episode 2 中畑先生

「この写真……」


 まぁ、クレア君が驚くのも無理はない。だって、行ったこともない遠い外国に、自分とまったく瓜二つの人物を見つけたのだから。しかも、一人じゃない。一人は今生きているラキアさんという老女の若い頃で、もう一人は一世紀以上前に生きていた、老女の先祖に当たる人だ。

 写真に穴が開くんじゃないかと思えるくらい、クレア君は写真を凝視し続けていた。よほど驚いたのか、写真のふちを持つ指が小刻みに震えている。

 それは、僕がメギドのラキアさんからお借りしてきた二枚の写真。



 世界には自分にそっくりな人間が少なくとも五人はいる、なんてことをどっかで聞いたことがある。だから、世界のどこかに自分のそっくりさんがいたって、それ自体はぜんぜんおかしなことではない。だが今回、僕とクレア君が驚いているのは、何かの縁があると思われる『メギド』という地で、そっくりさんを見つけたという点だ。

 どうしても、ただの偶然ではなくそこに何らかの因果関係があると考えたくなっても、仕方がないではないか。

「ビックリしたろ?偶然にしちゃ出来過ぎているから、思わず君のことを相手方に話してしまったよ。私の教え子が、あなたの若い頃にそっくりですって」

「で、そのおばさんは何か手がかりになるようなこと言ってた?」

 クレア君は、狭い理科準備室にあるみすぼらしい応接セットのソファから、身を乗り出して僕に迫ってきた。明らかに、他人のパーソナルスペースを侵略している近さだが、なぜか悪い気がしなかった。

 僕は、自分では「教え子とはまったく問題の起きないタイプの人間」だと思っていたが、どうだか怪しくなってきた。

「コラコラ。顔が近いぞ……」

「ああ、すみませんっ」

 クレア君は顔を赤くして、後ずさった。本人は真剣すぎるあまり指摘されるまで気付かなかったようだが、僕があと五センチ顔を前に出したら、クレア君が僕のメガネにキスできる距離だった。



「いつか、このような日が来ると思っていました」

 僕は脳内で、あのメギドでのラキアさんとの会話を思い出して再生していた。

「……もちろん、この子はメギドという地と、さらにはこの私の家系と関係があります。しかし——」

 ラキアさんも、何かの時に撮ったクレア君の顔が映っている写メを見せたら、やはり食い入るように見つめていた。

「申し訳ありませんが、あなたにここですべてをお話するわけにはいきません。大事な話ですので、これはどうしても本人に話さないと。それもできるだけすぐ」



 ……ということは、クレア君をメギドへ連れてくる、ってこと?

 現実的な僕は、高校生のクレア君がいきなり気軽には行けないような遠い外国へ旅行させる言い訳と、僕が間を空けずに長期の休暇を図々しく申請できたものかを考えだした。

「未成年を旅行させるわけですし、しかも今高校生は学期中です。色々対処しないといけませんので、行けても次の大型の夏季休暇までお待ちいただくかも——」



「本当に時間がないのです!」

 それまでの優しい表情を一変させて、ラキアさんは語気を強めた。

 僕は、彼女の次の一言で、僕が考えているほど状況は甘くないのだと悟った。

「この星に危機が迫っているのです」

 ……なるほど。クレア君の旅行実現の口実作りが難しかろうが、有給休暇を超えて休んで給料が引かれようが、地球が滅びてしまったら意味がない。



 僕の今の脳内再現を、言葉にしてクレア君に語って聞かせた。

 真剣な面持ちで、ふんふんと聞き入っていた。

「そっか。これはメギドに行かなくちゃ、だね!先生」

 僕の話がひと段落すると、クレア君は気を張り詰めて話を聞き続けた疲れが出たのか、大きく背伸びをした。

「そうだね。学校対策も考えなきゃだし、ご両親にも相談しないとね」

「あ、親はゼンゼン大丈夫。私の問題のこと、全部分かってくれているから」

「そうか。そこは助かるね。じゃああとは学校対策と…持ってなければパスポート取得だね」



 だいたい必要な話は終わったので、その後は十分ほどファンタジー物語談議に花が咲いた。気が付いて時計を見たら。もう夕方の五時を回っていた。

「もうそんな時間なんだ~」

 4月になったとはいえ、夏はまだまだ先だ。五時ともなると、街はオレンジ色の夕日と夜の藍色とが混じりあった世界になる。

「あ、そういえばラキアさん、ひとつ気になることを言っていたなぁ」

 理科準備室のドアを出かかったクレア君が、顔をこちらに向けた。僕は、クレア君の写メをラキアさんが見た時に小さくつぶやいたかすかな言葉を、聴き取った。意味なんかゼンゼン分からないけど、直感で何だかものすごく大事なことのような気がして、心に留めておいた。

 それを、クレア君を帰す今になって思い出すとはなぁ。もっとしっかりしなきゃ。



「君の顔を見て、『レッドアイが、とうとう……』と言ってたよ」

「…………」

「どうしたの」

「そのラキアさん、私の青い眼の普段の写真を見ただけで、何で眼が赤く変わることが分かったんだろう?」

「彼女の言うレッドアイって、やっぱりそのことを指してるんだろうか?」

「私には…分からないです」

 失礼します。また相談に来ますね、と言ってクレア君はドアの向こうに消えた。

 一人部屋に残った僕は、しばらくこの一連の不思議な出来事に思いを巡らせた。



 まったく、謎は深まるばかりだ。





 ~episode 3へ続く~

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