episode 2 クレア
「ああクレアちゃんヤッホー! ワタシ、お邪魔してま~す」
やっぱり、私の予想は当たっていた。多少おかしな日本語が特徴だ。
広い居間にある応接セットのソファーには田中夫妻、つまりパパとママ。そしてその向かい側には、問題の訪問客と、となりには妹のリリスが座っていた。
パジャマ姿ではなくきちんと普段着に着替えたリリスの顔色は、確かに良くなっている。
本日の来客は、実に2年ぶり。
ケリー・バーグマンさん。三十七歳のドイツ系カナダ人。パパの仕事関係の友人。あっ、年まで言うのは余計だったかな……?
大手食品会社の社長秘書で、パパとは彼女が貿易部門の仕事で社長について来た時に出会ったそうだ。
仕事の打ち合わせの合間に、個人的に話が弾んじゃって、パパが「子どもが欲しいがなかなかできない」というレベルの込み入った話まで打ち明けてしまった。するとケリーさんが「身寄りのない子を引き取るという、里親制度ってのもアリマスヨ。私、実は少しその方面の活動も手伝ってまして。もしもお望みでしたら、紹介もできますですヨ」と提案したのだ。
もちろんパパは、いきなりのことで聞いた当時はゼンゼンその気はなかった。でも、その後もなかなか子どもはできず、年齢的なこともだんだん心配になってくる中、時折ケリーさんの言葉を思い出しては、次第にもうそれしかないと思うようになったらしい。
でもまさか、いざ頼んでみたら純然たる日本人の子どもじゃなく、外国人の子どもが来るとは思わなかったそうだ。それが、私たち双子。
私たちはまだ赤ん坊の時に、カナダのバンクーバーというところで捨てられていた。拾われた時、私たちが誰かということを示すものは、着ていた
私のには、『Clare Asagiri』、妹のには『Lilith Yuunagi』。
恐らくは名前だろうということで、私たちはその名で呼ばれることになった。
DNA鑑定の結果、私たちは一卵性双生児だと判明。でも、なぜか似てないんだな、これが。いくら調べても、親は分からなかった。
結局私らはカナダの児童養護施設に預けられたが、最大の謎は「なぜ同じ親から生まれた双子のはずなのに、それぞれ苗字が違うのか」ということ。
もうひとつの謎は、アサギリもユウナギも、日本の苗字だということ。もしかしたら、両親は日系人もしくは日本と深い関わりがある人物かもしれない可能性が出てきた。私たちがなぜか「特例」で日本の家族にもらわれたのも、「日本にいれば見つかるチャンスもあるのではないか」という配慮かららしい。
かくして、苗字に「朝霧」「夕凪」というそれらしい漢字を当てて、邦名を付けての日本暮らしをすることが決まったと知らされたのが、3歳の時。
もちろん、漢字だなんだと言われても、当時はさっぱり分からなかったけど。
ま、そんなこんなで、縁あってケリーさんを通じてこの田中夫妻の子どもとなったのが私たちってわけ。以来、紹介した責任を感じているのか、二・三年に一度は菓子折りを持って私たちの様子を見に来るのだ。
計算としては、パパがケリーさんと出会ったのは彼女が二十四歳の時。まだ若さの絶頂にいた彼女は、目の覚めるような美人だったらしい。パパの言葉を借りれば「金髪美女といえばこういう人、というイメージにぴったり」だったそうだ。
私たちも高校生にまで育った今、ケリーさんも「歳食った」わけなんだけども、今でもその美貌は衰えていない。口を開いておかしな日本語さえ出さなければ、本当にクールな美魔女に見える。
ちなみに、髪がブロンドなのは私も同じ。美人かどうか……ってのは私の口からはやめとく。人からよく言われるのだが、名前に「アサギリ」という和名が含まれている割に、日本人らしいところがゼンゼンない、って。言わなけりゃ、生粋の欧米人に見えるのにって。
その反面、妹のリリスはブルネット、つまり茶髪というか栗毛。瞳も、ブルーの私とは似ても似つかない黒。妹は瞳だけでなく顔つきだって、私なんかよりも日本人に近い。
なんで双子の姉妹で、こうも違うかね? 双子、しかも一卵性なら普通「瓜二つ」じゃないの? と思ってしまう。
「ケーキ、お土産にくださったのよ。先にいただいてるわよ」
見ると応接セットのテーブルには、美味しそうなチーズケーキが並んでいる。良枝ママが淹れたらしい薫り高い紅茶も、湯気を立てていた。
「これね、私がベラボウに好きな
……ベラボウ、って何? 後で辞書ひこう。って、載ってるかしら?
