episode 7 葉隠月葉
あと、10分しかない。
あの夏芽、とかいう女子が言うには、グリフォンという怪物の動きを10分間だけ封じるから、その直後にわらわのように戦える者が4人、同時に攻撃を仕掛けろということだ。さすれば、不死身に見えるあの怪物を倒せると。
「4人必要、という根拠は何じゃ? たとえば3人、ではいかんのか?」
わらわは、夏芽にそう聞いてみた。ここから記すわらわと夏芽との会話は、音声としての言葉で交わされたものではなく、胸の内で交わされたものだ。便利なもので、これならどんなに高速で動いていても、互いの距離が離れていても話ができる。
「剣の神よ。4人、と言ったのは保険もかけて、のこと。勿論3人でも駄目ではないが、それでは勝てる確率が百パーセントではなくなるぞ。この絶対負けられぬ戦い、必勝でなければ……嫌ではないか?」
この夏芽という娘、わらわと同じような言葉遣いなので、他の地球人よりも話しやすくて有り難い。しかし、わらわに対して敬語を使わぬ人間は、実に久しぶりだ。別に不快というのではなく、単純に「珍しい」のだ。
今、一人でも多く戦力が欲しい。しかし一緒に来たはずのリリスとかいう炎羅国最強なはずの王女は……ふがいなくも戦闘中に意識が飛んで戦線を離脱している。
ケリーという女が言う「地球最強」というのは過大評価だと思ったが、それにしてももうちょっと戦えると思っておったのに。もしかしたら、本当はもう少しできるやつだが、何か心に悩みでも抱えておって、実力を出し切れていないとか?
だが今は、そんなことを思いやっている場合ではない。非情なようだが、今使えぬやつに用はない。
……安心しろ。決してベストな状態ではないが、もう一人戦える者が増えたぞ
陰陽師の声が、胸に響いてきた。この夏芽という娘は、扱う言葉が場合によっては命取りになる職業のせいか、あまり言葉に感情を乗せない人物のようだ。その彼女が、明らかに期待と安堵、という二つの感情が読み取れるような言葉を発したのだ。
ゆえに、夏芽の言う『期待できるもう一人』というのはよほど期待できる、すごい人物なのであろう。この夏芽も、相当な能力者なのだからな。
「藤岡美奈子、参ります!」
その声の主がいる方向に目をやると、そこだけ異様に濃く練り上げられた『気』の塊が渦巻いているのが分かった。もちろん、それは目に見える現象としてではなく、肌感覚でビリビリ感じる類のものだ。
わらわは神として、自分より強い者に出会うことはほとんどない。同等な者ならまれにある。もちろんそれは同じ「神」同士で、戦ってもそれはお遊びの域を出ない。だって、いくら戦っても互いに殺せないことが分かっているから。
今出会った美奈子とかいう定命の者(以後、不死の神に対して限りある命をもつ人間どものことをこのように呼ぶ)は、確かに神の目から見れば別に脅威ではない。ただ……こやつは、何かが「違う」。
では何が違うのか? と問われると、返答に窮する。その本質を言い当てることはできないが、とにかくこの娘は強い。それは確かだ。
この地球に来るとき、わらわの住み家を命知らずにも訪ねてきたケリーとかいう炎羅国人が言っていたことを思い出し、「この地球で抜きん出て力を持つ者」の存在を感じられるかどうか観察してみた。
丸い惑星のあちこちに、非凡な能力を持つ者の存在を転々と感じたが、どれも「どんぐりの背比べ」といった感じであった。なんじゃこの程度か、とがっかりしかけたその瞬間、感じたのじゃ。かつて訪れて縁のあった「日本」という国に、ひとつの尋常ではない空気の塊を。
悠久の時を経てきたわらわでも、初めて見るものであった。その人物のいる場所の周囲だけ、空気がおかしいのだ。どうも「人間界」のものではない気が流れておるのだ。
この次元以外に、天界・魔界・地獄界・冥界があり、人間界を入れた『五界』で世界全体は成り立っており、基本的にその世界同士はよほどのことがない限りは「互いに干渉しない」ことになっている。わらわはあくまでも、このヒト型の知的生命体が多く存在する宇宙の中での神であり、同じ神でも「天界に住まう神々」とはまた別物なのだ。
ちと、話がややこしいかのう? すまぬが、続けるぞ。
先ほど、その五界と呼ばれる各世界同士は、完全な棲み分けを行っており干渉し合わないと言ったが、かつてわらわの知る限り一度だけ、その禁が破られた非常時があった。それは、黒死王が平和の保たれていた5つの国に対し、反逆し戦争を起こした時だ。
あれはわらわも、剣を振るって参戦した。もちろん、黒死王側などではないぞ?
