episode 6 仁藤絢音
「絢音~アンタに用があるって、隣のクラスの男子が来てるよ~」
お弁当も食べ終わった、昼休み半ば。私はそう聞いて、背中がゾワゾワッとした。
この年頃の女子が、心当たりがない他クラスの男子が自分に会いに来た、と聞いたら……身の丈に合わない「乙女心」がある想像をさせるんだけど。ああっ、そんなことあるわけないのに! 「実は、あなたのことが好きでした」なんてっ!
ああ、我ながらアホなこと期待してもうた……あるわけないやん。
でも、どう考えたって部活関係でもクラス役員の関係でも、他クラスの生徒と組んでいて会う必要があるとか、地に足のついた範囲ではまったく理由が思いつかない。
私は誰もが認める「一般基準美人」とは言えないけど、「個性的美人」って言えば言えなくもないかもよ? その点は好きな人は好きかもよ?
……ってまだあきらめないか、私。
憎らしいほどニタニタする女子のクラスメイトに案内されて(コイツ、私と訪ねてきた男子との関係をどう思ってるのかしら!)、教室から廊下へ出た。
あとで皆にどう突っ込まれるかを考えると、気が重い。
「お、おう。いきなり呼び出して悪いな」
直接話したことはないけど、私はソイツのことは知っていた。
長坂弘亜季。「イケメン度」からいうと学年でも一・二位を争うが、いかんせん分かりやすすぎるほど「チャラそう」な軽い性格が災いして、女子の間での人気はそう高くない。成績も、いいか悪いかで言えば悪い。ホント、いいのは「顔だけ」。
とは言っても、やはり見た目はイケてるので、一部の女子からは熱狂的な支持を受けていることも事実。私が思うに、学生時代につきあう分には横にいると誇らしげでいいかもしれないが、結婚までとなるとちょっと……という感じ。ま、今日日の高校生で、彼氏彼女が最終「結婚まで」と考えてるようなやつは天然記念物かもしれないけど。
……だけど、そんなやつが一体私に何の用なわけ?
からかいに来たのか、それとも変わった趣味でもあるのか?(自分で言うか!)
「えっと、私に何か用?」
見たところ、相手は緊張しているようだ。
普通、逆じゃないかと思った。女慣れしているアキのほうが緊張していて、私の方が冷めたほど落ち着いている。
私の度胸が据わったのは、ここ最近の常識外れの体験と、どんどん能力に目覚めてきたことによる自信の表れだと思う。自分の命がかかってる状況や、外宇宙の得体の知れない存在と戦っている現状では、男子のことで緊張するなんて次元にいてられなくなった。
あ、言い忘れた。コイツ、男子だけどあだ名が「アキ」なんだよね。なぜかっていうと、なぜ「弘亜季」、っていう名前になったのかというエピソードが有名でね!
彼の親は、女の子が生まれてくることを期待して、「亜季」という名前にしようとしていたらしい。でも、男の子だって分かった。でも、せっかく決めていた「亜季」を無駄にするのも惜しい……
そんなわけで、男の子の名前としても通用するように、「亜季」という文字はそのままにヒロ(弘)という名前をつけてそれらしくして弘亜季(ヒロアキ)。
だから皆面白がって、「アキちゃ~ん」と呼ぶわけ。
「ちょ、ちょっと折り入って相談したいことがあるんだ。ちょっと屋上まで、顔貸してくんないかな?」
「えっ? ……ああ、はい」
ウチの高校の屋上は、普段はカギがかかっていて勝手に入れないようになっている。というのは名ばかりで、ウチの生徒なら「鍵がボロくて、ちょっとコツをつかんでドアノブを上下に揺すると簡単に鍵が外れる」ことを知っている。知らぬは先生ばかりなり、で皆異性に「コクる」時や大事な話を内輪でする時なんかに、屋上を利用する。
「そういえばもう、5月かぁ」
屋上に出ると、風を遮るものがない。顔に、きつすぎない春の風が心地いい。
天気がいい今日の風は、ほんのりとした暖かさを肌に伝えてきた。これが来月とかになると、暖かいが「暑い」に変わっちゃうんだろうなと思うと、5月がもう一月続けばいいのに、なんて思う。
「あっ、あっ、あのさ……」
おお、そうだった。屋上にはコイツの話が何か聞くために来たんだった。私って、いつからそんなに落ち着いた人になったんだか。
「何よ。そんなに言いにくいこと?」
男のくせに煮え切らないのって、大キライ。いくらイケメンでも、それじゃ台無しじゃない。
「お前、空飛んだろ?」
……え。
……今、何て言ったっけ?
