episode 9 藤岡美奈子

【海藤慎二が謎の怪物と遭遇した同時刻・現場からおよそ2キロ離れた地点】



 ちょうどその時、私はファミレスのバイトを終えたばかりだった。



 シャドーとの戦いのあとで嫌々入院したけど、一週間で出てきた。退院してもう次の日には、高校入学当初から続けているバイトに復帰した。

 SSRIの仕事ももちろん忙しいのだけど、その合間を縫って短時間だけどバイトをしている。世界の平和を守るエスパーはそんなものしなくていい、と言われるかもしれないが、私の考え方は逆。そんな立場だからこそ、やるべきなのだ。

 おこずかいだって欲しいしね。ただし、特殊能力でズルして手に入れるお金じゃゼッタイダメ。



 中間テストも近いし、早く帰ってちょっとは勉強しなきゃ、と思ってたんだけど。人生そううまくいかないね…ってまだ高校生の私が人生語るのは早いかもだけど。


 学校がひけてから直接バイト先まで行ったから、今の私は学校指定の紺ブレとスカートという服装。天気予報で今夜は冷える、って言ってたけどまさかこれほどとは……

 5月の最近の暖かさに油断して、上に羽織れるコートとかブレザーの内側に着れるベストとか用意しなかったことをちょっとだけ後悔した。

「ま、しょうがないか。早く帰ろ帰ろ~」

 私はそう独り言をつぶやいて、信号が変ってしまいそうな横断歩道を駆け足で渡った。



 その瞬間。

 私の脳裏を、一筋の閃光が貫いた。

「……何、これ」

 私はまたかぁ、と深いため息をつきながらも、全神経を集中させて一体何が起こっているのかを突き止めようとした。こりゃもう、習い性だな。

 この近くで困っている人がいる。それもただ困っているというレベルではなく、命に関わる危険にさらされている。少なくともそれくらいは察知できた。

 私は、そういう危機的状況にある人の強い念を拾ってしまう。『助けて』というメッセージを聞き取ってしまう。いちいち駆けつける義務はないし、聞こえるもの全部に対応していたら体がいくらあっても足りない。

 それでも、今回はSOSの念を発している地点に行ってみることにした。

 やはり、助けを求めている人を放ってはおけない。ちょっと外は寒いし、テスト勉強もしておきたいけど…私がすこし我慢することで、もっと大変な状況にある人を救えるのなら、私は行きたい。



 ワイズマンズ・サイト!(賢者の眼)



 私は、眼球の水晶体と角膜の距離と厚さを調節した。もちろん、常人にはそんなこと出来はしない。私の目は、いわゆる 『千里眼』というやつ。

「……このへんからね」

 SOSを発した人物の残留思念が、強く残っていると思われる場所まで来た。思念の主は、ここで強く「助けて」と念じてから逃げ去っている。あとはサイコメトリーで残留思念を辿っていけば、その人物までたどり着くことができる。

 そうして走っているうちに、気付くと東京のC区内でも一番大きい公園に足を踏み入れていた。夜の公園は、静かでちょっぴり気味が悪い。

「あ……いた」

 私は捉えた。公園の奥の闇に、何者かに追われて逃げ惑う男性の姿を。前方約四百メートル。

「あれは一体、何に追われているの?」

 それを確かめるべく私は何のためらいもなく地を蹴った。こりゃ、普通に走ったんじゃ間に合わないか……



 アキレスの足



 普通なら姿勢を維持できず倒れてしまうほどの前傾姿勢で、私はつむじ風のように地を蹴った。優に時速六十キロは出ていたと思う。

「……こんなの、ってアリ?」

 SOSを発した男性を追う「何か」とはまだ七十メートルの距離があったが、見た目にはとりあえず人間の成人女性だろうということは分かった。

女性が男性を追いかけるってのは、例えば浮気がバレたとか…でも、やはりこれは普通のケースではない。男性の発しているSOSは、間違いなく「自分が殺されるかもしれない」という恐れを含んでいる。

 だとしたら、女性が相手を殺しかねないほど危うい精神状態なのか、それとも正体が見た目とはまったく違った『何か』なのか。それを確かめるため、私は眼球をサーモグラフモード(熱映像探知)に切り替えてみた。



「あれ?」

 なんじゃこれ。体全体でひとつの生物としたら、体温調節がてんでむちゃくちゃだ。

 手足など活発に動いている部分は五〇度もあるのに、あまり筋肉を使っていない箇所は九度などという低温状態で、およそまともな生物の体を成していない。

 そもそも心臓が動いてなくて、そのあたりの温度はたったの十八度。

 あれは人間じゃないどころか、生物としてもおかしすぎる。そこで、私はあれの正体について、ある「仮設」を立ててみた。そうすると、辻褄が合ってある恐ろしい事実へと行きつく。

 私は、その予想が当たっていませんように、と祈りながらバイオグラフィーモード(生体反応感知モード)で改めてターゲットを捉えた。



「あ~あ、最悪……当たっちゃったよ~」

 私はこう確信していた。

 あり得ないが、あれは生物学的には『死んでいる』。人間の死体が動いているのだ。

 死んでいるのに、なぜ動いて活動しているのかって?

 それはね、あの死体を動かしている主人の正体がね——




 ~episode 10へ続く~

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