黒死王が、五つの国を興した神々を「殺すことができる」力を手に入れた、ということが知れ渡った時、そんなことがあってはこの世界を支える理(法則、と言い換えてもらってもいい)のバランスが崩れ、世界はやがてその存在を消す。五界がバランスよく存在することですべてが均衡を保っているため、天界をはじめとする四界にとっても対岸の火事というわけにはいかなかった。
本来は行き来などしない五界同士であるが、この時ばかりは天界・魔界・冥界から軍勢が派遣され、協力して黒死王と戦い、これを何とか封じた。その戦いに地獄界は不参加だったが、わらわもその理由までは知らぬ。
とにかくじゃ。宇宙の遠くから見ても地球にいてその存在の「凄さ」が感じられた人物は、ケリーとやらが言う「リリス」という人物ではなく、まさにこの「美奈子」だったのじゃ。間違いない。
しかも、美奈子がその体にまとっている『気』は、人間界のものではなく…わらわの勘じゃから絶対とは言えないが、どうも『冥界』に住まう者特有のもののような気がする。
しかも美奈子だけじゃなく、あの安倍夏芽とかいう娘もだ。ああいう術を使う者を『陰陽師』とか言うらしいが、この宇宙広しと言えども、あのような呪術は他のどの星にもない。しかも、あやつの発する声は五界すべてに届く独特のもので、本来あり得ないものじゃ。
むやみに交流などしない五界の、すべてに干渉できるあの声をもつ陰陽師とは一体何か? 黒死王の事件以来行き来がないはずなのに、なぜこの時代のこの二人の娘が、人間界ではありえない力を駆使しているのか?
その謎を解くのは、どうやら容易ではないようじゃ。この件ではどうも、各世界の色んな者どもの思惑が複雑に絡み合っておる。それを解き明かすのは、どうしようもないほどにもつれた糸をほどくかの如くに、大変なことかも知れぬの。
兎にも角にも、リリスとやらは期待外れじゃったが、わらわの眼鏡にかなった美奈子がいるのなら、この戦いなんとかなりそうじゃ。
……おい、月葉とか言う神。聞こえるか?
……おお、もちろん聞こえておる。あと一人、助っ人が来るのを待って同事攻撃なのだろう?
……それはそうなのだが、お前だけに聞かせる必要のある話がある。
わらわに「お前」などと言ったのは、これまでには天草四郎に次いで二人目じゃ。不思議と腹は立たぬ、それどころか面白くもある。
……陰陽師とやら。一体、何が言いたのじゃ?
……今戦っているあの怪物には、特殊な呪いがかけられている。残念だが、それは私でも解くことができない。
……して、その呪いとは何か? わらわにだけ言うということは——
……さすがは神、察しが良いな。これからあの怪物を私の提案した方法で撃破するとして、あの怪物が死んだ瞬間に……神よ、お主が「死ぬ」ように呪いがかけられている。
何となく、そんな予感はしておったので、さして驚きはない。
しかし、この事態はかなり深刻だ。宇宙創世のはじめにあった黒死王がもたらした危機、まさにその再来といったところか。もしかしたら、再び「五界」が協力しあわねば乗り越えられない事態なのかもしれぬ。
……あってはならない術、これは『神殺し』だ。神よ、あの怪物を倒すことの代償は、お前の死ということになるのだ。
わらわは別に、かまわぬ。
不死など、ちと飽き飽きしていたところでもある。
死ねるのなら、そのような体験もよかろう。他の神々が味わえぬことを楽しめるなら、それもまた一興。
じゃがそのかわり、お前はきっちりと倒し、二度と動けぬようにしてやる。
腐れ外道の悪知恵によって生まれた、最悪の怪物め。
~episode 8へ続く~
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