episode 8 クレア

「弩重貫通圧!(グラビトン・プレッシャー) 」



 ……間に合った。

 私が初めて見る、リリスの魔法。こないだ聞いてた話ではまだ水魔法しか使えなかったはずだけど、もう他のエレメントの魔法も使えるみたい。今のは確か「土魔法」のはず。成長がものすごく早い。

 ちょっと前までは、健康を心配するばっかりの妹だったとは思えない。



 目の前の、明らかにこの世界のものとは思えない蛇の化け物は、その姿が一瞬にして消えた。消えたというのは、別に文字通りの意味ではなく、リリスが魔法で途方もない異常な重力を魔法で発生させて、怪物の体を地中深くにめり込んで埋まるまで押し込み続けただけ。

 並みの生き物なら、とっくに圧死しているはずだけど——

 


 5秒とたたないうちに、地面にできた大きな穴の中から、押し込まれたはずの怪物が頭を出した。どうやら、重力を操る魔法程度では死んでくれない強敵のようだ。

 私たちは、遠目に二人の人間がピンチに陥っているのに気付き、駆けつけたのだ。土ぼこりの舞う中、目を凝らしてよく見ると……

 一人は、同じクラスでイケメンだけどチャラ男のアキ。

 そして見慣れない女子が一人。いや、これは……

 絢音だ。ショートカットの髪型しか見たことがなかったから一瞬誰だか分からなかった。腰まで届くほどのロングヘアに青く発光する眼。でも、3歳の頃から一緒にいた私には分かる。姿が変化していても、あれは絢音だ。

 向こうも、駆けつけたこちらに気付いたようで、驚いた顔をしている。



 5分ほど前のことだ。

 ちょうど、学校はまだ休み時間。絢音とは距離を置いていたので、教室のどこかにはいたかもしれないが、居所を覚えていなかった。

 私が自分の席でぼうっとしていると(日々の訓練がさすがにこたえるんですよ…)、隣のクラスからリリスがやってきた。滅多に学校で私と関わろうとしないリリスが来たことに一瞬びっくりしたけど、次の一言を聞いて妹があえてやってきた理由に合点がいった。

「お姉ちゃん、何か感じる?」

「うん。何かおかしいよね……」

 私たちは二人とも、アレッシアの訓練を受け出してから今まで自分に備わっていると知らなかった色々な『感覚』が研ぎ澄まされていっているように感じる。特に、戦う定めにある者がもつ『索敵能力』。身辺の異常現象や、高いエネルギー反応などがどこかであると、たちどころに察知して神経がザワザワする。

「……ちょっと探ってみる」



 リリスは私の制服の袖を引いて、角の女子トイレの横手にある、廊下からは死角にあたるスペースまで連れてきた。そこでリリスは両足を軽く広げて体に力を入れやすい体勢をとった。

 リリスの目が、乳白色に光り出した。もしここにたまたまやってきた生徒がいたら、黒目のないリリスの異様な顔にきっと腰を抜かしていただろう。



「賢視透破眼(ワイズマンズ・サイト)」



 リリスは、何かを探りだした。

 魔法とは、何も火とか電撃とかで何かを攻撃するものばかりじゃない。何かを調べたり、敵の居所をつかんだりする分析術・情報収集術もあるようだ。ま、私には向いてないけど。

 私は、感じたら動く。で、目の前に敵が来たらぶっ倒す。ただそれだけ——

「やばいよ、姉ちゃん……来る。でももう時間がない」

 リリスは説明するヒマもなく、奇妙な行動をとり始めた。



「緩軟衝減水護球(アブーソーバー・オーブ)」



 両手を上げたリリスの手の間に、水でできているらしい球体が現れた。

 それがどんどん膨れ上がり、水球の外壁が校舎をはみ出て見えなくなった。

「今の……何?」

「外見れば分かるよ」

 私が廊下の窓から外を見ると、空中にさっきの小さな水球が元だったらしい、巨大な水の球体が浮かんでいた。その中に、不思議な黒い粒々がたくさん浮かんでいる。粒は動いているようだけど、ここからではそれが一体何か、遠すぎて見えない。

「あれ、うちの全校生徒と先生。とりあえずあそこにかくまっとく。あ、あの水球の中は普通に呼吸できるから心配なく」

 私がツッコミを入れようと思っていた疑問を、先に答えるこのカンの良さ!

