episode 4 田中良枝
「あなた、本当は何者なの?」
私は一世一代の勇気を振り絞って、実に聞きにくいことを聞いた。
問い詰めているのはこちらなのに、冷や汗をかき、携帯を持つ手が小刻みに震えている。声の感じからすると、問い詰めている私のほうが冷静さを欠き、問い詰められているケリーさんのほうが落ち着いている。
「……あなたが連れてきたクレアとリリス、実はただの子どもじゃないんじゃない?」
実に失礼な話ではある。
ケリーさんは、私に大事なクレアとリリスを授けてくれた、いわば恩人である。
感謝しこそすれ、その子どもの「
子どもはモノじゃないから、出所ってヘンね。ああ、こういう場合はどう言えばいいんだっけ? 私は国語が苦手だったから……あっそうそう、『出生の秘密』だわ!
……ってこれ、テレビドラマとかでしか使わない言葉だわね……
とにかく! 私のケリーさんへの感謝はホンモノだし、それは今も変わらない。変わらないからこそ、こんな質問をぶつけるのはつらい。でも、いったん胸に火が灯った疑惑は消すことができない。
もう、聞かないことにはおさまりがつかない。
「どうして、そんなことを聞くのデスカ」
やはり、声の調子からも間の置き方からも、ウソをついていたり動揺していたりというようなサインは読み取れない。
「そんなことを言うからには、きっと根拠があるのでしょう? どうぞおっしゃってくださいナ」
私は、先日ケリーさんがうちを訪問した時、廊下で立体映像らしきものとしゃべっていたところを見てしまった、と告げた。そしたら、ケリーさんは高笑いした。これは、意外な反応だった。
「アハハ、こりゃ私としたことが。ええ、確かに、私はそのようなことをしてましたネ——」
案外、あっさりと認めた。しかし、その後からの彼女の言葉は、実に重苦しい、神妙な調子に切り替わった。
「では、私からも良枝サンに質問があります。ただ、私が映像の人物としゃべっていたということなら、私が何者かとしか聞かないはずデス。なのに、あなたはクレアとリリスが普通の子じゃないのでは、と聞いた。ということは、あなたはそう思えることを何か見たり聞いたりしたのデスカ? あの子たちが普通でない、と考えざるを得ない事件があったとか?」
そう。今回ケリーさんのことできっかけができなければ、墓場まで持って行ったかもしれない、ある秘密。今こそ、それを言う時だ。
もしかしたら、ケリーさんはそのことを承知の上で、あの子たちを私に託した可能性があるのだから。
「私が知る限り、リリスのほうは普通ではありませんでした」
そう。クレアに関しては何もなかった。でも、リリスと双子だということは、もしかしたら発揮されていないというだけで、私が見たあの「チカラ」が使える潜在能力をクレアも秘めているのかもしれない。
「リリスを預かって2~3か月もたって、我が家での暮らしにも慣れてきた頃でしょうか。あの子の周りでモノが……浮くんです」
「浮くって、何がデスカ?」
「そりゃあ、何でもです。あの子の周りにあるものは、おもちゃだろうが食器だろうが何でも見境なしにです。すごい時には箪笥まで……こういうのは何と言うのでしょう、当たっているかどうか知りませんが『サイコキネシス』とかいうものですか? 日本語だとモノに触れずに動かせるのは『念動力』とか言うようですが」
「それは本当デスカ?」
ここで初めて、ケリーさんが冷静さを欠いた声を出した。幼い頃のリリスの周囲で「モノが浮いた」という事実は、本当に彼女を驚かせたようだ。
「ええ。恐らくですが、能力はリリスの感情と連動しているようで、機嫌のいい時には何も起こらないんです。リリスが何かのきっかけで不機嫌に泣くと、それに合わせて周囲の物体が浮遊するんです。
浮いたものがフワフワ落ち着いているのか激しく揺れるのか、一体どれくらいの大きさのものがいくつほど浮くのか、はまったくその時々で色々で……そこに何か法則性のようなものがあるのかどうかは、ついに分かりませんでした」
「リリス本人は、そのことを自覚していますカ?」
「その現象は、うちに来て1年がたつ頃にはウソのようにピッタリ収まりました。で、その後は高校生になる今まで全く起きていません。
幸い、不思議な力のことはあの子にはまったくその記憶がないようで、それはよかったと思っています。幼いとはいえ、4歳時くらいのことなら覚えていてもおかしくはないんですが……それをこちらからわざわざ『お前が幼稚園児くらいの頃こんなヘンなことがあったんだよ』なんて言えませんし」
「まさか……その頃の年齢で、あり得ない」
ケリーさんは独り言のようにそう小声でつぶやいたのが、こちらにも電話越しにはっきりと聴き取れた。それは裏を返せば「もっと上の年齢ならばあり得る」というふうにも受け取れた。
「良枝さん。これはとても重要なことなので、絶対にウソや隠しごとはナシで、真実を答えてくだサイ。その、リリスちゃんの周りでモノが浮いたという証拠となるようなものは、何か残していたりしますか? 例えば、それを撮影した写真が残っているとか、動画が残っているとか——」
「いいえ」
私は、即座に答えた。これは、迷わずに返答できる。
「そういうものは、一切残していません。万が一、このことが他人に知れたりしたら……この子はその能力のせいで『利用』されて、意に染まない人生を送ることを強いられるかもしれない。それだけは絶対にあってはいけないと思いました。
だから、赤ん坊の頃のリリスはできるだけ他人の目には触れさせないようにし、能力をよそ様に知られる恐れのあるものは一切残さないよう、細心の注意を払いました」
「それは、よかったデス。私が初めて聞いたということは、敵ならなおのことこの情報は知らないはず。それだけでも、こちらが敵に一歩有利です」
「???」
「ああ、ごめんなさい。良枝さんには、何のことだか分かりませんよね。つい、仲間に話すように話してしまって——」
「なら私も、その仲間に入れてください」
深くは考えず、反射的にそう言っていた。
「マジで……言ってますカ?」
ケリーさんの日本語はおかしかったが、この時は笑える状況ではなかった。
「ええ。どんなに辛い事実でも、私はすべて分かっていたいのです。いいえ、分かってあげたい、のです。だって、私はあの子の……母親なんですから」
その後、しばらくの間があった。
私が仲間にして、と言ったのは「リリスのことで母親の私が知らない秘密などないようにしたい、つまりは情報を共有したい」という意味であって、決してケリーさんが属する何かの組織に私も入りたい、というそこまでの意味ではなかった。
でも、次のケリーさんの返答は、情報だけ得てそれでしまいにできると考えた私の甘さを一蹴した。
「いいでしょう。良枝サンにも、知ってもらいましょう。もちろん、教えるにはワタシの属する組織の一員になってもらわないといけません。
いいデスカ、一度知ってしまったら、もう後戻りはデキマセン。もう、死ぬまで我々との関係をなかったことにすることもできませんし、色々と知ることで身の危険も生じます。本当に、それでもいいんデスカ? 我々が組織的に目指している目的に加担する覚悟はありますか?」
「……はい」
もちろん、迷いはなかった。例え苦労をしょいこむことになったとしてもかまわない。最悪、何者かに狙われて命を失うことになっても、構わない。
特別な運命を背負っていても、どんな大変な人生を行くとしても、あの子は……リリスはただ「リリス」なのだ。母親の私にとっては。
~episode 5へ続く~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます