episode 4 影法師

【地球暦で五年前・天の川銀河からさらに三千光年離れた惑星・黒の帝国】



「……入れ」

 衛兵が、門を遮っていた物々しい槍をどけた。

 数歩進んで身長の3倍はある金属扉の前に立つと、それは重苦しい金属音を立てて自動で両側へ開いた。

 そこから女王の玉座までは三百メートルはある。そこにたどり着くまでに妙なマネでもしたら、即座に手練れの護衛剣士に捕えられる。

 たとえ私でも、彼らを3人以上相手にしたら、勝てるかどうか分からない。一人なら確実だが、二人までならまぁ何とか——

 飛び道具を使って命を狙っても、女王の身辺には武術に長けた者だけではなく一流の魔導士もいて、常に暗殺に目を光らせている。女王の身辺は常に目に見えない魔法の結界防壁で守られており、遠くから何を投げてもまず女王には届かず弾かれる。

 裏を返せば、それだけ敵が多いということであり、さらにいえばそれだけ他人に恨みを買うようなひどいことをしている、ということだ。



 この私の職業は、いわゆる『傭兵』というやつである。

 カネで雇われて、自分の武術の腕を売るのだ。用心棒をすることもあれば、暗殺を請け負うこともある。そういう依頼もなくヒマな時は、『バウンティ・ハンター』をやっている。いわゆる「賞金稼ぎ」というやつで、このお尋ね者を捕まえたらいくらいくら払う、というアレだ。

 ターゲットを探し当て、捕える。とは言っても、だいたいのケースで「生死は問わない」ことが多い。賞金の対象になるやつはかなりのワルばかりだから、おとなしく捕まるやつはまずいない。経験上、証拠に死体なり首なりを運ぶことになるのがほとんどだ。



 私は別に女王の臣下でもないので、主(あるじ)の人格がどのようであろうが、別に気にしない。要は、くれた仕事に見合う報酬さえちゃんとくれたら、あとはどうでも構わない。

 私の体の中には、黒の帝国の種族としての血は流れているが、我が血統は代々宇宙海賊で、母星には定住せず数多の星系を駆け巡ってきた。ただ私は組織に属するということが性に合わなかったので、一匹狼の賞金稼ぎとしての道を選んだ。まぁ、それでもあちこちの星を流れてきている、という点では海賊と変わらないが。

 だから、私は黒の帝国に対して愛国心もなく、女王に仕えることなど光栄でも何でもない、というのがホンネだ。



 ただ、この『黒の帝国』という星の女王、リディアに関しては、どこからもよい噂が聞こえてこない。それだけ評判が良くないのに、このリディア女王の治世は今年で二百年目を迎えるらしい。ということは、ただの悪王ではなく、それだけやり手だということだろう。

 その点だけは、まぁ認めてやってもいいか、と思っている。

 地球人のために言っておかないといけないが、黒の帝国の種族は長生きで、千年生きるのもザラだ。だから、女王が二百年も国を治めているといっても、別に不思議はないわけだ。



「お前が影法師とやらか。話は側近から聞いた」

 実物に会うのは、これが初めてだ。

 確かに、噂通り冷たい印象を受ける女だ。でも、目を凝らせば顔かたちの整った、随分な美人であるとは言える。

「はっ。お目通りかない、光栄でございます」

 女王を尊敬していなくとも、こんな私でも一応の処世術はわきまえている。心にもないことでも、報酬のためならすらすら言える。王という立場の人種の機嫌は、とっておくにかぎるからな。

 場の空気くらい読めないと、権力者相手の商売は務まらない。

「事前に少しは聞いておろうが、今回の任務はちと特殊でなー」

 書面で、依頼のあらましは聞いたが……この私でさえその前例のない依頼に驚いた。



 ターゲットは女。それも、まだ成人すらしていない少女二人。

 それならまだしも、ターゲットの居場所がどうやら、我々の属する宇宙ではないようなのだ。

 遥か遠くへ、つまり外宇宙へ逃げてしまったらしい。

 我々が知識として知っている範囲をさらに超えた、銀河をまたぐ未知の宇宙へ。

 どの星なのか、という確率の高い座標はあるが、その星のどこにいるのかまでは皆目見当もつかない、という。



 我々の科学力をもってすれば、距離は問題ではない。

『次元転移門(ギャラクシー・ゲート)』というワープ技術の粋を集めた代物が我が星にあり、コイツは座標さえ特定できればどんなに離れていても距離を全く問題にせず瞬時移動を可能にする。

