episode 2 クレア

 リリスから知らされた情報は、私にかなりの驚きと多少のとまどいをもたらした。



 絢音と私が謎の影男に襲撃され、命助かって家に帰りついたあと。珍しくリリスが私の帰りを待っていて、話したいことがあるから部屋に来てと言われた。

 皮肉なものよね。今までケンカしていられたのは、裏を返せば「ケンカできるほど日常が平和だった」ってことだし。義務や必要があって行く以外で、リリスに呼ばれて部屋に入るなんてどれくらいぶりだろう?

 この前、異星人が地球に侵略してきて、世界全体が一丸となって撃退するというような映画を見た。あれだって、普段は国同士でいざこざがあっても、同じ目的のために「内輪でケンカなどしている場合じゃない」からこそ団結できたようなわけでしょ?そんな事態にでもならない限り、世界はおそらく一つにはならない。

 世界が「表面的に平和」である限り、共通の脅威でも現れないかぎり、人類は互いにケンカし続けるのだろうか?ちょうど私たち双子みたいにね……



「認めたくないけど、やっぱり私たちには自分たちも知らない秘密があるみたい」

 勉強机の椅子に座ったまま、そう言ってリリスは床を蹴ってクルクル回った。

「考えてみればさ、捨て子だし。親の顔も知らないし。荒唐無稽だけど、誰も私たちの生まれるところを見ていないんだったら、地球外で生まれた可能性だってゼロと言えないでしょ。極端なことを言ってるとは思うけど」

 そうだ、ここまできたらもう何でもありだ。今の私なら、「多少現実離れしたウソの話」をされても、信じてしまいそうなほどここ最近の体験はあり得ないものだった。



「実は私たちが直面している問題、良枝ママも知ってる」

「ええっ?」

 私はリリスのベッドに腰かけて話をしていたんだけど、あまりにびっくりしたので、腰を浮かして立ち上がりかけた。

「あ、心配しないで。ママが感づいているのは、特殊能力に関することだけ。私たちが襲われた件は知らないみたいだし、私からも言ってないよ」

 ちょっとだけホッとした。できるだけ心配をかけたくないからね…って、もうある程度かけているみたいだけど。

 良枝ママはリリスに、彼女の赤ん坊時代のことで秘密にしていたことを語ったようだ。それによるとリリスの周りで、「モノが浮く」という現象が起きていたと。

 それを聞かされて、私はまた頭がこんがらがった。私にそういうことがあったというなら、話は現状と照らし合わせてまだ理解しやすい。しかし、私のほうが幼少時は普通で、逆にリリスのほうに特殊能力の兆候があったなんて……

 それでは今回の危機に際して、私の方が特別な力を発揮してリリスのほうには何もなかったというのは、何だか話がちぐはぐだ。それでもムリに筋を通して解釈しようとすると、こうなる。



『私たち双子は、二人ともが特殊な能力を生まれ持っている。ただ、幼少期にはたまたまリリスのほうにだけその能力が垣間見えることが起き、つい先日のケースでは私のほうがたまたま眠っていたそれが覚醒しかけることになったー。』

 


 さらにリリスが教えてくれた情報によると、良枝ママはリリスの秘密をずっと誰にも黙ってきたが、たまたま少し前家に来たケリーさんの秘密を見てしまったことで、そのことが「彼女の紹介してくれた双子には何か秘密があるんじゃないか」という思考に結びついてしまった。

 そうしていったん生じた疑惑は、消そうとしても消えてくれない。それでとうとう、ママはケリーさん本人を直撃して、何か知っているかを問い詰めたらしい。

「で、ケリーさんは何て?」

 私は、身を乗り出して聞いた。

「初江おばさんに聞け、って」

「え、それはお隣の…あの吉岡のおばさんのことだよね?」



 私は、念を押さずにはいられなかった。

 私たち双子を巡る現実離れした問題に、ママやケリーさんまでもが絡んでいたというだけでも頭がおかしくなりそうなのに…その上まだ吉岡のおばさんまでもが関係している?

