episode 10 リリス

 紅陽炎とその手先らしい怪獣『バジリスク』との戦闘が済んで私がまずしたことは、魔法のオーブで保護した全校生徒と先生を安全な場所に開放することだった。

 術者は私だけど、術を解くためにオーブの近くにいる必要は別にないので、押しかけたマスコミや警察などに私が関わっていると悟られずに済んだ。

 お姉ちゃんのことは……今は頭が混乱しているからあとで考えるとして、まずは絢音ちゃんだ。会ってちゃんとお礼を言いたいと思った。彼女の助けがなかったら、きっと私たちはあの怪物に勝てなかった。

 人ごみの中、探しに探したけどいなかった。あきらめかけていると、倒壊した別棟(クラスの教室ではなく、理科室や図工室などが集まった特別棟)の崩れかけた壁の影にいるのを、遠目に見つけた。



 近づいて行くと、絢音ちゃんが一人じゃないことが分かった。

 誰か一緒にいる。しかも、ウチの学校の男子が。あれは……アレに近いシチュエーションを日本語で言うと何だろう? もしかして「絢音ちゃんが男に口説かれている」?

 最近、良枝ママが熱心に見ているドラマで「家政婦が見た!」というのを付き合って私も一緒に見たが、今ちょうどそんな心境だ。

 しかも、よく見ればあれ、うちのクラスの男子じゃん。確か、長坂君っていう……

 他の女子たちはキャアキャア騒ぐけど、私には今一つあいつの良さが分からない。

 それほど、カッコいいかなぁ?



 状況が状況なので声をかけたものかどうか迷っていると、いきなり長坂君が速足でその場を去った。今なら、絢音ちゃん一人だけだ。

 なら、私はたまたま今来たことにしちゃえ。実はさっきから様子を見ていたなんて、ヘタに知られない方がいい——

「絢音………ちゃん?」

 私は背後から十分に声が届く距離まで近づいてから、恐る恐る声をかけた。

 相手に聞こえるはずの声量で言ったはずなんだけど、反応がない。

 何か、考え事でもしていたのかな。それとも、何かショックなことでもあった? だとしたら、今会ってた長坂君のことと関係が?

 いやん、色々と想像をたくましくしてしまう。



「ん?あ、ハイハイ」

 二度目に声をかけて、やっと振り向いてくれた絢音ちゃん。

 さっき弓で戦っていた時は、本当に頼りがいのある助っ人だった。けど、今目の前にいる彼女は…まるで『抜け殻』だ。

 目に精気がないというか、疲れ果てた顔というか……いや、もしかしたら「悲しい」のかもしれない。なんとなくだけど、そんな感じが伝わってくる。絢音ちゃんは、自分を誤魔化したり飾ったりするような器用さはないから、私の読みはそう大きくは外れていないと思う。



「リリス、ちょっと聞きたいんだけど同じクラスの長坂君って、どう思ってる?」

「ん、何の話?」

 私はさっきのことで感謝を伝えようとして、言葉がのどまで出かかっていたのに……あまりに突拍子もない話を投げられたので、出かかった言葉も思わず引っ込んでしまった。

「どう思うかって……どんな意味合いで聞いてるの?」

「好きかどうか、ってことよ。アイツが、アンタのこと好きだってさ」

「ええっ?」

 あまりに最近の自分を取り巻く諸事情とはかけ離れた世界の話に、頭が真っ白になった。さっきまで命を懸けた戦闘をしていたことを忘れさせるほどの威力がある内容だ。



 ……クラスの男子が、私のこと好き?

 あ、あり得ない! そんな可能性、考えたこともなかった!



「……っていうか、何で絢音ちゃんがそれを私に言うの?」

「そりゃ私だって、気が進まなかったわよ! でもアイツが自分じゃ聞けないから、どうしてもって……頼まれちゃってさ。長坂君、リリスとお付き合いしたいそうよ」

 私もどちらかというとシャイな性格だと自覚している分人のことを言えないけど、やっぱり告白って自分の力でするものじゃ? だって、自分で言えずに人づてなんて、好感度が下がっちゃうって考えなかったのかな?

