episode 8 影法師

 ファイア!



 ケルベロスに狙われた小娘、それを支える三人の地球人の構える銃から弾丸が発射された。

 もし狙われている小娘一人で撃っていたら、反動でのけぞりか細い手首を痛めて、あらぬ方向に弾が飛んでしまい、至近距離の敵ですら外していただろう。しかし、他の人間がしっかりバックアップしたおかげで、銃弾はまっすぐに飛んだ。



 ケルベロスの眉間に、小さな黒い穴が開いた。

 その瞬間、まるで時が止まったかのように、怪物の動きがピタリと停止した。そこから数秒、その場で動くものと言えば怪物の眉間の穴からユラユラ立ち上る、一筋の煙。そして怪物を仕留めた銃口から出る硝煙。このふたつの煙だけだった。

 やがて、ユラリと怪物の体がぐらつき、ついに横向けに倒れた。



「お、おのれ……」

 まさかケルベロスが負けるとは思っていなかったのだろう。紅陽炎はさきほどまでの憎たらしいまでの余裕を完全に失い、呆然としている。

「お、覚えてらっしゃい!」

 まるで幼児向けヒーロー番組の敵側が負けた時のようなセリフを言って、空中へと姿を消した。まさか、実際にそんな臭いセリフを口にするヤツがいるとは驚きで、そんな場合でないのは百も承知だが、私はちょっと笑った。



「ふぅ~終わった終わった」

 遠藤刑事が、大きく背伸びをした。私が見る限り、この地球人は侮れない。もしコイツが我らの星に生まれていたら、間違いなく黒の帝国王宮直属の『黒薔薇の騎士団』に引き抜かれていただろう。それくらい、私から見ても戦闘能力が高い。

 私がそこに入っていないのは、能力だけでなく『家柄・血筋』が問われるからだ。決して良家の者しか入れないというようなものではなく、この星で言う「身分差別」のようなもので、ある特定の下賤な身分や家柄の者が国の重要な位置につくのを嫌うためだ。

 私の生まれた血筋は、残念なことにその条件で引っかかるのだ。まぁ、どのみち組織で上の言うことに服従する人生は性に合わないから、今のように自由な「賞金稼ぎ」で全然構わないわけだが。



 人生最大の修羅場を乗り越えて緊張の糸でも切れたのか、ケルベロスに狙われていた小娘は手の銃をカランと地面に落とし、その場にへたりこんだ。それを、友人らしき小娘が心配そうに介抱している。

「ちょっと、あなたに聞きたいことが……」

 戦闘を終えた青の闇が近寄ってきた。敵を倒したあとのコイツは、髪の毛も黒のショートに戻り、瞳も青から黒に戻っていた。

 そうだろう。当然オレに聞きたいことがあるはずだ。

「……私はアンタを、敵だと認識している。実際、今まで何度か命を狙われたし。それが今回、どうしていきなり味方してくれたの?助かったことにはお礼を言うべきだけど、どうしてもその辺りの理由が不透明で、引っかかってしょうがないの」

 オレは、ここに来るまでどう伝えたらいいものか散々迷ってきたが、下手に表現を繕うよりもストレートにぶつけてみるしかないという結論に達した。この青の闇には、それを受け止めるだけの器があるだろう。



「お前は、妹だ」



「……え」

「お前が生まれてすぐ、私や両親から引き離された。ある事情があってお前はこの地球に送り込まれ、生まれつきの地球人のように育てられたのだ」

 青の闇の瞳に混乱の色が見えた。今聞いたことを、いったいどこまで本気にすればいいのか、それとも私がウソを言ってるのか判断しかねているように見えた。

「戸惑うのも無理はない。今までオレはお前に信用できない相手だと思われても仕方がない行動ばかり取ってきたからな。結構長い話になるが、もしお前に少しでも聞く気があるなら、お前の出生の秘密に関してオレが知っている限りのことを話そう。どうだ?」



 少しの間があって、青の闇は首をコクリと縦にふった。

 いくら訳があってのこととはいえ、オレが妹の命を奪いかねない真剣な戦闘を仕掛けた事実は消えない。いくらそもそもの正体が青の闇でも、少し前までは普通の地球人の子どもとして育てられてきたのだ。襲ってくる残酷な現実を消化できず潰れてもおかしくない状況で、すべてを信じられなくなってもおかしくない中で、これまで敵だったオレの話を聞こうと思えるとは、妹ながら見上げたものだ。



