前編第七章『すれ違い、そして別離』

episode 1 ヴァイスリッター

 物事の展開が、どんどん最初思っていたものと違ってきている。



 オレは精霊。

 お前たち地球の人間に、オレが何者かをちゃんと説明するのはちと難しいが……

 いわゆる『神』ではない。神と精霊に共通するのは、寿命といったものはなくよほどのことがない限り普通は『死なない』ということだ。では、神と精霊の違いとは何か?



 それは、存在自体に『目的』という縛りがあるかどうかだ。

「神」は、いつ何時でも何を考えようが何をしようが基本的に自由だ。(地球人の考える神がどういうものかは知らんが)しかし、「精霊」はそうはいかない。

 例えば、「森の精霊」なんてのがいたとする。そいつにはもちろん、ある程度の自由意思はある。でも、精霊の中では、何よりも「森を守ろうとする思いと、そのために必要な行為」が無条件で優先される。

 仮にその森を破壊しようとするやつが入ってきたり、森を脅かす存在がいると認識したとしたら、精霊は好むと好まざるに関わらず、全力で戦う。必要とあらば、敵とみなした者は容赦なく殺す。

 殺すのはよくないとか、戦って負けてしまったらどうしよう、とかそんなことはほとんど考えない。お前たちが呼吸をするように、森を守ることが第一優先なのが『当たり前』だからだ。

 冷たい、とかそういうこと言うなよ。だって、そういうふうに「創られている」んだからな。ちなみに「冷たい」という概念は、地球に来て初めて学んだがな。



 森の精霊なら森を、湖の精霊なら湖を、山の精霊なら山を……そういう風に、すべての精霊は何らかのものを『守護』する使命を負って、存在しているわけさ。

 だから、守るのに失敗して守るものを失うとかいう場合……さっき精霊は不死だと言ったが、そこに例外がある。守るものを失った精霊は、存在意義を失い消滅する。森の精霊なら、その守る森を守れず失った時、その役目を終えて消える。

 オレのみたところ、この星にはあまり精霊がいないな。人間が自分の種の繁栄のために、ずいぶん殺してきたとみえる。おそらく、森ひとつ焼こうが木を全部倒そうが、何の抵抗にも遭わず実行できるだろ? そりゃ、守る精霊がいなくなったからだ。

 それを、人間が問題だと考えるか、それともかえって好都合と考えるか。そこが、お前さんたちが今後も地球の良き主人でいられるかどうか、その値打ちがジャッジされる分水嶺だ。



 ちなみにオレも精霊だから、当然守護するものがあるわけで。

 さて、それは一体何か?

『虹の杖』さ。

 遠い昔、オレたちの宇宙を荒らした『黒死王』を倒した魔法の武器さ。



 お前たちの星に、「核兵器」ってのがあるだろ? 道具だから本来は使うためにあるんだけど「できたらずっと出番が来ないほうがいい」っていうややこしい代物があるじゃないか。虹の杖はそれと同じで、できたら未来永劫使われない方がよかった。

 宇宙最強の武器があるんだぞ、誰もそれには勝てないぞっていう情報が平和を乱そうとする者への抑止力であり続けたほうがよかった。オレ自身はそういう意見なんだが。

 しかし皮肉にも、我々の住む宇宙が創世されてそう間もないうちに、虹の杖が使用されることとなった。で、最恐最悪の黒死王が倒されて以来、虹の杖の威力を恐れてか、大きな乱を起こそうとする勇気ある悪人は何千年も出て来なかった。



 ただ、今になって事情が変わったのが「黒のリディア」の出現だ。

 虹の杖を恐れてはいるが、それでも事を起こした。しかも、脅威なら虹の杖を探し出して我が物としてしまおうなんて、今までどんな悪人も考えつかなかった大胆な計画だ。

 これは誰にも知られていない極秘情報なのだが(もちろん守護する立場の私は知っている)、虹の杖は一度誰かが使用すると、その者の死後三千年ほどは使えない。それだけの長い年月をかけて、次に使えるだけのエネルギーをチャージするわけだ。