「う~ん……」

 私は即答できず、腕組みをして考え込んだ。

 長坂君かぁ。別にキライではない。いや、正確に言うと「関心がない」。

 じゃあ、他に関心がある男子がいるのかというとそんなことはなくて、今は誰に対しても同じ。まだ、特別な感情を特定の男子に抱くということはない。

 もちろん、状況的にそれどころじゃない、ってこともあるけど。

 キライじゃないにしても、好きでもないわけだから、付き合うなんてムリ。断って傷付けるのは心苦しいけど、やっぱり自分に嘘はつけない。



「興味ない……かな」

「ちっとも?」

「うん。全然」

「そう……もったいない」

「もったいない?」

「え、聞こえてた? うう、そこはもう忘れちゃって」



 絢音ちゃんが最後につぶやいた「もったいない」は、めっちゃ小声だったんだけど、なぜか聞き取れてしまった。その言葉があまりに意外だったので思わず聞き返してしまったけど、絢音ちゃんの妙な狼狽ぶりを見ると、聞き返さないほうがよかったかも、と後悔する。



 絢音ちゃんがあまりにもガッカリするのでもう一度考え直してみたけど、やっぱり好きじゃないものは好きじゃない。

「やっぱり、考えられないなぁ。悪いけど、とても今そんな気持ちになれません、って伝えておいてくれるかな」

「要するに、ノーってことでいいのね?」

 絢音ちゃんのその言い方に少々トゲが感じられた。なぜ絢音ちゃんが気分を害するのか、そしてなぜ長坂君じゃなく絢音ちゃんががっかりしないといけないのか、私には分からない。

「そ、そうなるね……あっどうしよう?長坂君と私って同じクラスだし、いちいち隣のクラスの絢音ちゃんに返事を託すのってヘンかな? 気が進まないけど、私が直接お返事した方がいいのかな?」

「あ、ヘンな話だけどそれは私から伝える。長坂君、リリスから直接返事を聞くなんて心臓が『爆死』するから、私が伝える方がいいんですってよ」

「……はぁ」

 そんなんじゃ、異世界の敵と命懸けで戦ってる私の彼氏なんか務まらなくない?

「確かに他人使って告白なんて、男らしくないと思うよね。でも、アイツああ見えて結構いいいところもあるんだよ。そこだけは、分かったげてね」

 今の一言で、絢音ちゃんの不可解なリアクションの謎が解けた。



 ……もしかして絢音ちゃん、長坂君のことが好き?



 世の中、つくづくうまくいかないもんだと思った。

 絢音ちゃんは長坂君が好き。長坂君は私が好き。で、肝心の私は、長坂君がすきではない——

 これは、ドラマとかでよくある「三角関係」じゃなく、「直線関係」?

 今我ながらうまく言ったもんだと思ったけど、絢音ちゃんもこの状況を「直線関係」と名付けていたとは、あとで聞くまで知らなかった。



「リリス~」

 遠くから姉の声がした。

 声のした方角を見ていると、走り寄ってくる姉の姿がだんだん大きく見えてきた。

「探したんだよ。先生も一緒だよ」

 お姉ちゃんは、私が一人じゃなく絢音ちゃんも一緒だと分かって、少し気まずそうだ。走ってきた姉の後に続いて、歩いてこちらに来たのはアレッシアだった。きっと、心配して駆けつけてくれたのだろう。

「クレア、そしてリリス。二人ともよくやりました。心配しましたが、成長が早いことが分かって一安心です」

 先生にそう言われて姉は、照れながら喜んでいた。私もうれしかったんだけど、今までしていた話が話だけに、笑顔になんかなれなかった。

「おや、あなたは——」

 そういえば、アレッシアは絢音ちゃんに会うのは初めてだったと気が付いて、慌てて紹介した。

「えっと、こちらは私の学校のクラスメイトで、仁藤絢音さん。幼馴染なんですけど、どうやら私たちと同じような能力があるみたいで、今日だって結構助けられたんですよ。絢音ちゃん、深い事情はまた話すけど、こちら私の魔法の先生」

 絢音が頭を下げてよろしくと言おうとしたタイミングで、アレッシアは意外な一言を口にした。



「あなたのことは知っています。青の闇……ですね」

 私には、初めて聞く言葉だ。でも、言われた絢音ちゃんは、「何のこと?」っていう感じじゃなく、「何で知ってるの?」って表情だった。

「今回リリス達を助けてくれたことにはお礼を言いましょう。でも、これは言っておかないといけませんがあなたは敵です。今はまだあなたにその気はなくても、いつか私と戦うことになるでしょう」

「先生、そんな……」

 これには、私だけでなくお姉ちゃんもショックだったみたい。



 絢音ちゃんが……敵?



『青の闇』とは、一体何か。

 絢音ちゃんは、それが何かを知ってるのだろうか。

 先生は、一体どこまで事情が分かっていて、絢音ちゃんを敵と言い切ったのか?



 アレッシアの厳しい視線におびえる絢音ちゃん。

 親友が「敵」だと言われて、どうしたらいいのか分からない、という表情の姉。私たち双子の味方として見る気はまったくなく、使命遂行には敵対する存在だとして絢音ちゃんを拒絶するアレッシア。

 私たちの希望とは裏腹に、炎羅国再興の道は絡み合う運命の糸の皮肉のせいで、より険しく厳しいものになりそうな予感がした。



 そして、その予感は多分当たっている。




 ~第7章に続く~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る