 この場所では、やがて警察や消防が来てしまい、ゆっくり話どころではない。オレは、幻獣バジリスクが暴れて潰れてしまった妹の高校を待ち合わせ場所にして、妹と再会することにした。そこなら、復旧工事は夕方で終わるので、夜には無人化し密会にはもってこいだ。

 戦闘に巻き込まれた一般人の小娘二人は、片寄せ合って帰っていった。その様子は、とてもそれ以前にいじめっ子いじめられっ子の関係だったとは思えない。

「それじゃあねぇ! 私一応警察関係者だしぃ、この場に残って色々言い訳とか後始末とかしなきゃいけないからね。まったね~」

 遠藤とかいう刑事は、あえてなのかそもそも「天然」なヤツなのか、ものすごく能天気なテンションでそう言うと、ウィンクひとつして去って行った。

 オレの鑑定眼が濁ってなければ、コイツは「すべてを見通し了解の上で」表面上バカっぽく振る舞っているだけなのではないか。まったく、この人物は今後も「要注意」だ。敵に回るなら、相当用心しないといけない。



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 それから日が落ちて、夜になった。



「……来たけど」

 真上に月が昇り、青の闇の体の輪郭が、月明かりの下薄ぼんやりと浮かびあがっていた。

 校舎の復旧工事はあまり進んでおらず、オレたちのいる教室の部分には未だにまるごと屋根がない。汚い空気のせいで大して星が見えない夜空が、強いて言うなら無限の「天井」だ。

「気のせいかもしれないが、お前はいつ会っても学校の『制服』とやらを着ているような気がするのだが……」

「あら、そりゃ失敬。だってこっちの都合に関係なく四六時中戦闘に巻き込まれるし、着替えてる間なんてないんです! ま、これが私の戦闘服みたいなものかな?」

 屋根のない、月明かりに照らされた教室という不思議な空間で、オレは知る限りのことを妹に話した。何も知らずここ(地球)で育ってきた彼女には残酷な話もあるが、それでもすべてを話すべきだろう。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



『青の闇』。



 それは、本来炎羅国での王の『守護者(ガーディアン)』を指す言葉である。

 今回の双子の王女の場合、王でないほうが「レッド・アイ」となって生涯王を支える役目を負う。このように王家に複数の兄弟がいる場合ならレッド・アイが必ずいるので、王のすぐそばでの守りはそれで十分だ。ただ、歴史が長くなれば時折「一人っ子」の王も生まれる。

 青の闇は最初、王に他の兄弟が存在せず、レッド・アイが空席となった場合にまれに設けられる役職だった。しかしいつしか、万が一レッド・アイが倒れた場合のさらなる切り札として、青の闇は常に必要とされるようになっていった。

 ちなみに、青の闇には誰でもなれるわけではなく、その役目につける「血筋」が指定されていた。つまり、ある決まった一族に生まれた者でないとダメなのだ。



 青の闇は、戦いで死ぬか、もしくは地球人の年齢で言うと四十五歳になると、次の新しい青の闇が選ばれる。青の闇の血統の者達は、普段は普通に生きている。しかし王室から次の「青の闇」が必要になったから出せという要請があった時には、一族の長(おさ)が親族と協議の末、年若く身体能力に優れた男女を一人差し出す(子どもでも可)のが決まりとなっている。



 実は、オレは純粋な黒の帝国の民ではない。

 半分、炎羅国の者の血が混じっている。混血、いわゆる「ハーフ」というやつだ。

 オレの父は、宇宙を股にかける「宇宙海賊」だった。それこそあらゆる場所に行く機会があり、どんな星でどの女と恋に落ちようが不思議ではない。たまたま、オレはそんな父と炎羅国の女との間に生まれた。

 海賊なら、悪事や略奪などで嫌われるはずじゃないかって? なぜ結婚なんてできたのか、そりゃ力づくで無理矢理だったのでは、って?