 次々に知らされる意外な情報に、私の頭が全然ついていかない。私たちの身近な大事な人たちが、どんどん私たちのせいで巻き込まれていく。絢音のことだってそうだ。

「うん、私も良く分からないんだけど…ママがケリーさんから聞き出せたのは、とにかく『お隣の仲良くしてるあばあちゃんがすべてを分かっていて、説明してくれる』ということだったんですって。だからさ、とにかく今からでも二人で話を聞きに行こうよ」

 それを聞いた私は行く気満々で、腰を浮かして立ち上がった。

「賛成!私だって明日行こうね、なんて言われても待てそうにないもの。今だったらおばさん、まだお店かな?」  

「そうだね、閉店は8時だから……いるならまだ駅前の店の方だね」

 リリスも手近にあった防寒着をつかんで、椅子から立ち上がった。私もいったん自分の部屋に戻って、羽織るものを何か取ってこよう。四月の夜は、まだ少し冷える。



 こうして私たち二人は家を出て、駅前の吉岡おばさんの骨董品店を目指した。おばさんは忙しいかもとか、お疲れだろうし明日以降に会う約束をとったほうがいいかとか、そういう気遣いはできなかった。あまりにも気持ちが切羽詰っていた。

 一瞬でも早く、自分という存在に関するまだ知らない「情報」が欲しかった。



 私はあまり細かいことを考えないほうだが、何だか心の隅に引っかかるものがあった。それは、真っ白な紙に垂れた一滴の黒インクのように、本当に少しなんだけど無視できない存在感を持ってしまっていた。

 ……リリスは、ママから聞いたことを本当にすべて話したんだろうか?もしかして、何か私に隠していることはない?

 確証はないが、なんだかさっきからそんな疑念が湧くのだ。かといって、簡単にリリスに 問い正すことなどできない。もしも私の思い過ごしだった場合、その時はリリスとの仲が余計ぎくしゃくすることになってしまう。



 もう少しで、駅前通りに出られる歩道橋にさしかかる頃。そんな考え事は一度忘れざるを得ないような事態が待っていた。

「危ないっ」

 私は殺気を感じて、咄嗟に頭を下げた。後ろを歩くリリスにも注意を促そうと叫んでみたが、果たして大丈夫だっただろうか?

 よかった。リリスも間一髪避けれたようだ。振り返ると、私たち二人の頭部を狙って飛んできた何かが、すごい速さですり抜けていった。

 その何かは……大きな鳥だった。普通の鳥にしては大きすぎる。私の知る限り、あんなに大きなのは…『鷹(タカ)』ってやつかな?そいつは歩道橋の手すりに止まり、光る目でこちらを見下ろした。

「あの影男なら、姑息な手を使わず堂々と来るはず。姿を見せず鷹を使うということは…こないだ犬を使ってきたのと同じヤツかな?」

「お姉ちゃん、あれは鷹じゃなくて鷲(ワシ)」

 もう!そんなの今どうだっていいじゃないよ! でも今は、そんなことを気にしてる余裕はない。話を聞きたい一心で何の準備もしないで出てきてしまった私らが悪いのだが、身を守る武器が何もない。

 獰猛な巨鳥を相手に、空手が有効だとも思えない。あの鋭いくちばしで、猛スピードで突っ込んで来られたら……いくらこちらが拳を繰り出しても、こっちの手に穴が開くだけだ。

「とにかく、人通りの多いところまで逃げるよっ」



 私は先頭に立って、駆けた。

 普段運動し慣れていないリリスを引き離さないよう、そしてもし鷹…じゃなかった『鷲』に襲われたらかばえるように、注意を払って。

 全速力で駆けたいが、あんなのに狙われたら多少人間の走る速度が上がったところで大した差はなし…と考え、開き直った。逃げる速度よりも、リリスの防御第一と割り切って、あえて走る速度を落とした。

 人通りの多いところへ出たら、それはそれで大勢の人間も巻き込むことになるかもしれないが、この時はそんな風に行儀の良いことを考えられなかった。

 本当なら、目の前の歩道橋を通れば駅前の繁華街には近い。でも、歩道橋の上には遮蔽物が一切ない。そこを狙われたら、格好の標的になってしまう。

 ここは遠回りでも、入り組んだ細い路地に入る方がいい。それなら、電線があったり看板や家の軒下がったりして、向こうもそう自由に跳びまわれない。狭い路地でなら、大型の鳥には攻撃が難しくなるはず。

 そう考えて、駅前通りへは少し遠回りとなる、裏通りの路地に駆け込んだ。

 あの「鷲」は、うらめしそうに遥か上空を行ったり来たりするだけ。



「……やったね。あの鳥、さすがにこの建物の隙間までは入ってくる気ないみたいね」

「うん」

 ゼイゼイと吐く息を落ち着けるため、私とリリスはしばし路肩に腰を下ろした。お尻をつけばスカートが多少汚れるかもしれないが、命のかかった戦いでそんなことも言っていられない。

「お姉ちゃん、あ、あれ……」

 どうやら、私たちに「安息」の二文字はないようだ。



 路地一面に、無数の光。

 最初何かが分からなかったけど、目を凝らすとそれが小動物の目の光だと気付いた。それも数え切れないほどの大群——

「ね、ねずみ……」

 ドラえもんがねずみを怖がる気持ちが理解できなかったけど、今なら同情できる。ただのねずみの集まりじゃなく、異様な眼光から「何者かに操られている」らしいことが嫌でも感じ取れる。こんなのにもし、一斉に襲い掛かられたら?