私が泡食ったような顔をしていると、今度はアキのほうが心配そうに聞いてきた。
「お前、大丈夫?」
まったく予想していなかった。今度は立場が大逆転だ。
「なななな何でそんなこと聞くの? ととと、飛べるわけないでしょう!」
思わず声が上ずった。仮に、アキが本当に「見た」のだとしたら、こないだの昼休みに自分の跳躍力を知らずに「ジャンプ」して、あり得ない高さまで飛んでしまったあの時しか考えられない。誰にも見られてませんように、という私の祈りはどうやら届かなかったみたいだ。
「隠さなくたっていいよ。見ちゃったんだから——」
そこまで言われて、私はとっさにこう言ってしまった。
「じゃあ、何かしょ、証拠でもあるわけ?」
これじゃ半分認めちゃったようなもんだ。証拠を見せろ、というのは裏を返せば肯定だ。でも、この私の最後のあがきも無駄に終わった。
「あるよ。ホラ」
アキがスマホをいじって、ある画像を呼び出したところで私に見せた。
「のわーっ」
私は、頭を掻きむしった。私が、地上数十メートルの空中までジャンプした時の決定的瞬間を、見事に写メに撮られていた。
「タイミングよかったよ。ちょうどスマホいじってる時だったから、オッと思った時にすぐ構えて撮れた」
私は、自分のことをコイツにどこまで説明したものかと途方に暮れた。
私の頭の片隅では、画像が「制服姿のままだったけど、パンチラ画像になってなくてそこは助かった」というヘンな安心感があった。
「で、お前何であんな高さまで飛べるわけ?」
「頭下げて!」
一瞬で、それまでのコメディチックな展開は吹っ飛んだ。
敵がこちらを襲ってくるタイミングは、当たり前だけどこっちの都合などまったく考えちゃいない。正義のヒーロが変身ポーズとって、名前を名乗り終わるまで敵がおとなしく待っているのはテレビの中だけ。
成績はよくないけど、反射神経はそこそこあるアキは私の願い通りすぐに頭を下げてくれた。もうちょっとのところで、あいつの頭は射貫かれていた。
鳥だ。種類までは分からないけど、スピードがやたらあったから燕とかそういうやつだろう。くちばしを突き出し、不自然なまっすぐさで弘亜季めがけて突っ込んできた。
気配で分かる。敵が来た。
今、きっと私の目は青い。アキがそのことに気付く余裕があるかどうか知らないけど、そんなことを気にしている場合じゃない。
一緒のところを襲われたなら、正体がバレようが何だろうが、私には巻き込まれた人を守る義務がある。今こそ、自分に備わっていると分かったチカラを使う時だ。
……あそこか。
私は、かなり先の距離まで「この地上に本来いるべきでない」異形の存在を感知できるようになった。あの影法師ならもう一発で判別できるが、今日の「感じ」は初めてのもので、まだ会ったことのない敵に違いなかった。
鳥は、ただ操られていただけ。術者は必ず近くにいるもの。隠れてもムダ。
アサシン・フォーム
私はこの瞬間から、普通の人間「仁藤絢音」ではなくなる。
私の内側に住む別の何かの意志であり、何かの血が顔を出す。
目は青く発光し、スポーツをやるためにショートにしている髪が、なぜだか戦闘モードになると一気に伸びて、腰まで黒髪がなびく。ロングヘアになった私はまるで別人だ。
「そこで待ってて」
驚愕の表情を浮かべているアキのことを気にしている余裕はない。私は姿勢を低くしてから一気にジャンプすると、校舎の斜め向かいにある体育館の屋根に空から突っ込んだ。見た目には何も見えないが、確実にそこに何かいるはず。
ツイン・オリハルコンソード
私の両手には、自由自在に呼び出せるようになったナイフ(詳しくないけど、こういうのは『短剣』と呼んだほうがいいのかな?)がすでに握られている。長い剣のほうがリーチが長くて初心者には安心感があるだろうが、速さで圧倒するなら断然短剣のほうが強い。
