episode 6 影法師

 予想はしていたが、実際に戦ってみるとかなりきつい状況だ。



 すでに地球に来ているという情報をつかんでいた、葉隠月葉と幻獣が交戦中だった。歴戦の戦士であり、無敗を誇るあの剣の神が、単体の敵に対して一刀のもとに敵を斬り伏せられずに戦闘が長引いているというのは、あり得ないことだった。



 ……なぜ、あの最強の剣神が、幻獣一匹に手こずっている?



 そのわけは、実際に自分で幻獣に一太刀浴びせてみて分かった。

 細胞が再生するのだ。

 斬撃で体に傷を与えても、すぐに細胞組織が復元され、ものの数十秒で何もなかったかのように傷がふさがる。葉隠月葉ほどの腕をもってしてもこの怪物を倒し切れないのは、この異常なまでの再生能力にあるのではないか。

 幻獣を使役して攻撃するのは、黒の帝国では常套手段だ。だからこそ分かるが、今ここにいる幻獣は、一見黒の帝国の幻獣のようではあるが、やはりそれだけではない。何かが、違う。

 幻獣にも一部「再生能力」をもつものがいるが、コイツはそれがあり得ないほど速すぎるのだ。斬撃を与えても、ものの数秒で傷が閉じてしまう。何か、全く未知の科学技術なり呪術なりが使われている可能性がある。

 これでは、普通に戦ったのではキリがない。



「おい、剣の神」

 月葉は、オレが参戦してきたことには気付いているはずだ。ヤツが近くに移動してきたところを見計らって、ジャンプする地点とタイミングを合わせ、横並びになるようにして会話を試みた。

「手を焼いているようだな。勝ち目は……あるのか」

 オレは幻獣の右足、月葉は幻獣の左足に対し剣を横薙ぎに払い、斬撃を与えた。ある程度予測はしていたが、たとえ傷は与えられても、やはり一瞬で元通りに戻ってしまう。

「我ひとりでは……力技だけでは勝てぬな」

 月葉は怪物の背中を飛び越え、肩に向かって剣を振り下ろした。



 なぜ、怪物の再生能力が分かっているのに無駄と分かっている攻撃を続けるのか、だって?

 それはな、たとえ相手にダメージを与えることができない傷でも、再生能力の発動時に、相手の動きが随分鈍る。どうもあの驚異的な再生能力は、戦闘中も勝手に仕事をしてくれるわけではなく、本体の注意力の相当分を使用しないといけないようだ。

 この翼を持った幻獣は、そもそもは動きの素早いタイプだ。攻撃を簡単に当てられる相手ではない。それをさっきから何度も当てることができているのは、相手が再生能力を発動して動きが鈍った隙をついて、次の攻撃を当てているからだ。

 当然、相手はまた新たな傷に対して注意力を向けなければならず、その間にまた次の攻撃を……というわけだ。もちろん、これではただの時間稼ぎで、キリがない。そのうちになんらかの突破口を見つけない限り、いずれこちらも力尽きてしまう。



「理屈としては、この幻獣の再生能力が追いつかないほどのダメージを、一度に与えるしかない。でもお主と我とで同時攻撃をしたくらいでは、結果はさっき見たとおりじゃ」

「そうだな。二人だけでは手が足りぬな」

 幻獣が羽根を広げ、手近な車両や低い建物が宙に巻き上げられるほどの風圧を起こした。オレと剣の神は、互いに反対側に跳躍することで難を逃れた。互いに距離が離れてしまったので、しばらく会話ができない。



「勝機は……なくはない」

 オレは一瞬、我が耳を疑った。

 月葉の声ではない、別の女の声だ。

 剣の神とオレ以外に、この戦闘に加わっている者がいただと?

 オレは隠密を得意とする暗殺者だ。人一倍、他人の気配には鋭敏なはずが、この声の主が横から声をかけてくるまで気付かぬとは……

「そう驚くではない。木火土金水を使役する陰陽師にとっては、気配を消すなど造作もないこと」

 見るとそいつは、鳥の上に乗って空を飛んでいる。いや、これは人間の姿に大きな羽根が生えているものだ。こちらで言う幻獣のようなものが、この地球にもいるのか? 

「あの妖怪は、生き物ではなく元は死体が正体だ。だから、どんなにたくさんの同時攻撃を加えてやつをバラバラにしても、再生に余計時間がかかるというだけで結局は元に戻ってしまうぞ。再生能力を上回るダメージを与えるというのはよい考えだが、生きているものにしか通用せぬ」

 陰陽師、と名乗った女は、オレのスピードにいささかもひけを取ることなく、涼しい顔でついてくる。炎羅国の王女姉妹といい、オレの妹といい、遠藤亜希子という油断ならない刑事といい、この怪物に変化する前の吸血鬼体を倒したと聞く「美奈子」という女といい……どうしてこうも、この事件に関わる者に女が多いのだ?