「じゃあ、敵はもう?」

「多分だけど、ものの数分のうちに学校の建物のどこかに——」



 予想以上にサイズと重量のでかい敵の出現に、足場を確保できず登場が遅れてしまった。

 驚くことに、駆けつけてみたら絢音が先にこの魔物と関わっていた。そして彼女もまた、ただ者ではない雰囲気を漂わせている。明らかに、私たち双子と同じような戦闘能力を持っていると見た。

 じゃあ、絢音は私たち双子の問題……炎羅国や黒の帝国と無関係ではなかったってこと? ただ巻き込まれただけじゃなく、そもそも居合わせたのは「宿命」みたいなものだった、ってこと?



 絢音と一緒に、チャラ男の「アキ」がいた。どうも二人は屋上にいたようで、オーブが捕まえる範囲の外にいたようだ。それを見て取ったリリスは、小さめの防護水球を出現させ、アキを閉じ込めた。

「おわっ、こりゃ何だ? 水か? 息ができないよ~オレ泳げねぇんだよ~」

「……あのねぇ。そこは息ができるんだってば! っつ~か、泳げるかどうかなんてゼンゼン関係ないし」

 リリスはあきれ顔だ。でも、そんな場合じゃないことを一番分かっている彼女は、すぐに戦闘態勢に戻った。

「これで、心置きなく戦えるね。じゃあ、始めるよお姉ちゃん」

 言うが早いか、リリスの両手はまばゆく帯電し、小さな稲妻のような電撃波がパチパチとはぜた。電気ということは、もう風魔法まで使えるのか!



「タイミングを、合わせるよ」

 私はガクンと体を前に倒し、普通ならあり得ない前傾姿勢で地を駆けた。その方が空気抵抗が少ないし、何より敵の攻撃が当たる面積が減る。

 私は蛇の怪物から半径三百メートルの外周を大回りし、土ぼこりを上げて背後に回った。



「イグナイト・クレイモア」



 その一言で、私の手には溶岩のような赤い刀身をもつ大剣が現れるようになった。これも、アレッシアとヴァイスリッター(ちょっと憎らしいけど)の訓練の賜物だ。

 片手で振り回すには少々重すぎる剣で、短時間ならそういうこともできそうだけど、戦闘が長引くと手首がもたない。だから、訓練ではもっぱら両手で握って扱う前提で研鑽を積んでいる。

 私は剣の柄を両手で握りしめ、走ったまま敵に振りかぶるタイミングを待った。最大の効果を上げるためには、リリスとの同時攻撃が最も有効なはずだ。



「雷破極斬閃」



 空が曇って、いきなり稲妻が落ちてきた。しかも、今いる場所だけで学校の外は晴れのまま。リリスの魔法だと知らなければ、不思議すぎる現象だ。

 電信柱ほどの太さがありそうな稲妻の束が、バリバリと容赦なく怪物の背中目がけて落ちた。

「姉ちゃん!」

「はいよ」

 私が思いきりかがみ脚の筋肉をバネにして、大蛇の背面から二十メートルほど上に跳んだ。太陽の光を背にして、炎の剣を振り上げる。獲物を追い詰めようとする私の中のハンターとしての本能が、咆哮を上げた。



 ……背中全体を、まっすぐ切り刻んでやる。



「もらったっ」

 私は、敵の背中に思いっきり剣先を突き立てた……はずだった。

「ウソっ」

 せっかくリリスの放った稲妻が当たった場所を狙ったのに。大蛇のうろこはどうも生物ではあり得ない硬度を持っているようで、傷ひとつ与えられていなかった。それどころか、ガキッと嫌な音がして、私の武器の剣先が刃こぼれしたのではと思ったくらいだ。

 貫けない固い物質に思いきり力をぶつけたので、衝撃を受け止めた手首が痛んだ。私の初陣は、どうもスマートに勝てる幸先のよいスタートはならないようだ。

「効いて……ない?」

 リリスも私も、次の一手に困った。今の攻撃で分かったのは、電撃も刃物による斬撃も怪物には無効だということだ。一体、相手のどこを何で攻撃したものか——



「口はダメだよ。火を吐けるから、顔の前に行くとアイツの思うつぼ」

 遠くで、絢音の声がした。私らより先にこの怪物と剣を交えたのだろう。それはありがたい情報だ。

 私の考えがまだまとまらないうちに、リリスの声がした。

「皮膚が固いなら、狙うのは——」

 そっか。リリスもそっちを考えたか。なら、話は早い。もう、やるっきゃないね!