 一匹一匹の攻撃は大したことはなくても、もし群れ成すねずみに断続的に噛まれ続けたら、終わりだ。

 しかも大変残念なことに、先ほど鷲から逃げた時に失われたスタミナが、まだ戻りきっていない。今立ち上がって走ったとしても、ヘナヘナだ。私でさえそうだから、リリスはもっとだろう。

 そのことは本人が一番自覚しているらしく、リリスは悲しい目をして私を見た後、膝に顔を埋めた。もう、逃げるのはあきらめたということだ。

 観念するしかないの? 私は、自分の身の上情報が知りたいばっかりに、敵への備えをおろそかにして外へ飛び出した自分の浅はかさを呪った。



「私に眠るチカラよ、出るなら今出てちょうだい!」

 私は心から叫んだ。前回野犬たちを退けたあのチカラは、今命の危険にある私自身を救うためにまた現れてもいいはずだ。お願いだから、今使えるようにしてちょうだい——

 でも残念ながら、あの時感じたような、何かの超越したチカラに自分が乗っ取られような感覚が全然こない。おそらく、今何をしても普段の私のままだ。手をかざしても、ライターほどの火すら出てきそうにない。

 ネズミの群れはまだ動いていないが、いつまでもじっとしているはずがない。もしかしたら、こちらがちょっとでも動きを見せた瞬間に、ワッと襲ってくるつもりかもしれない。



 自分を殺す相手の顔も分からず死ぬのも、何だか癪だった。

 あの影男は、敵ながら卑怯なことがキライなようだったし。野犬に襲われたって言うと自分じゃないって言ってたし。前回の野犬も、今の鷲もねずみも、影男とは違うある同一人物の仕業だろう。

 そしてそいつはどうも、自分で手を下すのは面倒らしく、動物を使役して襲わせてくるズルいやつらしい。そんなヤツに私は負けるのか——。

 


 その時だった。

 ネズミの大群のむこうに、一人の人間が立っていた。

 いつのまにやら昇っていた月が、その人物の真上で輝いていた。

 月光をバックに、その人物の顔や姿はシルエットとなってしまっていて、どんな人だかよく見えない。でもその堂々とした姿からは、ただそこを通りがかった通行人などではなく、目の前の敵のことが良く分かっている人物だということは感じ取れた。

 杖のようなものを所持していて、天高くそれを突き上げた。



『空烈槌斬閃』



 私には、謎の人物が発したその言葉が、魔法の呪文のように聞こえた。

 街灯は弱弱しい光しか発していなかったのに、突然狭い路地の中がまばゆい光で満たされた。

 雲一つない夜空なのに、どこからか稲妻が幾筋も落ちてきた。不思議なことに、落雷につきもののあのゴロゴロドッカーンという怖い音はまったくしなかった。

 その代わり、まるで静電気が弾けるように、バチバチという電流がはぜるような音がそこらじゅうで響いた。

 私は、謎の人物の声に聞き覚えがあった。それはリリスも同じだったようで、絶望に打ちひしがれていた彼女の目に、希望の光が灯った。そう、この人なら大丈夫、私たちを守ってくれる…そんな根拠のない「安心感」が、私たちを元気づけた。



 私たちの見ている前で、無数のねずみたちが…一瞬にして消えた。

 パッと消えたというのではない。何かとてつもない電気エネルギーで、ねずみたちの体が一瞬にして「電気分解」したというのが、言葉としては一番当たっているだろう。高電圧で一瞬にして「溶けた」と言うか……

「間に合ってよかったわ」

 私の中の推測は、確信に変わった。

「吉岡のおばさん!」

 私たち双子は杖を持ち、RPG(ロールプレイング・ゲーム)に登場しそうな魔法使いのような恰好をしたおばさんに抱きついた。安心して緊張が解けたせいか涙が一気にあふれてきて、高校生にもなって不覚にも泣いてしまった。まぁ、この場合は仕方なしということで……



「今のことも含めて、あなたがたにきちんと説明しなければいけませんね」

 吉岡のおばさんは、私たちを優しく抱きしめながらも、決意のこもった目で月を見上げていた。




 ~episode 3へ続く~

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