episode 9 仁藤絢音
戦いは終わった。
何とかこちらの勝利に終わったけど、その勝利の代償は高くついた。
リリスの機転のおかげで、学校の生徒や先生たちは守ることができた。しかし、怪物との戦いのリングとなってしまった高校は、建物も大破・全焼。運動場も瓦礫の山で、中央にはまるで月面のクレーターのような巨大な穴ぼこがぽっかり空いている。
クレアのメギド・フレイムという技の名残だ。とどめの火力としては最強だろうけど、使い方と使う場所を考えないと付近のものまで見境なく損壊してしまう。下手したら、通行人を巻き込んでしまう恐れもある。
リリスが魔法の水球から皆を解放した直後、心配して駆けつけてきた保護者と、騒ぎを知って駆けつけてきた報道陣で現場は大混乱を極めた。
今回死者は出なかったようだが、ケガ人は多数出た。救護や医療団の数よりも、マスコミ関係や野次馬見物の人間の数のほうが多く見えるのは、ちょっと複雑な気分。まぁこれも時代なのかなぁ。
事件現場などではよく、たまたま居合わせた人がスマホで決定的瞬間を動画や画像に撮ったりするものだが、今回の事件では誰もそんなことができなかったようだ。ま、スマホで撮れる範囲になんか立っていたら、普通の人なら命を落としてもおかしくないほどの激しい戦いだったからね。
ただ、クレアのメギドフ・レイムの影響として一帯の空が紅く染まった現象は、広範囲で確認された。気象学では説明がつかない怪現象、としてしばらく騒がれることになる。
報道陣は、実際に何が起きたのかの情報が極端に少なすぎて、業を煮やしていた。私たちと怪物との戦闘が公の電波に乗らずに済むのはこっちにとって好都合だけど、これから先もそううまくいくとは言えない。
世間に異世界の侵略者や私たち特殊能力者の存在がバレるのも時間の問題かもしれない。その時、一体どうしたらいい?周囲は、私たちをどう扱うのだろう?
……まぁ、今悩んでもしょうがないね。その時また、考えればいい。
「お~い、仁藤~」
背後からの声に、ハッと我に返った。
「あんなこと起きたからぶっとんじゃったけど、さっき相談しかけたことの続きだけどよ~」
ああ、そうだった。そもそも屋上に二人で行ったのは、休み時間にアキが私を訪ねてきたからだ。しっかし、あんなことがあったあとで、よくもとの話をする気になるわね!
それほどまでに大事な用事だって、こと?
「一体な、何よ」
よく考えたらアキには、私の特殊能力モードを見られているんだった。青い眼、なぜか伸びる髪!(呪いの日本人形みたい?)ちょっと決まりが悪くて、声が上ずった。そのあたりを突っ込まれても、今の私は答えるのにシドロモドロになりそうだ。
この直後に彼がかけてきた言葉は、怪物や私の正体など、一連の事情を問い詰めるものではなかった。でも、まったく別の意味で私の心臓を締め付ける話だった。
「……好きなんだ」
え?
今、何て?
これって、まさか……
アキは、切羽詰った訴えかけるような目で、私に迫ってきた。
その真剣さと迫力に、私は思わず後ずさった。
後ずさった先には、倒壊を免れた校舎の壁の一部が……
うう、これ以上後ずされない!顔近いし!
これって、まさか『告白される』?
ドキドキ。
「夕凪のことが」
もしこれがマンガだったら、「ズルッ」とか「ズコッ」とかいう擬態語が書き込まれることになると思う。実際の行動としてズッコケはしなかったけど、相当「期待はずれ」だったことは否定できない。
……ザンネ~ン!
心の中で、誰かにそう言われたような気分になった。いや、待てよ。ザンネンって思うってことは、裏を返せば「アキに告白されてたらうれしかった」ということ?
そそそそそそそそそそれは……
いや、もう考えたくない。とにかく、今はこの人生最大の「気まずい場面」を一秒でも早くやりすごすことだけに集中しよう。
でないと恥ずかしすぎるぅ! そして、気まずすぎるぅ!
「リリスが好きって……あんたたち、同じクラスじゃないのよ! 直接言えばいいじゃん。なんで、隣のクラスの私に言うわけ?」
「……だって恥ずかしいじゃねぇか」
絶句。
「頼む!この通り!お前、夕凪と結構親しいだろ? お前から、オレの気持ちを夕凪のやつに言ってくれないか?」
恥ずかしさを隠すためか、半ば怒鳴るような言い方でいっきにそう言ったアキは、高級デパートの接客係も真っ青になりそうな角度まで頭を下げた。一応「人にモノを頼んでいる」のだということ程度はわきまえているらしい。
そんな大それたことを頼むくせに、私のことは「お前」呼ばわりって……ちゃんと「仁藤」っていう名前があるんですけど!
いや、もしかして「青の闇」? うは、何で今それを思い出すかな~!
今時の男子で、他の女子に告白の代弁頼むやつなんかいるか? ってか、アキこそ「今時の男子」の代表みたいなもんなのに……?
「お前なら引き受けてくれると思っていたよ。じゃあ、頼むな!」
「ちょちょちょ待ってよ~」
何も確たる約束はしていないのに、一人勝手に私が引き受けたことにして帰っていくよ……
あまりにあきれて、強く呼び止める気力もなくなった。
「あ、あとお前、髪の毛長いのも似合ってたぜ!」
遠くから、そんな捨てゼリフが聞こえてきた。
……そういうことは、好きな女に言ってやれよな!
なんちゅうやっちゃ。ああ、本当に行ってしまった。
でも、何だか憎めない。
さっきの切羽詰った状況でアキが見せてくれた男気。そして、一瞬とはいえアイツのことを好きになった私。
でもあれはあくまでも「もう自分が死ぬかも」という恐れから出た「恋愛を知らずに死ぬのは悲しすぎる」という思いが、目の前にいた異性のアキに一時的な恋心を抱かせたのだと思っていた。だから、予想外に「生き延びてしまった」今、その縛りはなくなったわけなんだけど。
私って、やっぱり器用なんだわ。
一度心に入ってきてしまったものは、もう……
「さて、どうしたものかなぁ」
私ってば、きっとリリスにちゃんと言うんだろうなぁ。悔しいけど、アキの望み通りのことをするんだろうなぁ。で、もしも両想いだったら「よかったね」って——
それは悲しい。悲しすぎるぞ、私!
~episode 10に続く~
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