「光弾駿砲脚」



 今こそ、日ごろの特訓の成果を見せる時だ。時速720キロの私の動きについてこれるかしら? このデカブツ!

「ええ、なんでっ」

 私は、慢心していた。こんな図体のデカい蛇野郎に、速さで負けるわけがないと思い込んでしまった。しかし、怪物は私の動きに見事に反応した。

 図体がでかいと動きも鈍い、という思いこみを正されたので、ひとつ勉強だ。

 敵は走る私がコンマ数秒後に到達する地点を予測して、巨大な尻尾を振ってきた。野球のバットで球を打ったみたいに、私の体は高く打ち上げられ、学校外に駐車してあった車のボンネットに背中から叩きつけられた。

「……痛い」

 超人モードになったとはいえ、痛みを感じないなどという都合のよい話はない。もちろんこの程度じゃ致命傷にはならないけど、痛みは普通に感じる。

 弱点を狙おうったって、そこまで近づけないんじゃ何もならない。



「リリス、少しの間蛇の注意を引き付けることはできる?」

 いつの間にか、絢音が蛇の背後に回って声を張り上げていた。

「なんとかやってみる!」

「……できたら二十秒、無理なら十秒でいいから蛇の頭をあなたの方に向けさせ続けて。危険だけど、頼むね——」

 絢音には、何か作戦があるのだろう。私に声をかけないあたりが徹底しているというか、無視されて寂しいというか…まぁ、私がこんなザマでは仕方がないか。



「超電磁氾溢流怒(ライトニング・フューリー)」



 リリスが大蛇の前に跳び出て、両手の手のひらを向けた。

 まるでマリオネット人形を操るみたいに、リリスの両手合わせて計十本の指の先端からまばゆい糸のようなものが出て、蛇にまとわりついた。糸のようにみえるのは、どうやら電流らしい。

 体全体を帯電させることで、怪物の動きを一時的に封じることには成功した。電気ショックのせいで、得意の火炎噴射もできないようだ。ただ、それで倒すところまではムリそうだ。

 さっきは電撃が効かなかったというのに、また電気?……そうか。局部攻撃でダメだからもう電気は使えない、ではなく「局部がダメなら全体なら?」と発想したわけか。さすが。

「長くは、もたない……絢音ちゃん、頼んだよ」



「サジタリウス・フォーム」



 絢音の体が、文字通り光った。

 今度は眼だけではなく、彼女の長くなった髪の毛まで、見事な青に染まった。

 すると空から、一筋の光が降りてきた。

 その光の柱の中で、何かの物体が降りてくる。

 弓だ。



「クレッセント・シューター」



 まばゆいので、その弓が一体どんな材質でできているのかは分からない。絢音は手を上げてそれをつかみ取ると、駆けだしながら矢をつがえた。光の弓を構えながら走る絢音は、私が駆ける速度にまったく劣っていない。

 至近距離での攻撃が弾かれるなら、遠隔攻撃。だから弓。確かに、作戦として理に適っている。

 今まで動かなかった蛇の尻尾の部分が、ピクピクと動きだした。体全体が電気の呪縛を跳ね返すのも、時間の問題だ。

「もう限界!」

 リリスの叫びと、絢音が矢を放ったのはほぼ同時だった。

 光の矢は、まるで生き物のようにある一点をまっすぐに目指した。眼だ。



 目を射貫かれた蛇は、苦痛に悶えてめちゃめちゃな動きをした。周囲の住宅の屋根や塀が至るところで損壊した。眼に刺さった矢を目がけて、リリスが大量の電流を送り込んだ。

 避雷針の要領で、硬い皮では防御できない内臓を、高電圧で内側から破裂させる気だ。

 布を何百枚もビリビリと裂いたかのような破裂音が響いた。蛇のうろこの隙間から、血のような液体とゼリーのような肉塊がどんどんはみ出てきた。



 ……やったか?



