episode 9 影法師

「……ここまでの話は分かりました」



 夜空を見てはいるが、目の焦点が合っていない。妹はきっと、昨日まで信じていた世界が崩壊していく速さに、自身の納得がなかなか追いついていないのだろう。無理もないが、それでも彼女は頑張っているほうだ。

 オレが逆の立場なら、妹ほどに強く踏みとどまれただろうか? 自分のことだけでも苦しいのに、人のために自分の能力を役立てることができただろうか?

 イヤ、オレは逃げていたかもしれない。ちょうど、「妹は死んだ」と決めつけて、余計なことは考えないようにして生きてきたみたいに。



「でも、ひとつどうしても分からないことがあります」

 できることなら、聞きたくない。でも、聞かないことには先に進めない——。そんな複雑な表情をした妹の横顔は、やはりオレや母さんに似ていると思った。

「あなたが私の兄で、私が本当は他の星の人間なら……ずっと自分の家族だと思ってきた人たちは何なんでしょう? 私は間違いなく地球の両親から生まれ、三つ下の弟がいて……赤ちゃんの頃の写真だって残ってます。そういうのが全部ウソだってことですか?」



 それを説明するのは残酷だったが、仕方がない。誰かが、その役回りをしなければならない。兄である私が、その重責を負うのがこの場合一番だろう。

「そうだ」

 妹の背中が、ビクッと震えるのが暗がりの中でも分かった。一番、聞きたくなかった言葉だろう。

「お前のことを炎羅国から逃がしたある人物が、お前を脱出させてから、自分も後を追ってきたらしい。地球に着いたその人物は、死に物狂いで地球で生きていく術を身につけた。慎重なその人物は、お前が自分といたらリディアに目を付けられることを恐れて、お前と共に暮らすことを諦めた。

 そして、お前が本当の自分を知るその年齢までは不自由なく生きられるように、地球でのお前の『疑似家族』を作った」



 妹は、泣いている。周囲が暗い上に顔を伏せているため、見た目には分からない。でも、彼女の周囲の空気が『震えている』。

「もちろん、お前の両親と弟が『作りもの』というわけではない。彼らは、ちゃんと実在する人間たちだ。ただ、彼らの『記憶』をいじった。お前という長女が家族にいる、というな。そのために、役所関係の書類や思い出の記憶や写真なども周到に用意したようだな」



 そのあと、しばらく互いに無言の時間が流れた。

 私としても、最後まで一気に話し続けるよりは、要所要所で妹が続きを聞きたがるのを待つ方が良いと感じていた。内容が内容だけに、妹に促されてから情報を小出しにしないと、受け止めるのが大変だ。

 時間は、ある。私は兄として、今まで彼女を勝手に死んだことにしてきた責任を取って、精一杯寄り添おう。



「……じゃあ私が自分の能力に目覚めて、『青の闇』だっていう自覚をもった今、今の家族とはどうなるのかな」

「かわいそうだが、彼らの役目は終わった。オレも、妹のお前にはこのまま地球人の普通の暮らしをしてもらって、母星の面倒事とは縁のない生活をさせてやりたいとも思った。でも、このままでは周囲がイヤでもお前を巻き込む。その流れはもう止められないのだ」

 いくらオレが妹のささやかな幸せを願っても、黒のリディアは青の闇の追跡をやめない。そしてオレ一人の力ではそれを防ぎきれない。逆に地球人の自覚のままで能力に覚醒しないと、こちらの事情に関係なく襲ってくる刺客に勝てず、命を失う。

 だから、実の妹なのに本気で襲撃した。本当に妹なら、むざむざ殺されず必ず『能力に目覚める』と信じ切れたからだ。



「お前が…必要なのだ」



「どうして?」



「リディアを倒すために」



「たった二人で?」



「とりあえずは、そうだ」



「どうしても、戦わなくちゃだめ?」



「……お前もこれまで、何度か問答無用で襲われただろう? オレもお前を襲ったから言う資格がないかもしれないが、逃げるだけでは、一生そういう生活になる。追われない生活を手に入れるただひとつの方法は、敵の大元を倒すことだけだ」



 そう。私たちは兄妹で、黒の帝国に挑む。

 無謀なのは百も承知だ。現実的には、今後仲間を増やしていく必要があるだろう。でも、あの双子の王女とアレッシアだけは手を組みたくない。

 まだ赤ん坊の絢音をオレたち家族から取り上げ、故郷から遠く離れた地球に飛ばし、なお敵から追われる運命を強いたのは、元はと言えば王室のやつらだ。

 双子の王女に直接の罪はないが、コイツらのためにオレの妹が、と考えるとどうしても気持ちが反発する。共通の敵に対し、わだかまりを捨てて協力し合って挑めばいいことは頭では分かってもダメだ。そんな時、真の格闘家とは単に力が強いだけではなく、そのような場面でも「感情を超える」ことができる者なのだろう、と思う。