 恐らく、お前たち地球人の言う「海賊」とは、かなり悪いイメージをもったやつらなのだろう。オレの星系で海賊と言えば、お前たちの言葉を借りれば『ヤクザよりは、フットワークの軽い神出鬼没の商売人に近い』ニュアンスがある。悪事に手を染めないと言えば言い過ぎになるが、わざわざ問題を起こそうとはしない傾向があるとは言える。

 だから海賊である父が無理やり母を我が物とした、というイメージは大外れで、商業取引で炎羅国の商人と関わった際に知り合い、互いが気に入ったというのが本当だ。



 黒のリディアが、もしかしたら私が忠誠を尽くさず裏切るかもしれないと考えたのは、オレが攻め滅ぼした炎羅国の者との混血という微妙な立場を知ってのことだろう。一応一族の「恥」ではあるため、両親も父側の一族もこの事実は慎重に隠してきたのだが、さすがは王家の情報網。やはり隠しおおせることはできなかったか。

 そして大きな問題がもうひとつ。これは父も最初は知らなかったことだが、父が惚れた女性、つまりは私の母だが……異星人の炎羅国の人間、というだけでもややこしいのに、なんとさらに「青の闇」のお役目のための血統だったのだ。

 そしてオレがまだ小さな子どもだったころ、王家から青の闇が必要だから差し出せ、という通達が母側の一族に届いた。



 問題は、一族のうち一体「誰を」差し出すかだった。

 大昔こそ、王家への忠誠心の表れで「喜んで」差し出すという感じだったらしいが、ここ数世代ではそういうこともなく、拒否できないしきたりなのでただ「仕方なく」という感じになっていた。

 一度青の闇になるとその者の身柄は一生涯拘束され、実家に帰ることも許されない。王の命が危うい場面では進んで命を捧げろという立場になるので、子を持つ親ならたいていはそんなものに子どもを取られたくない、というのが正直なところだ。

 でも、誰かは差し出さないと一族が責任を問われる。さて、では誰ならよいか……?



 最初、オレが「青の闇」として差し出されることとなった。

 理由は単純だ。母はまだまだ理解の得にくい「異星間結婚」をしてしまい、母は一族の中で肩身が狭かった。誰も出したがらない「青の闇」候補をその母が出すことで、ちょっとは罪滅ぼしをしろ、ということである。

 要は、母の弱みを突いた体のいい「責任の押しつけ」である。皆、自分の息子娘はそんなものにはしたくないのだ。

 二つ目の理由は、実際にオレの身体能力が明らかに高かったことによる。格闘術を幼い頃から仕込まれたが、同年代のどの子どもも私の相手にはならず、常に年長者や師範とのみ手合わせをしていた。

 皮肉にも私は、「青の闇」として推薦されるにふさわしい資質をもっていたのだ。両親から悲痛な顔でこの話をされた時、オレは幼いながらも「覚悟」というものをした。ああ、これは仕方がないなって。

 イヤだと駄々をこねたり、行きたくないと泣いたりは絶対にしなかった。自分どうこうよりも、親がこれ以上辛い立場に立たされることが嫌だった。オレが行かなければ、母は今後親戚たちから何を言われることか!



 しかし、物事はそうすんなり行かなかった。

 炎羅国の王室側は、私を青の闇として送りだすことを却下してきた。理由はふたつ。

 ひとつには、私が純粋な炎羅国の人間ではないこと。片親が炎羅国人が警戒する「黒の帝国」の人間など、色んな面で任せるには不安が残るということだった。

 そしてもうひとつ。王室側は、当時生まれたばかりのオレの妹のほうを差し出せと言ってきたのだ。

 青の闇として、大人でなく子どもを差し出すことは認められていた。経験がない分、剣技や格闘術に妙なクセがついてないからだ。基礎がきっちりできているならいいが、大人になってからいったんついたクセを直すことはなかなか難しい。

 可能性も伸びしろもあって、これからの訓練次第で強くできる、というのが子どもでもOKな理由だが、まだ生まれて間もない赤子を、というのはさすがに前例がなかった。



 これに関しては、王室側に理由を明確にする義務がないため、こちらが独自につかんだ情報によるのだが、「王の信頼する占星術師が、その赤子のほうが適任だという占い結果を出した」のが理由だそうだ。いつの時代にも、王の信頼を得て幅を利かせる宗教者や占い師のやからがいるものだが、今回もそういうやつの口添えのせいで、オレではなくまだオギャアとしか言わない赤ん坊を泣く泣く送り出すこととなった。

 母親に甘えさせるべき時期に母親を奪われ、王のためとはいえ最初から戦闘マシーンに育て上げられ……オレは、自分の立場よりも妹の運命に心を痛めた。いったん送り出されれば、二度と戻れない。妹が成長してどんなふうになろうが、オレには一生知る機会はない、ということだ。