 これだけ聞けば、そんな技術があるなら他の星を侵略し放題じゃないか、と思うかもしれないが、そう甘くはない。実はこの壮大な装置、欠点があるのだ。

 起動と転移実行にとてつもないエネルギーを必要とする。例えば人一人をどこかに送り込むだけでも、我が星で民たちが一年間暮らすのに必要なエネルギー量がいる。つまり、そう気軽に何度も使えるものではないのだ。

 使用は、多くても年に一回。用途は国家の大事に関する、最重要な案件のためのみ。エネルギーは貯めておくことができるため、例えば二、三年我慢したあとで少し多めの人や乗り物を送る、という選択もアリだ。

 炎羅国なら同じ星系にあって近所のようなものなので、大軍が動くことができる。だが、星系外の外宇宙となると、軍隊で一気に攻めるわけにはいかない。できることと言ったら、刺客ひとり送り込むのがせいぜいだ。

 恐らく女王は、この私をその次元転移門とやらで遠い外宇宙の惑星へ飛ばす気なんだろう。



「ターゲットは二人ともがまだ年端もいかない少女だそうですが。私の依頼料が高いのはご存知のはずです。何も、私ではなくとも他の者でも十分捕えられるのでは?」

 そう。私としてはカネにさえなれば何でもいいのだが、それでも一応は聞いておいた方が良心的というものだろう。子どもを捕まえるのに、一流のハンターに依頼するなどやっぱり違和感を感じる。

「そうだな。普通に小娘二人捕まえて来い、ならお主ほどの者は使わずともよい…じゃが、そのターゲットの二人はただの子どもではないぞ」

「……と言いますと、まさか」

 女王リディアは、玉座から5メートル離れたところにいた私に手招きをした。近くに寄れ、ということらしい。恐れながら、と少し緊張しながら近づくと、女王は私に耳打ちしてきた。

「そのまさかじゃ。ターゲットは炎羅国の、逃亡した王女二人じゃ」



 百五十年前に起こった、歴史的大事件のことは覚えている。

 目の前のこの女王が、炎羅国という星に奇襲をしかけ、たった二日で攻め滅ぼしてしまったのだ。そして、王と女王は討ち取ったが、幼い二人の王女には逃げられてしまったと。それは、近隣の星系では知らぬ者はないほどの残虐な事件で、このことが黒のリディアの悪名をさらに高いものとした。

 しかし、圧倒的な軍事力を誇るこの女王の帝国に逆らおうとする星は、どこにもなかった。かつて女王に戦いを挑んだ星はすべて、徹底的に鎮圧され、この女王の治世はあり得ない安定を誇り、今もまだそれは続いている。

 炎羅国は、他の星に戦いを挑むことはもちろん、絶対に迷惑などかけることのない善良な星である。だから今回の戦争でも、炎羅国は何ら攻め込まれるほどのことはしていない。じゃあなぜ、大した理由もないのにリディアは炎羅国を攻めたのか?

 それは明らかに、『虹の杖』のせいである。



 我々の古代の伝承によると——

 この宇宙のはじまりには5つの星(国)があった。

 火の精霊を祖とする、炎羅国。水の精霊を祖とする、氷水(ひみ)国。大地の精霊を祖とする、金郷国。風の精霊を祖とする、風雷国。そして光の精霊を祖とする、七波(しちは)国。

 そんな中、突如『黒死王』が率いる強い魔族が現れ、猛威を振るった。

 この魔族たちは無人だったある惑星に住みつき、黒の帝国をつくった。そして、炎羅国をはじめとする五つの星に戦いを挑んだ。五つの国の連合軍は滅ぼされかけたが、光の精霊の切り札である「虹の杖」という最強の魔装具の力の前に、ついに黒死王は倒れた。

 その戦闘の後、虹の杖は行方知れずとなり、死んだとされる黒死王の死体も消えてしまった。



 黒の帝国は、そんな黒死王の血統を継ぐ者たちによって命脈を保ってきた。

 5つの国は非情ではなかったため、黒死王の血統や黒の帝国の人間を皆殺しにはしなかった。命尊し、話せば分かる。それが、善良な五つの国の王たちの一致した戦後の処分だった。首謀者の黒死王は死んだのだから、何もそれ以上血を流さなくても……という考えだった。



 だが、皮肉なことにその温情が、未来になって仇となった。

 黒死王の死後、黒の帝国は5つの国の影に隠れる感じで、目立たずこれという事件も起こさず、一見おとなしくしていた。しかし黒のリディアの治世に入って、ついに黒の帝国は他国を攻め得るほどの力を得た。

 優しいが、悪く言えば「お人好し」の五つの国は、驚くこととなった。その情が通じない相手もいるのだ、という現実を身に染みて知ることになった。それが炎羅国奇襲事件である。

 普通、星同士の戦(いくさ)というものは、必ず双方の同意のもと、戦いが始まる。一般的に、使者を送っての通達もなくいきなり襲うというのは宇宙で最も卑劣な行為である。そんなことするわけがない、という感覚は善良な者たちだけのもので、黒の帝国の者たちには関係なかった。

 黒の帝国は、敗戦後の寛大な処分に感謝するどころか、いつかやり返してやると再起のタイミングを狙っていたのだ。その最初の獲物が、炎羅国だったわけだ。



 なぜ、五つある星の中でも炎羅国がターゲットになったのか?

