第36話



 次の日の朝、いつも通りに四人で囲む朝食の席。


 しかし最近までの無言の時間では無くて、和やかな会話が繰り広げられていた。


「今日は良い朝だね。天気も良いし、清々しい一日になりそうだ」


「ええ、そうね。今日は、みんな早く帰ってこられるのでしょう? 私はたくさんごちそうを作るから、冷める前に食べられるようにしましょうね。ああ、腕が鳴るわあ」


「きちんと早く帰れるようにします。なあ、美朝」


「ええ。もう走る勢いで帰ってきます。心配しないでください、お母様」


 外の天気は、嵐かと思うぐらいの豪雨だった。

 どこか遠くで雷が鳴っていて、下手をすれば学校が休校になりそうなぐらいの荒れ模様。


 しかし四人の目には、外の景色がまるで快晴のように見えていた。

 そして雨が窓ガラスを打ち付ける音が、メロディのように耳に入る。


 そのおかげで久しぶりの食事は、楽しい時間で終わった。


「それじゃあ行こうか、美朝」


「ええ、行きましょうか。お兄様」


「今日体育あるけど、何するんだろうな。体育館で自由行動だったら、どうしよう。そういうのを決めるのは苦手だ」


「もしもそうなった時は、体育館にあるものを使って、いかに敵を倒すかというシミュレーションをするのはどうですか? ラケットとかボールとか、殺傷能力の高いものから低いものへと変えていく感じで。もしも授業中に、不審者が入った時にどうやって撃退するか考えるのも楽しいと思いませんか」


「それは良いね」


 食べ終わった子供達は、一緒に学校に行くために立ち上がる。

 昨日の時点で学校の準備は終わっているので、スムーズに部屋から出て行った。


 仲良く話す姿を見送ってから、尊と美夜は寄り添いあう。


「いつも通りに戻ってくれて良かったわ。やっぱり仲良くしている姿が一番ね。思ったよりも早く終わったことに感謝しましょう」


「ああ、二人が話をしていない間は心配だった。元に戻るとは思っていたけど、もしもという状況があるかもしれなかったからね。とにかく上手くまとまってくれて良かった良かった」


「あなたのおかげもあるわね。見守ってあげたのだから、子供達ものびのびと好きなことをやれたのよ」


「いや。美夜の優しさが、伝わったんだろう」


 二人は子供が見ていないから文句を言われないので、長い時間キスを交わしていた。

 何だかんだ言っても心配していたのだ。

 それが無くなったのだから、安心してイチャイチャしていた。


 そんな空気を切り裂くように、屋敷のとある一室から獣の声が聞こえて来た。

 しかしそれは怒っているというよりも、歓喜の声を上げているような感じだった。

 恐らく昨日の食事が、満足のいくものだったからだろう。


「エサが欲しくて泣いているみたいね。あの子も頑張ったのだから、いいものを買ってあげましょう。美朝のためのサプライズプレゼントだから、大事に大事に可愛がらなきゃね」


「そうだね。しかも尊のためにも頑張ってくれたんだから。ご褒美をあげるべきだ」


 その鳴き声を聞いた二人は、キスを止めてしばらくの間笑い続けた。



 尊と美朝が一緒に登校するのを、再開している。


 その姿は、近所の人学校の人を含めた全員を驚かせた。


「え、また魔女と一緒に登校している。あの女がいない! やっと諦めたのね!」


「やった! やっぱり信じていれば、救いはあるわ!」


 しかし驚きは、すぐに喜びへと変わった。

 美朝がいることは嫌だが、今までいた最も邪魔な存在である姫華がいなくなったのだ。

 それだけで、狂喜乱舞するほどの喜びだった。


「昨日は何故か元気になっていたけど、きっと空元気だったのね。あー、良かった」


「やっぱり身の程をわきまえたら、尊君と一緒にはいられないよね」


 全く状況は理解していなかったが、いないというだけで彼女達には充分だった。


 好き勝手に、姫華の悪口を言い始めている。


「それにしても、どこに行ったんだろう。もしかして尊君に振られでもして、恥ずかしくて学校に来られなかったりして」


「何それ、ウケるんですけど。そうだとしたら、二度と学校に来られないでしょ。賭けに買った人、いっぱいいるんじゃないの」


「そうだね。私も賭けておけば良かった」


 それぞれ言っている言葉は違うが、似たような内容だった。

 そして姫華がいないことに対する心配は、誰もしないまま会話は終わる。



 彼女の価値は、そのぐらいのものだったというわけだ。


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