるのだ? と今でも不思議に思う。

 そうか、今この場に麗子が参戦していないのは、あやつが勝手に「メギド」とかいう場所に旅行に行ってしまったからか。いっそのこと、このまま帰ってこなければいい。美奈子と二人だけのほうが、よっぽど静かでいい。



 ……しかし、これまで長きに渡り政治の世界とは袂を分かち、陰で動いてきた陰陽師が、政府傘下の組織に手を貸す? しかも、陰陽道が科学と手を結ぶ?



 バカげた提案、と断ることもできたが、私はこう考えた。

 これからの時代ということを考えた時に、なんでもかんでも陰陽道で解決したり、説明できたりというほどこの宇宙は狭い世界ではない。科学という側面も味方につけておくことは、これからの陰陽道にとって決してマイナスではないのではないか?

 そして、私が危機感を感じなければと思ったのは、佐伯壮一郎氏から告げられた『宇宙人』の存在だ。

 晴明様の時代より、通じるはずの術が通じぬ存在がおる、という陰陽師代々に伝わる秘密の「申し送り」が伝わっている。それは人のなりはしているが、人間・成仏せぬ地縛霊・精霊が邪悪化した妖怪変化…そのどれでもない、という存在が。

報告数こそ少ないが、それは「宇宙人」だったのでは、という可能性が高い。陰陽道が通じるのは、基本的にはこの地球環境で、地球にしかない元素で構成された生命体や無機物に限られている。よその宇宙で、その宇宙独特の理の中で生きてきた宇宙人には、対処しきれない。

 佐伯氏によると、今の地球にはすでに外宇宙から入ってきた生命体がすでにある程度確認されているそうだ。これからの時代、科学と手を組まねば、そういう連中に対処しきれない。今や地球の敵は地球にいる魔だけではなく、外宇宙や別次元の存在まで相手にしなければならない時代になったのだ。



 現に今、私が対処している目の前のこの怪物は、地球のものではない。

 だから私の術はこちらが思った通りの成果を上げにくくなることが心配されたが、不幸中の幸いと言おうか、純粋に外宇宙の魔ではなく、地球産の物理化学法則を基本とする技術が、体組織に施されている。(奴ら、死体を利用して映画で言うゾンビを本当に作りあげおった)

 そこに、私の能力がつけ入る隙があった。だから、死体を生きた体に変えてしまう術も、有効だと踏んだのだ。ただ、この怪物が死ねば月葉とかいう神が存在を消される……

 つまりは「死ぬ」ように呪(陰陽師が呪い、と言う時この言葉を使う)がかけられているのだが、これだけは私でも、陰陽道の奥義をもってしても解けない。



 他人が勝手に解けないのであれば、神を助けるためにできることはあとひとつしかない。この呪をかけた張本人を引っ張り出し、そいつ自身に術を解いてもらうことだ。

 しかし、これはかなり難しい。ここまでのことができる力ある者が、そう簡単にこちらの誘いに乗って姿を現す可能性は低い。こちらのことを脅威と思っていないやつが、こちらの要求に耳を傾けるはずがない。

 まったく、どうしたらよいものか……ここはこの怪物を倒することができたなら、どこぞの宇宙から勝手に来た神の事など、死んでも致し方なし、とするか?



 ……いや、美奈子が納得せぬだろうな。あやつなら、絶対に神の事も救い、自分たちも助かる道を模索するだろうな。そういう奴だ。

 美奈子には、このことはまだ告げていない。事態の最後まで告げもせずに、あとで事情を説明したら美奈子怒るだろうなぁ。過去にも似たケースがあったから、目に浮かぶようだ。

 確実に被害が少ない戦い方さえしておればいい、というスタンスの私は、自分のペースで行動して何度泣いて怒られたか!

「言ってくれていたら、私が全部何とかできたかもしれないのに」と。

 彼女をよく知るまでは、なんと呆れたポジティブ信者なんだ、と思っていた。でも、彼女には本当にそう口にできるだけの並外れた能力と、本当に人の命の大切さを思う『熱き心』があるのだと、私は知った。

 彼女だけは、そんな臭いセリフを口にするだけの資格と、覚悟があるのだ。



 そんなこんなで、考え事をしている間に、4人の攻撃要員に告げていた残り時間は、残り十秒となった。

「皆の者。あと十秒で術が発動し、この怪物は殺せば死ぬ生きた体になる。用意はいいか?」

 神と外宇宙からのアサシン兄妹からは、了解との返答があった。しかし、肝心の美奈子からの返答はない。こちらから呼びかけたが、答えない。

 美奈子がこちらからの呼びかけに返答しないということは、考えられる可能性その一、「無視」「バックれる(やっぱムリ、って逃げた)」。いや、彼女をよく知る私としては、これはないと思う。

 可能性その二、これが一番有り得るのだが……「倒れた相手を治癒しようと、ヒーリングエネルギーを使いすぎて、相手を助ける代わりに自分が力を使い果たして倒れた」。

 


ええい、もう知らぬ! なるようになれ! 私は、自分の術に集中せねば。

あと十秒、か……

やるしかない。私は「破邪の法」による九字切りにかかった。



『臨(りん)』



 あと、9秒。



『兵(びょう』



 あと、8秒。

 すでに怪物の一部の体組織が、血液の通う生体になりかけている。



『闘(とう)』



 あと、7秒。

 静止した怪物の背後と正面に、それぞれ宇宙人の兄と妹が回り、配置についた。



『者(しゃ)』



 葉隠月葉が、怪物の正面から向かって左側に、抜刀術の構えで静止してタイミングを待っている。あと6秒。



『皆(かい)』



 この時点で、怪物の内側の臓器のほとんどが命の通ったものになった。残るは、腕や足などの筋組織だ。今攻撃すればよさそうに思うだろうが、相手の生体化が完全になったその瞬間を待たないと、すべてが水の泡だ。相手は元通りになり、万事が振り出しに戻る。

 あと、5秒。



『陣(じん)』



 あと、4秒。



『列(れつ)』

 


 あと、3秒。

 ここまできても、まだ美奈子からの反応はない……

 最悪、3人での攻撃になるかもしれない。その場合、完全撃破の可能性が低くなる。



『在(ざい)』



 あと、2秒。

 美奈子よ。お前を信じてよかったのか?



