episode 5 アークメイジ・アレッシア(現在の吉岡初江)

【黒の帝国の襲撃を受けた炎羅国・地球暦で百五十年ほど前】



 船体が、信じられないほど傾いた。



『黒の帝国』が誇る、追手の高速戦闘艇から放たれた反陽子砲の威力のすさまじさを物語っていたが、ひるんではいられない。

 こちらが搭乗しているのは単なる脱出艇であり、残念だが武装は搭載していない。この空中戦は圧倒的にこちらの不利であった。ゆえにこの場合、敵に勝つどころではなく逃げ切ることこそが最高の目標であった。



 なんとか操縦桿を握る体勢を立て直したアークメイジ・アレッシアは唇をかみしめた。その世界では最強の精霊魔法の使い手、と謳われた彼女も、味方がほぼ全滅し単身となってしまえば、人海戦術の前にはどうにも打つ手がない。

 尊敬する王家に、やっと双子の王女が授かり、世継ぎ誕生ということで国全体が祝福ムードに包まれたあの数週間前が、もうずっと昔のことのように感じられる。

 それほどに、この炎羅国は慶事から一転、悲劇のどん底へと突き落とされたのだ。



 炎羅国は、火の精霊が建国し、以後その精霊の認めた者が王となり、栄えてきた。

 以来、その伝統は守られ、野心を持つ者が王家を打倒するという愚も起きず、もう建国以来240代も王の交代が平和に守られてきた。

 世襲制であるが、今まで「悪王」が出たためしがない。これまで王となった人物が子宝に恵まれないということも起きず、必ずその兄弟たちの中に王の器にふさわしい人物が確実におり、それを火の精霊は確実に見分けるのだ。

 だが、国の歴史上初めて、王家になかなか子が授からない、という事態が生じた。

 これには王家も世間も焦り、一部では「王が実は不適任なのではないか」「火の精霊に認められた、というのは実はウソではないのか」などと騒がれたりした。



 そういう疑惑を打ち消すかのごく、やっと赤ん坊が生まれた。しかも、双子。

 性別は女だが、この炎羅国では女王でも何ら問題はない。男性が望ましいという風潮もない。問題は、どちらが精霊の祝福を受けているかである。火の精霊の祝福を受けた者には、右肩の少し下あたりに火の形を描いたような「刻印としての痣」があるので確かめることができる。

「さて、双子のうちのどちらが、王だったかしら——」

 金色の髪をもつ子。栗色の髪をもつ子。双子だが、身体的特徴が違っていた。

 どちらかに刻印の痣が認められたと聞くが、はっきりどちらかまでは聞いていなかった。

 まぁ、確かめられれば分かることだ。私もその双子も、まだ生き残ることができたらだけど。



 考え事をしている場合ではなかったのだが、それをまさにアレッシアに告げるかのように、操縦席の計器類から火花が散った。

 被弾したのだ。しかも、おそらく陽子エンジンに直撃——

 このままでは失速し、地上に落ちてしまう。たとえ命が助かっても、黒の帝国の捕虜として生きねばならないだろう。いや、敵国の非情な女王『黒のリディア』ならば、生かして利用どころか処刑も考えられる。

「ここで死ぬわけにはいかないわね」

 アレッシアは、若くして魔法使いに与えられる最高称号「アークメイジ」を国王より賜った実力者である。しかも生まれてきた王女たちの教育係も任されるという光栄に浴し、ここ数週間は天にも昇る気分だったのだ。

 せっかく楽しみにしていた王女たちと紡ぐはずの日々を、黒のリディア率いる「黒の帝国」によって奪われた。侵略する者達に、このタイミングに来るなと責めても、まったく意味を成さないことは頭で分かっていたが、それでもそう叫びたくなった。



「必ず、会えるよね」

 そうつぶやいて、アレッシアはコックピット(操縦席)を除く船体のすべてを切り離して放棄した。そのカプセル状の操縦席そのものがきちんとした推進力をもつ、独立した小型飛行艇となっており、もちろん真空の宇宙空間も航行可能である。 

 黒の帝国の空軍は、もうそれ以上は追ってこなかった。かつて交戦した過去はなく、むこうはこちらの戦力や兵器に関して、情報を大してもっていない。だからきっと、脱出艇からさらに逃げられるシステムがあるなど、知らなかったのだ。

 また脱出艇が派手に爆発して四散したので、これで完全撃破だと思いこんだのだろう。敵機は、すぐに踵を返して帰還していった。

 もくもくとその場を埋め尽くす黒煙も幸いした。それが、脱出カプセルの放出をうまく隠してくれた。



 人知れず、宇宙空間を漂うアレッシア。

 脱出前から、すでに自動航行プログラムが仕掛けてあった。

「我らが住めるような、似た生体の存在する、似た文化形態をもつ星へ——」

 脱出カプセルは自立した永久機関のエンジンなので燃料の心配はないが、おそらく条件に合う星を見つけるまでに、ものすごい時間がかかるだろう。

 すでに機体内はアレッシアをコールド・スリープ状態に保ち、たとえ数百年、万年かかろうが、目的地に到達した時にはそのままの年齢で目覚めることができる。

 自分が逃げるその前に、王たちの頼みで王女たちは逃がしてあった。やはり、住むのに適切な星に着くまで王女たちの生命維持をする設定を施して。

 アレッシアのほうの脱出が大幅に遅れてしまったが、王女たちの船と到着先の星が同じになるようには設定してある。だから、生きてればどこかで会える希望はあるが、到着した星のどこになるかがはそれぞれで誤差が出るため、結局広い星の中で互いを探し当てられない可能性がある。

 また、心無い者に見つけられた場合、まともな待遇を受けられない可能性も捨てきれない。不安要素だらけではあるが、それでもアレッシアの心には説明のつかない落ち着きがあった。

「きっと、大丈夫」



 アレッシアは、長い冷凍睡眠の中で夢を見た。

 夢の中で彼女は、二人の王女を教育していた。二人とも愛すべき教え子だが、王は一人。

 金髪の子、そして栗毛の子。夢の中でも、やはり片方に「刻印の痣」が認められた。さて、その「火の精霊に祝福されし者」は……




 ~episode 6へ続く~

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