 妹に「お兄ちゃん」と呼んでもらえることすら、もう望めないのだ。



 生まれて間もない妹を王家の代理人に連れて行かれて一年も経たないうちに、とんでもないことが起きた。黒の帝国による炎羅国奇襲である。

 これで、もともと犬猿の仲とはいえ、お互いの利益のために最低限の国交はしてきたのだが、それも破綻することとなった。こうなってはもう、炎羅国の人間と黒の帝国の人間は仲良く生きることなどできない。

 炎羅国が占領され、王は殺害された。逃げ延びたとされる双子の王女にも、容赦のない捜索が続けられている。そんな情勢の中で、機転の利くある王の部下の指示で、赤子の「青の闇」も密かに逃がされたらしいという噂が流れた。

 王女たちを逃がしたのは、炎羅国の将軍アレッシアだともっぱらの噂だが、青の闇を逃がしたのはまた別の人物だと言われている。それが誰だという噂は数あれど、どれも決定打に欠け、結局噂話の域を出ない。



 オレは、本当かどうかも分からない噂にすがって「妹は生きている」と信じて、それを心の支えにして生きていきたくはなかった。それは、弱い者のすることだという考えがあった。だからもう妹は「死んだもの」と考えることにした。

 その時期から、オレは親や親族からあえて遠のき、一人で生きていくことにした。

 海賊は続けたが、当時名うての海賊だった父の「その息子」と見られることがイヤだったため、大海賊の父の名は一切出さず、ゼロからの出発となった。そうして数年、海賊として少々は名を馳せるようになった頃、黒のリディアの目に留まって、特殊任務へスカウトされた。



 妹は死んだんだと自分の中で結論を出して以来、オレの心には常に乾いた風が吹いていた。何をやっても、どんなに目標を達成しても、どこか虚しかった。

 いつしかオレは「カネさえもらえれば何でもする」ようになり下がっていた。裏を返せば、自らあえて『外道』になることで、本当は「妹がどこかで生きているかもしれない。生きているなら会いたい」と思っている自分に気付きたくなくて、わざと心を荒ませたのかもしれない。

 こんなオレに、妹のことを考える資格などないんだと自分を説得しやすいから。



 しかし。双子の王女を仕事で追ってきたオレに、皮肉な運命が待ち構えていた。

 それは「仁藤絢音」との出会いだ。

 オレは最初、クレアと一緒に歩いていた絢音を、リリスと捉え違いをして襲撃した。事前の数度の調査で、いつも二人が一緒だったからてっきりそうだと思ってしまった。リリスは病弱な上に兄弟仲も悪く、姉と行動をともにすることは稀だというところまでは調べがついていなかった。

「ん、この動きは……」

 その時の絢音は青の闇としては何の能力も覚醒しておらず、ただ運動神経がいいだけの地球人、でしかなかった。でも、絢音にこちらの攻撃をよけられる度、何とも言えない「違和感」を感じた。そして次に戦った時、疑いは確信に変わった。



 コイツは、地球人じゃない。

 もちろん、宇宙は広いので、オレのいる星系のやつではないかもしれない。でも、オレはあるひとつの可能性を強く疑った。

 双子の王女たちの近くにたまたま住み、歳も同じで兄弟のように育ったという、この女。もしかして、時を同じくして別々に炎羅国を脱出した「青の闇」……つまり妹なのではないか、という可能性だ。

 青の闇の使命は、王を守ること。守るためには、そばにいる必要がある。だとすれば、何者かが意図的に、王女たちの近所にわざと「住まわせた」ということは十分考えられる。



 オレは絢音が「妹」でることに賭けてみた。

 もし本当に「青の闇」に選ばれた妹ならば、むざむざ殺されはしない。きっと、死ぬ前のどこかで必死さから能力に目覚めるはずだ。見込み違いなら相手を殺すことになるが、オレは待ち伏せして非力な絢音に対しほぼ全力を出して攻撃してみた。

 すると、どうだ! アイツは見事に自分の潜在能力を引き出した。それどころか、オレに反撃の一手まで加えてきた。

 青い瞳、能力発動時に伸びる髪。これはもう、『青の闇』で間違いない。もし青の闇としての妹が、きちんとした訓練と経験を積んだとしたら、きっとオレを凌ぐ格闘家になるだろう。



 死んだと決めつけていたオレの妹は、こんな遠いところで生きていたのだ。




  ~episode 9に続く~

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