episode 5 冴島涼子

 天蓮 天内 


 天禽 天心




 朱雀 玄武


 白虎 勾陣


 帝台 文王


 三台 玉女 青龍……




 ……不思議だ。

 高速で走る車の上にいるはずの夏芽ちゃんの声が、運転席にいる私の耳にまで聞こえてくる。一体、何で?

「夏芽さんが陰陽師として呪言を唱える時は、普通に人が話すようなただ空気の振動としての『音声』だけで声を発しているわけじゃないからです」

 聞いてもないのに、後部座席にいる美奈子ちゃんが解説を始めた。この子、まさか私の心の中が読めるわけじゃないよね?

「いにしえより、この物理宇宙……つまりは人間界ですけど、それ以外に天界・魔界・地獄界・冥界の四界というのがあるそうです。そのすべての協力を得るため、それら全部の世界に届く、あらゆる周波数で発声している…だから風や屋根や騒音など関係ない。

 耳に聞こえているのではなく、魂(ソウル)で聞き取っているわけなんです」

 解説を聞いても、凡人の私にはさっぱり飲み込めない。

「ふうん……それにしてもさ、夏芽ちゃん車の上で、落ちる心配とかないわけ?」

「風も大気も陰陽五行の理の中にあり。それを味方に付けられないでようでは、晴明様の子孫の名が泣く…と夏芽さんは言っています」

 さようでございますか。もうね、よく分からないけどすごいとしか言いようがないね。



「それにしてもさ、ああいう怪物が街で暴れたりしたらさ、普通自衛隊とか出動してさ、戦ったりとかはないのかな? 私ら以外に戦車とか戦闘機とかが来るような気配がないんだけど」

「……冴島さん。それは特撮映画の見過ぎです」

 私は素朴な疑問を素直に言ってみただけなんだけどな! 美奈子ちゃんていい子に見えて、実はちょっとキツいとこもあるのね。

「国のトップは、私たちが今関係している一連の事件に関して、思っているよりも情報をつかんでいます。だから、地球の通常兵器が怪物には通用しないことは百も承知なので、何もしないのです。勝てないのに攻撃しても、軍事予算がもったいないですからね」

「でも、だからって何もしない、っていう姿勢もねぇ……」

「だからこそ、国は私や麗子さん、夏芽さんみたいな人材を集めたSSRIに、日本の防衛を一任しているのです。あの手の怪物に対して立ち向かえるのは、私たちだけ。決して何もしていないわけでは——」



 その時だった。

「危ないッ」

 ヘッドライトに照らされて、人の姿がおぼろげに見えた。

 かなりの速度がでているため、今ブレーキを踏んでも到底間に遭わない。例え思いっきりハンドルを切っても、避けきれないどころか車内の私たちの命も危ない。

 かといってこのままでは、人をひいてしまう。こんな激戦地あたりなら、住民の避難はとっくに済んでいると思ったのに!



 次の瞬間、私はあり得ない光景を目の当たりにして、思わずハンドルから手を離して目をこすりたい衝動に駆られた。もちろん、この非常時に車のハンドルから手を離すなど自殺行為なので、思いとどまったが。

 人影は、ただ立っていたのではなかった。実はこっちに向かって走って来ていたのだ。

 一瞬、フロントガラスの前いっぱいに、その誰かの姿が大写しになった。どうやら、かなりたくましい体つきをした男性だと判別できた。彼はなんと、車をよけもせず走ってきて、ぶつかる直前で軽やかに宙へ飛びあがったのだ!

「ふんっ」

 バックミラーをちらっと見ると、車を飛び越して何の問題もなく反対へ走り去っていく男の姿が見えた。



「またまたヘンなのが出てきたけど……あれは?」

「あれは、九割方外宇宙のどこかからきた宇宙人でしょう」

 なんと、今日の私の体験のすごさったらないわね! まず美奈子ちゃんの超能力でしょ、次に滅びた肉体をよみがえらせる魔法か何かでしょ? さらには女の子の恰好をした剣の神様、そしてシメには女子高生陰陽師に宇宙人!