 オレは格闘家としての腕はあると思ってきたが、思いの世界もままならないオレは『真のマスター』には程遠いのだろうな。

 妹のほうだって、双子の姉のクレアとは仲違いしている状況のようだし、無理にやつらとつるむ必要もないだろう。いや、双子以上に問題なのはアレッシアだ。



 ヤツは、炎羅国の将軍時代、『青の闇廃止論者』だった。

 炎羅国の守りは、自分が率いる王立魔装軍のみでよい、という考えだった。それは決してただの傲慢ではなく、当時は魔装軍と言えば誰もが認め恐れる『最強の軍隊』だった。

 炎羅国には王に属する三つの軍閥があり、ひとつは外宇宙から来る敵に対処する『王立宇宙軍』、ふたつめは地上の脅威に対し重金属の鎧をまとい、盾や剣・弓などでの物理的攻撃を得意とする『王立重騎軍』、三つ目が魔法を駆使し、肉弾戦をしない遠隔戦闘専門の知的集団『王立魔装軍』。

 近隣の星々の中でも、炎羅国に伝わる魔法は飛びぬけて優れており、その精鋭を集めた軍隊は最強と恐れられた。黒のリディアがそんな炎羅国を討ち取れたのは、『奇襲』という要素により「相手に体勢を整える時間を与えず、一気に数でたたみ掛けた」ことが勝因だ。さすがの王立魔装軍も実力を出し切れず、トップのアレッシアをして敗走させるほどの手際の良さだった。

 宇宙からの侵入者に目を光らせているはずだった王立宇宙軍は、この時何の仕事もできずただ撃破された。あまりにも見事にやられたので、一部では「炎羅国側、しかも軍の中枢に内通者がいたのでは?」という疑惑がある。



 話をもとに戻すが、国防は王立軍だけで十分と考えていたアレッシアは、青の闇を不要とするどころか、王の兄弟に課す役目である『レッド・アイ』すら要らぬと説いた。そんな危ない者は、王の側近にしておくのではなく軍の監視の元軟禁してしまえ、という過激な意見さえ口にした。

 論調の過激さから、炎羅国の政財界からは要注意人物とされていたアレッシアだが、実力はあるし国になくてはならぬ人材だったため、誰も表立って非難する者はいなかった。そんなことを言うくらいなら、絢音が青の闇として連れて行かれる前に、青の闇廃止にこぎつけてほしかったぜ、なんてことを思ってしまう。



 とにかくだ。こちらもアレッシアが気に食わないし、向こうのほうでもこちらが気に入らないというのが現実のようだ。さきほど絢音から聞いた話では、クレアにアレッシアを紹介された時なぜかピリピリされ、まるで敵のように扱われた、という話を聞いた。

 やっぱりな、というのが正直な感想だ。母星で青の闇廃止論者だった彼女は、遠い星に来てもやはり青の闇は気に食わないらしい。本人はなりたくてなったわけではないのにな!



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「……本当に、もういいのか」

「うん。お願い」



 オレたち二人は、今『仁藤家』の玄関前にいる。

 一通りの話を終えた頃、もう夜が明ける時間になっていた。オレは、妹の「疑似家族」から植え付けた偽の記憶を取り去り、元に戻すのに二、三日の猶予を与えようかと考えた。いきなりでは名残惜しいだろうし、最後くらいもう一度「今まで世話になった家族のぬくもり」を感じたいだろうと思ったからだ。

 でも、妹はそれを要らないと言う。夜が明けて、もう朝の内に「やっちゃってくれ」と。ズルズル先延ばしにすると余計に辛くなっちゃう、というのが彼女の言い分だ。

 それに、一日も早く関係を清算しないと、黒のリディアとの戦いに地球の家族が巻き込まれる可能性だって出てくる。



 オレに、絢音の地球での家族が疑似家族だと教えてくれたのは、ケリーとかいう名前の不思議な金髪女だった。彼女はつい先日フラリとオレの前に現れて、絢音に関して色々な情報を与えてくれた。自分も王女やアレッシアと同じく、炎羅国から逃げてきたクチだと言っていたが、正体は明かしてくれなかった。

 ただ、妹を滅ぶ炎羅国から逃がし、妹の地球での生活環境を整えたのが、彼女の上司に当たる人間だということは教えてもらった。いずれ、オレもその人物と出会う時が来るだろうとも。



「そっか。あのケリーさんがねぇ!」

 妹は彼女と面識でもあったのか、その話をした時クスッと笑った。オレが妹に自分が兄だとカミングアウトして以来、初めての笑顔だった。

 そんな妹が、今最大限の気力を振り絞って、大好きだった家族に別れを告げようとしている。より過酷な運命を受け入れ、それに戦いを挑むために。



「……終わったぞ」

「お待たせ」

 妹は、最低限の着替えを詰めてきたバッグをギュッと抱きしめた。

「行こっか」

 無理をしていると思えなくもないが、それでもどこか清々しさを感じさせる表情で、妹はオレを見上げた。彼女が自分のことを兄と呼んでくれる日が、いつか来るだろうか。



 その時、たまたま登校するために玄関を出てきた中学生の弟がこちらに来た。

「あれ、ウチに何か用、っすか?」

 当たり前だが、昨日まで弟だったこの人物は、もう絢音のことは忘れている。残念だが、実際にあとで積み上げてきた楽しい思い出すらも、残らないのだ。

「あ、何でもないの。ちょっと住所違いだったみたいで…お騒がせしてごめんなさいね」

「……はぁ」

 急速にこちらに関心を無くした絢音の元弟は、「ヤベ、遅刻じゃん!」とか言いながら、足早に去っていた。



 この瞬間から、オレの妹であり「青の闇」である以外の何者でもなくなった絢音は、かつての弟の走っていった先をぼんやり眺めながら、いつまでも立ち尽くしていた。




 ~episode 9に続く~

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