 いや、まだだ。まだ死んでいない。蛇の怪物は、まるで最後に一矢でも報いようとするかのように、リリスが保護したたくさんの高校生たちが包まれている水のオーブに向かって這っていく。

「まずい!」

 リリスも絢音も、今の攻撃で倒したと安堵したのか、蛇の断末魔の行動にすぐ反応できなかった。そう、反応したのは私。私だけ——



 血だ。

 血がいる——



「メギド・フレイム」



 周囲が、紅(くれない)に染まった。

 空も建物も。どこもかしこも。

 その時私の頭を支配していたのは、燃やし尽くすというただそれだけの本能だった。そこには、普段の私としての人格などどこにも入り込む余地がなかった。

 血が、沸騰していた。慈悲なく、躊躇なく、ただ破壊したいという衝動。

 私の眼は、かつて一度あったように、真っ赤になっていたと思う。



 火、火、火!

 私の手からも口からも、火、火、火。



 私の体中のそこかしこから噴出する火が、触手のようにうごめいて蛇の怪物にまとわりつく。そして、まるでマグマのような真っ赤な流動体が敵体内に注入されていき、もとが蛇だとは思えないくらいに身がブクブクと膨れ上がった。

 髪の毛も、体全体も……火でくるまれた。髪の毛の一本一本が蛇になっているメドゥーサという神話上の怪物がいるけど、私もある意味火の怪物だ。燃えているというよりはむしろ、髪の毛の一本一本がすべて火——



「粉砕!」



 私が叫ぶと、大蛇の体は内側から木っ端みじんになった。

 まるで、心臓部にダイナマイトでも仕掛けたみたいに。これで、敵は文字通り沈黙した。




 静寂が戻った。



 やったのよ。最後は、この私が。リリスでもなく、絢音でもなく、この私が。

 ホラやっぱり、私って必要じゃない? 敵を仕留める決め手を持つのは、私だけじゃない? みんな、私に頼らないと助からないのよ——

 あとから思い返しても、この時の私はどうかしていた。

 自分は「いい子」であろうとしてきたし、実際「いい子」なんだと思ってきた。でも、自分も気付かない心の「闇」が、実際はあったということだ。

 この先、私はその歪んだ感情の闇に、大きな試練を与えられ続けることになる。

 エヘヘと場違いに笑う私の表情を、リリスと絢音が驚いた目で見つめていた。




「へぇ。やってくれるわねぇ。ま、幻獣の一匹くらいいっか~」

 傾きかけた電柱のてっぺんに、紅陽炎の姿があった。双子が加勢に登場し、二人がバジリスクばかりに気を取られているので影が薄くなったが、まぁあえて割り込んで自己紹介しなくてもいいかと思って、高みの見物をしていたのだ。

「それにしてもあのクレアって子、爆弾よね。強いけど、あれじゃきっと仲間との連携なんてうまくいかないでしょ。そもそもレッドアイの血脈なんて、一匹狼の他人嫌いで有名だもの」



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 そういったドラマの一部始終を、ずっと見ていたある人物がいた。

 絢音や双子だけでなく、紅陽炎でさえもこの人物に気付いていなかった。

「ふうん。みんなまぁまぁ強いですわね……でもこの私にはかなわないでしょうけど!」

 高価そうなブランド物の服に身を包み、見るからに「良家のお嬢様」という雰囲気を漂わせているその推定年齢二十代半ばの女性は、腕組みをしてブツブツ独り言を言っていた。

「まっ、地球外から何がやって来たとしても、地球の平和は自分たちの手で守りますことよ。ウルトラマンに守ってもらうみたいに、他の星のやつらばかりに任せられますか、っつーの」



 上品だか下品だかよく分からないものの言い方をするこの女性は、オーッホッホというタカビーな金持ち女性特有の高笑いを響かせながら、どこへともなく去っていった。




 ~episode 9へ続く~

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