「でも、安心してください。夏芽さんによるとあの宇宙人は、敵ではないそうです」

「えっ、じゃあ味方……ってこと?」

「少なくとも、あの男性は怪物を倒そうとしているようだから、目的はこちらと同じ。目的が同じなら味方と言えなくもない、のだそうです」

「なるほど、トモダチのトモダチは、皆トモダチだぁ~ってことね」

 私の言ったことが的外れだったのか、それとも受けたのか、美奈子ちゃんはクスリと笑った。

 しかし。私のビックリ体験は、さっきのでシメ……だと思ったのだけど、まだ次があった。




 相火三焦


 合わせて六気と成し


 羅剛星・三宝荒神に詔を奉ず——




 右の窓の外に、この車と並走する『何か』がいた。

 いや、それは地面を走っているのではなく、すれすれに飛行している。

 鳥だ。飛行機だ。いや……これは手の部分が翼になった人間だ。

『鳥人』と呼ぶのがこの場合適切だろう。超低空飛行をする鳥人の背中に、夏芽ちゃんが立っているのが見える。

 あれま、夏芽ちゃんはいつのまに屋根から離れた?



「とうとう夏芽さんも、『式』を出してきましたね」

 式、って何だ……?

 美奈子ちゃんは夏芽さんとの付き合いがある分、あれが何か知っているようだ。

「式神、のことです。説明が難しいのですが、簡単には夏芽さんの命令を聞く僕、とでも言えばいいでしょうか」

「じゃあ、あれも一応どこかの『生き物』ってこと?」

「いえ、純粋には生き物とは呼べないかも。式の正体は低級神霊だったり、妖怪変化だったりしますから」

「うわ、余計混乱してきたわ……」



『グリフォン』とか呼ばれている怪物と神の少女との戦いに、宇宙からの謎の男が加わった。三者は、私たちの走るそばで激しい戦闘を繰り広げている。

 美奈子ちゃんには常時戦況分析をしてほしいようで、夏芽さんは私たちに「付かず離れず」の距離で追跡し続けて欲しいと依頼された。合点ですよ、この戦いに凡人ながら最後まで付き合わせてもらいますよ。

 最初に、あの怪物を生むきっかけを作った張本人としての責任を果たしたい。そして、海藤さんを巻き込み、傷付けたやつを、私はゆるさない。



「危ないっ」

 後ろから、美奈子ちゃんの声がした。

 左側から、電柱がどんどん倒れてきている。それに、破壊されたビルのガラス片やコンクリート片が、大小さまざまに降り注いできている。その混沌の中に、車は突っ込んでしまった。

 土煙がひどく、外の状況がまったく見えない。私は急ブレーキを踏んだが、無事に停車できるかどうか分からない。でも、何か大きなものが落ちてくるのが分かる。

 なぜ分かるかというと、車のフロントガラスを通して大きな影が車内にできて、その範囲がどんどん広がっているからだ。それが目の前にまで迫ってきて、ようやくどこかのビルの屋上にある貯水タンクのようだと分かった。

 これが年貢の納め時か……



 思わず目をつむりそうになった瞬間、急に眼の前の視界が開けた。

 一瞬で、土煙が消え去ったのだ。

 そして私は見た。ものすごい勢いで、車と衝突するはずだった貯水タンクが遠方の空中に弾き飛ばされていくのを。

 そうだった。忘れていた。さっきまで病人扱いしていたから忘れかけていたが、この車には夏芽ちゃんと並んで、ものすごいチカラをもった戦士がいるのを。恐らく、あのタンクを弾き飛ばしたのは美奈子ちゃんだ。

「念動力がだいぶ戻ってきました。あともう少しで、私ももう一度戦えそうです」



 さぁて。

 こちらには、日本の守護神、一番手の美奈子ちゃん。

 二番手、陰陽師の夏芽ちゃん。

 見た目こそ女の子の姿だけど、ケタ違いの戦闘力を誇る『神様』。

 そして、どこの誰かは存じませぬが、助っ人のイケメン宇宙人様。



 この四人を相手に、勝ち目はありますかな? 怪獣さん?




  ~episode 6へ続く~

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