『……前(ぜん)!』



 残り1秒。

 私は九字切りの最後の文字を口にした。



 ……ついに他人も自分も助けられぬ経験をすることになるのか、あの美奈子も。



 これまで彼女は数えきれない無茶をし、私だけが対応していたのでは決して救えなかった幾多の命を救ってきた。そのたびに、私は「自分が間違っているのではないか」という気持ちにさせられてきた。

 美奈子よ。お前の貫こうとする心意気は立派だ。何かを犠牲にしてでも確実に多くを救うより、賭けではあってもその犠牲も出さず皆を笑顔にする、というのは確かに理想だ。

 だが、世の中そうもいかぬこともあるのだよ。私は、こういう日が来ることを心配していたのだ。たった一度の「無茶の失敗」で、取り返しのつかぬ事態を生んでしまったら、それまでの成功も御破算になるのだぞ。

 怪物を仕損じて日本が滅びてしまえば、これまで救った命はどうなるのだ?

 仕方がない。残った三人にすべてを託そう——



 今だ



 私の掛け声と同時に、天地に轟くような激しい音が周囲の空気を引き裂いた。



 宇宙人の兄の方は、怪物の眉間に手にした短剣を埋め込んでいた。

 妹の方は、怪物の後方五百メートルから射た光の矢が怪物の背中にあたり、爆発性の突風を周囲に引き起こした。



 薩摩示現流・覇流錐牙剣



 葉隠月葉の体は小さな太陽のようにまばゆく光り、大太刀を上段から振り下ろして怪物の右肩から左脇腹まで袈裟懸けに斬り付けた。怪物の目から眼光が消えかかり、攻撃が当たった箇所からはおびただしい出血が確認される。

「……やったか?」

 私は、厚くたれこめた土煙に目を細めた。

 怪物は、まだ倒れていない。

 なんと、出血量が見るからに減っていっている。攻撃がヒットした瞬間よりも、あきらかに受けた傷がふさがってきている。このままでは、やがて回復してしまう。

 やはり、ダメだったのだろうか?



 雷號破爆崩・弐式



 この声は、私以外の4人の誰のものでもない。

 いや、声と呼べるものではない。この私も陰陽師としての術を使う時には、特別な声を使う。しかし、これはそれとも違う……

 言わば、『声自体がすさまじい破壊魔法のエネルギーを含んだ武器そのもの』なのだ。この星にはそんなことのできる者はいないはずだが、別の宇宙になら「言葉の持つ本来の力を、特別な発声によって無尽蔵に引き出せる者」がいるのやもしれぬ。

 その才能を持つ者が「雷」と言えば雷が生じ、「爆」と言えば爆発が起きる。その文字の組み合わせにより、魔術を組み立てている。



 怪物の体表面に、無数の瘤のようなものが浮き出てきた。やがてそのてっぺんすべてに穴が開き、無数の光の筋が伸びた。

 様子からして、どうも怪物の中で通常ありえない量の電気が暴れているようだ。それが逃げ口を求めて、怪物の体の弱い部分を選んで空中放電しようとしている。

 私と、四人の仲間の目の前で、怪物は内臓から大爆発を起こした。

 バラバラと、廃墟同然と化した辺り一帯に、その肉片が降り注ぐ。

 


「……美奈子ちゃんに助けられました。攻撃、間に合ってよかった」

 式神の背に乗って飛行している私と同じ高さに、その人物はいた。自力で空を飛べるらしい。これは、さっき美奈子や宇宙人兄妹が口にしていた……「リリス」とかいう名の異能力者か?

 お、今美奈子の意識が戻ったのが分かったぞ。今まで、この人物を助けるのが精一杯で伸びていたのだな。

 あいつめ、満身創痍のくせにVサインなど出しおって。また、美奈子に一本取られたなぁ。結果オーライなら、私もそうガミガミ言えぬ。



 葉隠月葉を見ると、少し寂しそうな、それでいてこれから何が起こるのかワクワクしている、といった正反対の感情がないまぜになったような、複雑な表情を浮かべていた。

 私の見立てが間違っていなければ、この後あの神は死ぬ。



 美奈子だったら、こういう時何と言うだろう? 最後まであきらめるな、何か絶対救う方法があるはず、なんて言うのだろうな。

 不思議と、私も美奈子の真似事をしてみたくなった。

 死する運命にある神を救う方法……普段の私なら絶対に選ばない方法だが、ひとつだけないこともない。ただ、その方法を取ると、ただでさえややこしい事態なのに、もっとややこしい存在を関わらせるというリスクが生じる。

 


 まぁ、やってみるか。

 何かあったら、美奈子に責任を取らせよう。お前の熱血ぶりが、私に移ってしまったのだ、どうしてくれる? とな。




  ~episode 10へ続く~

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