 その秘密を守り通したおかげで、黒死王亡きあと皆杖が使用不能なことを知らずに恐れてくれたわけだ。その間冷や冷やものだったが、今ようやくその三千年目を迎える。杖が再び使用可能な年月が経ったのだ。



 虹の杖、という武器(我々は魔装具と呼ぶ)は、持てば誰でも使える、というものではない。凡人では、下手に握ったり触れたりするだけでも体に変調をきたす。場合によっては、死に至る。

 この杖を最初に使ったのは、光の精霊というやつだ。

 名前こそ「精霊」ってなってるからオレと同類だと思うなよ。ややこしいが、我々の属する宇宙を創世した5人の神々の中の一人だ。そこらへんの「神」よりも偉大な存在なんだぜ。

 言い方を変えると、それくらいの「大物」でないと扱いきれないということでもある。ただ残念なことに、その「光の精霊」は今はもういない。そのような偉大な神的存在は普通不死なのだが、ある特殊な条件下で死んでしまった。

 表向きには、「黒死王を倒すために虹の杖で力を使い果たし、命と引き換えに勝利を収めた」ということになっていて、皆そう信じている。

 確かにある面はその通りなのだが、それでも宇宙を創世したような偉大な神が、エネルギーを使い果たしたからといって死にまで至るのはあり得ないのである。



 実は、光の精霊は『神殺し』に遭った。

 この広い宇宙のどこかには、そういう信じ難い『神を殺す特殊な呪術』が存在するらしい。黒死王は最初からそれを知っていたわけではなく、どこかからそれを入れ知恵されたようなのだ。

 恐ろしいのは、その呪術を使える存在が黒死王に協力したということ、そしていまだにその正体も所在もつかめていない、ということ。

 敵の黒死王自身も、もとは神の一人であった。彼を虹の杖で倒すことができたように、光の精霊もまたある特殊な方法で殺された。光の精霊の名誉を重んじて、歴史は「光の精霊が命と引き換えにこの世界を救った」という美談にしているが、まぁそれ自体は責められない。

 ウソも方便だ。そう言っておいたほうが皆も希望が持てる。



 さて話を戻すが、光の精霊がいなくなった今、誰が虹の杖を握るか、だ。

 宇宙創世に関わった五つの精霊、つまり今いない光の精霊以外のやつらがいるじゃないか、っていうのはナシ。黒死王の撃破以来、「火の精霊」「水の精霊」「大地の精霊」「風の精霊」はぱったりと人前に現れなくなり今に至るんだよ。まったく、どこでどうしてんだか、もう何千年も誰も分からない状態だ。

 あまりにも現れないせいで、「想像上の存在なんじゃないか」とか言い出すやつまで現れる始末だ。



 オレは、光の精霊がいなくなる前、「私にもしものことがあれば、七波国には戻らず、炎羅国へ行け。そこの王家に、杖の存在を守らせるのだ」と言っていたことを思い出し、以後ずっとそこにかくまわれ、ひたすら存在を隠してきた。

 そこで数十代に渡って王となった人物を見てきたが、虹の杖を握れるような力ある者はいなかった。もちろん、いたところで肝心の虹の杖自体が使えない状態だから、意味のないことだが。

 それがこのタイミングで、黒のリディアが宇宙の秩序を乱し、ついに他の星の侵略に乗り出した。すでに炎羅国が陥落したが、その後目立った動きはない。ただ、近隣の星は油断ができず、戦々恐々としている。



 オレは、因縁とか運命とか巡り合わせとか、そういう概念はあまり信じないほうだ。でも、今回のことばかりは、ちと考えを改めさせられそうだ。黒死王に次ぐ脅威が宇宙に現れたタイミング、そしてそいつに対抗しうる「虹の杖」が使えるようになったタイミング、それが重なった。

 そこへさらに、それを操ることができる力を持つ者が出現した、という奇跡までが重なったのだ。

 さて、虹の杖を握り、リディアに対抗できるその人物とは誰か?