 心情的には、狙うならもっとも憎い七波国であろう。光の精霊に敗れたわけだから。しかし、まず炎羅国を攻めねばならない理由があったのだ。

『虹の杖』のせいだ。

 最強と謳われた黒死王を倒した武器だ。古代からの伝承によると、その大いなる力を秘めた魔装具は、どうやら炎羅国のどこかに隠されているらしいのだ。

 伝承とはいえ、バカにできない。その杖の力で、再び黒の帝国が敗北することがあってはならない。不安要素は徹底排除、というのがしたたかな女王リディアの考えだろう。

 だから炎羅国を制圧したわけだが、すでに事件から百五十年がたとうとしている今でも、必至の探索にも関わらずその杖は見つかっていないという。

 完璧主義の女王のいらだちは相当なもので、ついに外宇宙へ逃亡した王女二人までも片付けなければ気が済まなくなった。 

 ある筋の情報によると、信憑性はあまり高くないが、炎羅国の臣下の者が杖を持ち逃げした、というのもある。そしてその者は、王女二人を追いかけてやはり外宇宙へ飛んだ、と。それが、私が受ける今回の依頼の背景だ。



 我々の科学技術をもってしても、光速航行中の乗り物の位置を特定し捕まえに行くことはできない。狙うなら、相手が目的地に到着し落ち着いた時しかない。

 これまでまったく王女の位置を特定できなかったが、ついに軍部がそれを割り出した。つまり、それは王女の乗っていた宇宙艇がどこかの星で「停止」したことを意味する。逃亡からすでに百五十年がたっているが、赤ん坊の王女たちはコールドスリープ状態(冷凍睡眠)だから、歳はとっていないはずだ。



 私は正直、母星である黒の帝国の成り立ちや国のやりくちに誇りを持てない。自分だって、人殺しを商売にしているし決して自慢できたものではないが、それでも卑怯なマネだけはキライだ。

 でも、私にそれを忘れさせてくれるものがひとつだけある。カネだ。高額な報酬だ。それさえあれば、雇い主がクズでも、依頼が非人道的でも、なんとか目をつぶれるというものだ。

「恐れながら女王様。今回は行く先の星の情報がまったく分からず危険な上、ターゲット探しにも難儀しそうです。これはかなり大変な任務になりますゆえ、報酬のほうも相応に弾んでいただかないと——」

「もちろん、分かっておる」

 女王がそう言って右手を少し挙げると、家来風の男が二人、大きな箱を二人がかりで抱えて歩いてきた。その中には、一本あれば十年は遊んで暮らせるほどのマズカニウムの棒(注・黒の帝国では大変値打ちのある鉱石。地球でいうゴールドやダイヤのようなもの)がぎっしり詰まっていた。頭の中で総額を概算しようとしたが、いったいいくらになるのか想像もつかない量だ。

「これは、手付だ。成功したら、さらに上乗せする」

 私は、口笛をヒューと吹きかけたが、いつもとは違い女王の面前であることを思い出し、とっさに口を抑えた。

 これだから、王族相手の取引はボロい。濡れ手で粟、とはこのことだ。

「お任せください。必ずや、王女二人を捕えてみせます——」



 私がそう言った瞬間、女王の口角が不自然に釣り上がった。何だか、嫌な感じだ。受け取りようによっては、こちらの言うことを信頼してないようにも感じる。

「お前のプライドを傷付けるようで悪いが、一つ忠告しておこう。二人の小娘、王族の血の能力に目覚める前に捕えないと、お主死ぬぞ」

「……この星一番の賞金稼ぎの、私の腕をもってしても、ですか」

「そうじゃ。だから、生きて捕えてくることなどさほど期待しておらぬ。そんな芸当はまずできぬであろう」

 私は。ゴクリと唾を飲み込んだ。今まで幾多の暗殺を請け負ってきたが、王族を手にかけるのは初めてのことになる。

「見つけ次第、殺せ。生け捕ろうなど最初から考えんでいい。死体を持ち帰るか、二人が死んだと分かる証拠を持って来れば、それでよい」





 ~episode 4へ続く~

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