日本語は一体誰に習ったの? ケリーさんは難しい言葉も使うが日本語全体のバランスが不思議なことになっているので、時々笑いを隠せない。
私らは3歳の頃から高校生の今までここで暮らしているから、言葉はまったく不自由しない。ってか、逆に英語のほうが難しい。告白するとこの前の英語の期末テスト、75点だった。
ま、日本のはいわゆる「受験英語」だし、必ずしも成績がいいイコール英語が本当にできます、じゃないからね! ……な~んていい訳をしてみる。
照夫パパが、しんみりと言った。
「そうか、ケリーさんがクレアとリリスをこの家に紹介してくれてから、もう十数年も経つんだよなぁ」
「早いものですね」
良枝ママも同意した。
「どうしても子どもができなくて、それでも子どもが欲しくて……子どもを引き取る話が来た時には、まさか海外の子どもだとは思わなかったですよ!」
「エエ、たまたま当時イイ子いまして、ホント良かったデス。この二人、カナダより日本にいる方が両親の情報もつかめるんじゃないかと思い、照夫さんにはムリ言いました。でも、きっとこの方なら海外の子でも関係なく優しく育ててくれる、思ってマシタ」
実際、田中夫妻もケリーさんも、私の両親探しに関してはそれぞれ定期的に動いてくれているようなのだが、依然として有力な情報はないようだ。
あとは、他愛もない世間話をして笑って、小一時間もいたあとケリーさんは帰っていった。リリスは、決して楽しくないわけじゃないんだろうけど、会話には相槌をうつばかりで、自分からはほとんどしゃべらなかった。
私は、リリスが好きだ。それは間違いない。
かけがえのない、たったひとりの血のつながった身寄り。
でも、時々私はこの子のことが本当に分からない。
一体、何を考えているの?
健康そのものの私には、逆に幼少時から病弱だったリリスに、負い目がある。いつも、自分だけ元気でゴメンね、という申し訳なさがあった。
私はずっと外に出て、友達と遊ぶことばっかり考えてた。でも家に引きこもりがちのリリスは、同世代の子どもよりも本が友達で、読書したりずっと考え事をして、想像の翼を羽ばたかせることが多い子だった。
私はそんな妹の相手を率先してやるより、家を出てよその子と遊ぶことが多くなった。妹が、怖かったのかもしれない。私とは、住む世界が違う……
もっと仲の良い姉妹なら、「せっかくケリーさん久しぶりで来たんだし、もっと楽しくしたらいいじゃん!」くらい、抵抗なくすっと言えたんだろう。
でも、のどまで出かかったその言葉は結局発せられることなく、私の腹の底に沈んだ。リリスが自室に戻り、「バタン」という部屋のドアが閉まる音だけが、なぜか私の耳にしばらく残った。
……あ、そうだ。「ベラボウ」って言葉調べなきゃ。
その考えが、ちょっとどんよりしかかった私の気持ちを、引き上げてくれた。
調べたら、英語で言う「very」に近い意味で使われたのだと分かった。要するに、三笑堂のチーズスフレが「とっても大好き」なんだ、とケリーさんは言いたかったわけだ。
どこで習ったら、そんな言葉が日常会話の自然な流れで飛び出すんだ?
ケリーさんがやってきた日本語学習と同じものをやれたら、楽しそうだなぁ!
その考えが、しばし妹との気持ちの溝のことを忘れさせてくれた。
~episode 3へ続く~
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