 アレッシアが使えたら話が早いんだが、残念ながらそうはいかない。あの双子だ。炎羅国の王女となるはずだった、クレアとリリスだ。神でも精霊でもない、限りある寿命をもつ生命体なのに、信じ難いが精霊に匹敵するとてつもない力を秘めているようなのだ。

 ただ杖を使うというだけなら、二人のうちどちらでもいい。ただ、いにしえからの「言い伝え」という面倒なものがあってな…



 炎羅国には、『炎精伝』という最古の書物があって、作者不詳。地球人の星にあるもので言えば「聖書」みたいなもので、宇宙の創世、炎羅国の建国、その後の歴史をまとめてある。

 建前上、そこに書かれてあることはすべて「真実」であるとされているが、近代になって炎羅国の住人はある程度それが「おとぎ話」のようなものだと思い始めていた。特に最初の方の『創世の章』、黒死王と五つの精霊との戦いのくだり。まぁ、虹の杖を安全に隠しておくためには、そう思われていたほうが都合が良かったわけだが。

 それでもやはり、黒の帝国の王家の血筋の者は誤魔化せなかったわけだ。リディアは、本気で虹の杖を探そうとしている。そのために、炎羅国を奇襲さえした。



 問題の言い伝えとは、『炎精伝』の創世の章の最後に書いてある文言だ。



 ……体に火の痣の在りし女王が、虹の杖を振るい来るべき脅威に立ち向かうであろう。



 そういう内容の予言だ。

 オレは現実主義なんで、虹の杖をうまく使えるなら二人のうちどちらでもいいと考えるほうだが、アレッシアはそうはいかない。長い付き合いなんで、いいところは分かってるが、あえて欠点を言うなら「頭がカタイ」。

 彼女は、地球で言えば「聖書を信じるクリスチャン」みたいに、炎精伝に書かれてあることを心から信じ、最重要視している。だから、二人のうち「体に火の痣がある方」が、虹の杖の伝承者だと考えている。

 ここだけの話、これまでの双子たちの戦いぶりを観察して、アレッシアはリリスのほうをを評価している。体の虚弱さを魔力で見事に克服したリリスの戦いぶりを見て、本当に「虹の杖をもつにふさわしい」と見込んだようだ。



 しかし皮肉なことに、オレもアレッシアも意見が一致しているのは、杖の能力を最大限に引き出せる潜在能力がよりあるのは、姉のクレアのほうだということ。アレッシアは二人の前では一切態度に出さないが、実はクレアを「嫌っている」。

 もちろんクレアはそんなことは露知らず、純粋にアレッシアを慕っている。そこが、オレが見ていて痛々しいところだ。

 アレッシアに言わせると、クレアは戦い方が野蛮で、時々「血に飢えた狂気」が垣間見えて、危なっかしいと言うのだ。虹の杖を操る者にはパワーのみならず「品格」も必要で、クレアにはそれが欠けている、と。



 炎羅国の王家では、なぜか周期的に双子が誕生する。その場合、痣があるほうが王位継承者で、ないほうが必ず『レッド・アイ』という存在になることが決まっていた。

 レッド・アイは痣のあるほうの兄弟に仕え、必要とあらば命を投げ出して戦う。対等な兄弟というよりは僕(しもべ)であり、日陰者的な存在。王位継承者を「陽」とするなら、レッド・アイは「陰」。

 歴代のレッド・アイは、おしなべて好戦的な性格で、国のためとか正義のために戦うというよりも「戦いそのものが好き」。「勝つ」ことに異常なこだわりを見せ、そこに快感を覚えるという傾向があるのは事実だ。要は、戦って勝てるという楽しみを得られるなら、他のことはどうでもいいのだ。

 歴代のレッド・アイの中には、日陰者としての存在に甘んじることを許容できず、王になる兄弟に反旗を翻し戦(いくさ)を仕掛けた者もいた。まぁ、その乱は君らの知っている『明智光秀』みたいに、すぐに鎮圧されたがな。

 ともかく、レッド・アイの血を継ぐ者の宿命として、肝心な場面で理性よりも「戦闘本能」が優先されてしまう。もちろんクレアがそうだと言いきるには早い。しかしこないだの幻獣バジリスクとの戦闘では、それを匂わせるような場面があったこともまた事実だ。



 アレッシアは、「言い伝え通り体に痣があるのはリリスであってほしい」という願望からか、二人ともに痣があるかと聞かずに、こっそりリリスだけに確かめた。そしたらアレッシアの願望通り、「右肩にそういう痣が昔からある」という返事が返ってきた。