刃先はものすごい速さで振動しているようで、光の粒子が発散していて見た目に派手だ。この前実験してみたところでは。そこらにある鉄材程度なら難なく切り裂けることが分かった。まるで石川五右衛門の斬鉄剣みたい。
短剣を両方とも逆手に持ち、私は高く跳び上がった空中で体をひねって旋回させた。その回転の勢いを利用して、連続して敵を斬りつけるのだ。
何もないはずの空間に私が刃を立てると、ガキッと手ごたえがあった。そして、女性の声がした。
「やるじゃない。さすがは青の闇」
……青の、闇?何それ、私がってこと?
いや、今はとりあえずそんなことを気にしている場合じゃない。
敵は、カメレオンのように周囲の風景に溶け込める能力を持っているらしい。
いきなり、私の目の前に一人の女が現れた。腕には武術で使うような「籠手(こて)」のようなものを装備しており、そこで私の剣の刃を受け止めていた。
鉄を容易に斬れる特殊な剣先を受け止めて平気なのだから。相手の装備はあなどれない。簡単には勝たせてもらえないだろう。
水着か? と思ってしまうような薄い衣装をまとっており、とても戦闘向きには見えない。でもよく観察すると、体の各急所部分だけはしっかり最低限のプロテクターのようなもので覆っている。
顔立ちは美形だが、見るからに悪役というか、意地の悪そうなオーラがぷんぷん。 肌感覚だけど、この女は目的のためなら「情け容赦のないやつ」だと感じる。別の表現で言うと『残忍』。
「初対面だし、一応自己紹介しておかなくちゃね」
刀身がやたらに長い両手剣(※両手で握らないと振り回せない、大きく刀身の重い剣)を背中から抜いていとも軽そうに振りながら、さも軽い会話をするように話す。ここは、相手のペースに呑まれて油断しちゃいけない。こういう手合いの行動が、一番先読みしづらい。
「私の名は、紅陽炎。クレアとリリスにもまださらしてない正体をあなたに見抜かれるとはね! なかなかやるじゃない。以後、お見知りおきを」
ニタァと笑った紅陽炎と名乗る刺客の眼は、まるで逆三日月だった。不気味なことこの上ない。リリスの話では、過去に野犬や鷲、ねずみなどに襲われたことがあり、それはおそらく何者かに操られていたはずと言っていた。だとすれば、その犯人はコイツか。
「私は影法師のように甘くないから、そのつもりでいてねぇ! ……ああ、あそこの建物の屋上で震えているのは、あんたの彼氏かい? アイツを狙えば、か弱い人間をかばうアンタの戦闘能力は半分以下になるんだろうねぇ」
イヤな予感がした。影法師のようなやつならサシで戦ってくれるが、目の前の女は目的のためならどんな卑怯な手でも使いそうだ。
……まずい。
私は体育館の屋根を蹴って、アキがしゃがんだままの校舎屋上へ跳んで後退した。
「アキ、逃げて。早く!」
「お、おう……何なんだよ、こりゃ一体何が起きて——」
私は彼をかばうようにして、屋上に突き出た階段口に通じるドアから下に降りられるようにした。腰が抜けたわけではないだろうが、アキは歩き方がフラフラだ。
「……我が求めに応えて出でよ、幻獣バジリスク!」
遠くで紅陽炎がそう叫ぶ声がしたと思った次の瞬間、階下から生徒たちの悲鳴が漏れてきた。
「やっぱり戻ってっ」
間一髪のところで、アキを階段口から引っ張って引き戻せた。
驚くことに、一瞬で目の前の非常階段口が瓦解した。
土煙を上げて階段が瓦礫と化してガラガラと下に落ち、大きな怪獣の顔のようなものが、その砂ぼこりの中から見えてきた。見かけ上、地球の動物で一番近いのはヘビだ。
顔のバカでかさから考えて、体長は20メートルを下らないだろう。ヘビのように長細い体の所々に短かい足があり、それがムカデのように動いて這い進んでくる。
敵は紅陽炎だけじゃなくこの怪物もか……最悪じゃない!
