episode 5 リリス

 良枝ママが、「話がある」と部屋にやってきて二人が座ってから、もう3分が過ぎようとしていた。

 何だか、口を開きにくそうにしている。いつもの竹を割ったような性格のママなら、何だってすぐ口にするのに…なんだか「らしくない」。

 ……ということは、それだけ重大で、深刻な話なんだろうと想像する。私は身を固くして、せかさず母の言葉を待った。



「今まで、あなたに隠してきたことがあるの。もちろん、親として良かれと思ってのことだけど」

 重苦しい沈黙を破って、やっとママが口を開いた。私は一瞬、何の話だろうかと自分なりに想像を巡らした。姉が危険な目に遭って普通でない力を発揮したから、もしかしたら『姉に関する秘密』を何か打ち明けられるのではないか、と思った。

 しかし、ママの次の言葉でその予想はあっさり外れた。それどころか、まったく逆だった。

「あなたは記憶がないと思うんだけど…赤ちゃんの頃のことで、言ってないことがあるの。あなたが覚えていないなら、そのほうがいいと思ってね」



 母の言う秘密とは、姉のことじゃなかった。

 私のことだった。

「あなたの周囲で、部屋にあるものが浮いたりしていたの。普段はフワフワ宙に浮くだけで無害なんだけど、怒ったり泣いたりした時に、激しく動いて壁にぶつかったりしていた。飛ぶモノによっては家が破損したり、パパやママもケガをしそうだったから、尖ったものや固いものはそばに置かないように気を付けていたわ」

「モノが……浮く?誰も手を触れずに?」

「ええ、単純に考えると、あなたが何か『特別な子』だということになる。お姉さんのクレアの周りでは、まったくそういうことは起きなかった。あなただけなの」



 私は、少し混乱してきた。

 昨日の野犬事件に関する限り、私は何の力も発揮しなかった。姉のクレアのほうが、目の色が変わり、不思議なチカラを使った。秘密があるならむしろ姉の方のはず、と決めつけていた。

 だから、今母から「幼少期に不思議な力があったのが姉でなくむしろ私だった」ということが、昨日体験した現実とはちぐはぐで、これをどう解釈したらいいのか途方に暮れた。



「あなたたち双子を引き取るように勧めてくれたケリーさんにね、当時私はこのことを言えなかったの。この子たちは何?普通じゃないの?って、聞こうと思えたら聞けたかもしれない。もしかしてあなたは、『知っていてあえて』勧めたの?何かの意図があったの?って。

 でもね、あなたたちがあまりにかわいくてね、本当の子どもみたいに思えてね、もうそれだけでいいと思ったの。へたに事を公にして荒立てたら、もしかしたらあなたたちをどこかに手放さないといけなくなるかもしれない。それは、私には一番耐えられないことだったの」



 良枝ママは、そこで少し涙ぐんで、気持ちを落ち着けようとしてだろうがしばらく沈黙していた。私にも何か潜在的力があるかもしれない、という事実はショッキングだったが、でもママが本当に私たち姉妹を愛してきてくれてきたことが実感として分かり、そのことは私を落ち着かせた。

 喜びが、混乱に勝った。

「……だから、ケリーさんがあなたたち天使をうちに遣わしてくれた大恩人なのは事実だから、リリスに起きた不思議な現象のことは切りだせなかったの。ええ、恩人に対して『あなたまさか何か企んでいないでしょうね』なんて聞けなかった」

「うん。それはそうだよね」

「でも、昨日ついに聞いたの。ケリーさんにね、あなたの秘密のことを知っていて紹介したのかどうかを問いただしたの。ママの背中を押してくれるようなあるきっかけがあってね…そのこともおいおいあなたには話そうと思うんだけど」



 ママはそこでいったん咳ばらいをし、居住まいを正して、驚くべきことを口にした。

「今から言う話は、ケリーさんから聞いたあなたがた双子の正体です。あなたがたは本当は誰から生まれたのか。どこから来たのか。そして、どんな立場で生まれ、どんな能力を秘めているのか。そして、どんな使命を持っているのかー」

 


 そこで聞いた話を、今ここではしないでおく。

 まだ、今はそれを明かす時ではない。

 ただひとつだけ明かすと、私はある事実をママから聞いた時、絶句した。

 もしかしたら、気が狂ってしまうのではないか、と思った。

 それだけ、受け止めるのには大変な内容だった。

 それは、姉であるクレアに関することだった。

 私のことに関しても驚くべき事実が聞けたが、姉の話はもっとすさまじかった。



 この時聞いた話を私が姉に明かすのは、そして姉が自分自身に関する驚くべき事実を知らされるのは、この物語の最後である。




 ~第5章へ続く~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る