 そうなればもう決まりだ。今は双子二人を戦士として鍛えているが、炎羅国の正当な継承者はリリスで、そのうちアレッシアはクレアのことは見限るだろう。

 今は状況的に、戦力は一人でも多い方がいい。そのためにクレアを擁していると言っても過言ではない。そのうち、リリスが本格的に能力に覚醒し、十分な実力を身につけたその日には、アレッシアにとってクレアは用済みとなるだろう。

 レッド・アイは戦力としては貴重だが、何よりも戦闘で勝つことを優先し暴走する可能性があるため、味方にとっては爆弾を抱えているようなものだ。炎羅国が国として機能していた時には、大勢の優秀な人材で成り立つ『王立軍』という組織がレッド・アイをしっかり監視し制御できていたが、今はアレッシア一人。彼女はきっとリリスを一人前にすることで手いっぱいで、とうていクレアをうまく使いこなす余裕まではないのだろう。

 アレッシアは、もと炎羅国王立魔装軍の一級将軍。人として冷たい、とかそういうことでなく、「責任を持てないことは中途半端にはやらない」ということだろう。クレアに対しては本心を悟られないよう双子には平等に接しているが、いつか袂を分かつ日が来るだろう。いや、ただ別れるだけならまだいい。

 もしかしたら、決別されたクレアの出方次第では……もし彼女の存在が脅威となるなら、アレッシアはクレアと戦いさえするかもしれない。



 最初にも言ったが、オレは虹の杖を守護する精霊。

 杖さえ守られるなら、誰が杖を握ろうが構わない。また、そのことを巡って誰が争おうが誰が傷付こうが、オレにとっちゃ本来どうでもいいことではある。

 でもな、告白すると…ここだけの話、クレアに情が移っちまった。

 最初こそ、生意気なやつでウマが合わない、と思った。ああオレはこんなやつの教育担当になったのか、と嘆いたさ。

 でも、さすがはレッド・アイ。武芸に関しちゃ筋がいい。気の遠くなる年月を杖を守ってきたオレが感心するんだから、相当なもんだ。

 なかなか教えがいがあって、最近では訓練が楽しみですらある。

 もしクレアが成長を続け、己の剣技を完成させたとしたら、こいつに剣で勝てるのは、戦いの神の『葉隠月葉』だけかもしれない。アレッシアも勝てないだろう。だからこそ、どうせいつか袂を分かち始末するならまだクレアが未熟なうちに…と考えているかもしれない。



 つくづく、かわいそうな子だ。クレアは。

 あれだけアレッシアを慕っているのに。向こうではクレアに対して情がないばかりか、場合によっちゃ敵対することもやむなし、とまで考えているというのに。

 彼女の生きる最大の目的は「王を立てて炎羅国を再興すること」であり、その王はリリスだ。使命感の塊のような彼女に、王となる人物じゃないと分かったクレアのことなどほぼ眼中にない。特に、痣のことが分かった後は……

 精霊のオレが言うのも何だけど、クレアとオレは似た者同士なんだと感じる。「報われない運命にあるのに、尽くさずにいられない」というところなんか特に……

 オレは長い歳月で、色んな目に遭ってきた。いろんなヤツを見てきた。自分に責任はないのに、生まれや周囲の事情のせいで、辛い目に遭ってきたやつも沢山知っている。

 クレアは、過去にオレが本当に守りたかったが守れなかった、ある人物に似ている。だからかどうかは分からないが、相棒のアレッシアのクレアに対する考えは、立場上間違っちゃいないと頭では分かるが、気持ちの上では受け入れられない。

 もし仮に、アレッシアがクレアと敵対する日が来たなら…オレはクレアの側について、アレッシアと戦うかもしれない。

 いざとなれば、クレアと地球人で言う「駆け落ち」をしたっていい! まぁ、クレアのほうじゃオレのことなど「口うるさい武術の教師」程度にしか思っていないだろうがな……



 オレがそんなことをつらつら考えている時に、事件は起きた。

 運命の歯車は、皮肉な方向へ回り出すこととなる。




 ~episode 2へ続く~

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