「女よ。では聞くが、ならばどうやって……やつを倒せるというのだ?」



 戸隠流・烈風旋回斬六連



 月葉はこちらが大事な会話してるのを察したのか、連撃に次ぐ連撃を浴びせて、幻獣の注意を一手に引き受けてくれている。

「ちと難しいが……やつを死体ではなく『生きた体』に引き戻してやるのだ」

 そう言った陰陽師とかいう呪術師のような女は、グンとかなり上空に急上昇していった。そして、騎乗している鳥人間ともども幻獣の頭上で空中停止した。




 南元天罡八万四千神王


 九々八十一須能伊須能


 摩尼羅須也娑婆呵




 陰陽師が、女の地声とは思えない低い、しかしよく通る声で不思議な言葉を発すると、幻獣の頭上の一部にだけ黒雲が発生したかと思うと、間髪入れず幾筋もの稲妻が落ちてきて、幻獣の動きを縛った。

「この結界がもつのは10分だけだ。その間に私が、この怪物を普通の生き物に変えておく。そこの剣の神と外宇宙から来たらしい男…お前たちと同等の攻撃力をもつ者が、最低でもあと二人必要だ。その四人で一斉同時攻撃ができれば、この幻獣を倒すのには十分な力となるはずだ」

 


 幻獣の動きが止まったのを見て、月葉は攻撃をやめ、こちらに跳躍してきて横に着地した。

「あと二人要るか。お主、助っ人にあてはあるか?」

「なくはないが……まだオレと一緒に戦わせるにはちと早いのだが」

「そんな贅沢も言ってられないようだぞ。今は猫の手でも借りねば、この星が馬鹿にならない被害を被ることになるぞ」

 オレの頭をよぎったのが、妹の青の闇……地球での通り名は「仁藤絢音」。

 ただ実力だけの話なら、別に戦場に出しても問題はない。ただ、そうは言ってもまだ少女だ。地球でも、高校二年生がいくら強くても「命を落とす可能性のある戦闘」に参加させるのはまずい、と考えるのは普通だろう?

 あとは、メンタルだ。オレの見立てでは、自分があいつの兄であるという点における「身内びいき」の可能性を差し引いても、強いやつだと思う。でも、最近まで地球で普通に育ってきたのだ。

 大丈夫だとは思うが、万が一ということもある。だからもっと、オレがこれ以上はないと思うまで妹を特訓し、腕を磨くまでは、やっぱり兄として心配なのだ。でも、月葉が言う通り今は『贅沢を言っていられない切羽詰った状況』であることも分かる。



「分かった。一人呼ぼう。だが、そういうお前こそ、炎羅国の王女……リリスと一緒に来たのではなかったのか? さっきから姿が見えないようだが」

「ああ、アイツならどこかその辺に転がっておるだろうて。幻獣の攻撃をまともに受けての、命には別条ないだろうが、すぐには起きぬかもしれん」

「何と」

 リリスは最近覚醒したようだから、本来の潜在能力を発揮できないのは仕方がないとはいえ、そんなにすぐにノックアウトされるようでは困る。本当の味方にはなり得ないとはいえ、黒の帝国に歯向かう者同士、もう少しは役に立ってもらわねば。

「リリスとやらを当てにできぬとすれば、もう一人か。どうしたものか——」

 月葉とオレが、リリスがダメなら後は誰を? と思案していたまさにその時、上空で呪詛を唱えて怪物の動きを封じ続けている陰陽師が、我らに語りかけてきた。耳ではなく「心の中」に聞こえてきたので、テレパシーかその他の心術の類だろう。



 ……安心しろ。決してベストな状態ではないが、もう一人戦える者が増えたぞ



 遠方から、こちらに猛スピードで突っ込んでくる車があった。

 その車は我らのいる地点から百メートルほど向こうで、急ブレーキを踏んで停車した。あまりにもスピードが出ていたからか、まっすぐには停止できず、タイヤが悲鳴のような摩擦音を立てて、車体が一回転半スピンしてやっと止まった。

 後部座席のドアが開いて、背後に炎のような、真っ赤なオーラを発散しながら一人の少女が出てきた。ああ、あいつは確か、会うのは初めてだがグリフォンに変化する前の細菌兵器を倒した……



「藤岡美奈子、参ります!」




 ~episode 7へ続く~

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