今は考えたくないが、コイツの出現で下では何人のケガ人が出ただろう?
蛇の化け物は見た目に反して俊敏らしく、器用に短い手足を駆使し、ものすごい勢いで這い進んで来る。そいつの重量に校舎が耐えきれず、4階部分は跡形もなく崩れ去っていた。もはや「屋上」と呼べる部分は、私たちが立っている数メートル四方だけ。
怪物はものの数秒で私らとの距離を詰めてきて、グワッと口を開けた。
イヤな予感がした。
「ちょっと、目を閉じといてくれる?」
私は片手だけに短剣をもつようにして、空いた手でアキを抱えた。そこから一気に、空中へ逃げる。
下へ視線を向けると、そのイヤな予感は当たっていたことが分かった。怪物の開いた口からは、まるで火炎放射器で噴射したかのような大量の「火」が吐き出され、辺り一帯を赤く染めた。これで校舎はほぼ火の海と化した。
……みんな、避難できたかしら。犠牲者が出ていませんように。
この被害じゃ、誰かが……そう考えるのが辛かった。
目の前の状況がテレビの特撮番組と違うのは、そこに「限度」とか「やりすぎ」とかいう概念が微塵もないことだ。
私はアキを抱えたまま、学校敷地外の道路に着地した。バジリスク、という名前らしい怪物は主人からアキを追うように指令でもされているのか、どこまでもこちらを追いかけてくるようだ。じっとしてたら、あのスピードからするとあと十秒もしないうちにここにたどり着かれるだろう。
「オレのことは放っておけよ。守りながらじゃ、お前も……」
私は、アキの言葉にビックリした。何も知らないでいきなりこんな状況に置かれたら、男とはいえ普通はパニックになるだけだろう。自分の命だって危ないのに、こいつ私を気遣った……?
人間の本質とは、こうした「極限状態」においてこそよく表れると聞いたことがある。じゃあ、「チャラ男」と思われていたこのアキは、本当は強い心を持っていたということ?
ちょっと見直したかも。
「あ~ら、いくら覚醒しかけた『青の闇』でも、私とこのバジリスクが相手じゃ、その男の子をかばいきれないわねぇ。ま、ゆっくり絶望を味わうといいわ」
今、私の目の前には、道路のアスファルトを割りながらイノシシのように突進してくる巨大な蛇の怪物と、おそらく影法師並みの戦闘力をもつであろう紅陽炎。
正直、勝てるかどうか分からない。
例え勝てないにしても、最後にいい思い出をもらった。
別に恋仲なんかではゼンゼンなかったけど、「男らしさ」を見せてくれたアキ。もし今が最後の時ならば、スポーツバカだった私の人生の最後に「男子に惚れる」という体験ができたことを喜んで死のう。
アキを守るために死ねるなら本望だ——
私はとても静かな気持ちで、口を開けて迫り来る巨大な蛇に向かって走った。
頼みの綱は、両手に握った二本の短剣。特殊なエネルギーの込められた剣とはいえ、果たしてこの怪物に通用するだろうか?
敵が目の前の至近距離まで来た時、私はそんなことを考えるのをやめた。
無心。この不利な状況を覆すとしたら、その境地しかない。
~episode 7へ続く~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます