第34話



「全く驚いたわよお。帰ってきたら、扉の前に座って話をしているんだから。床に座るのは、汚いから駄目よ。制服の予備はあるけど、洗濯するのはあなた達ではないでしょ」


「そうだ。仲良く話しているのは構わないが、他の人の迷惑を考えなさい」


「……はい、ごめんなさい」


「ごめんなさい」


 一緒に帰って来た帝と美夜は、子供達を発見するとすぐさまお風呂に入るように促した。

 まだ話は途中だったのだが、二人の顔が恐ろしくて素直に従った。


 尊、美朝の順にお風呂に入った後は、絶賛お説教の真っ最中である。

 帝も美夜も怒っていて、冷静なぶん質が悪かった。


「それで、どんな話をしていたのかしら? 夢中になるぐらいだったのだから、重要な話をしていたのでしょう」


 普段あまり怒らない人が怒ると、恐ろしさは増す。

 尊は怒られ慣れていないので、どうしたら良いのか戸惑ってしまう。

 謝ればいいのか、反省すればいいのか、次の行動に迷ってオロオロと視線をさまよわせるだけしか出来ない。


「えっと、えっと……話っていうのは……」


「お兄様の悲願が達成したので、その報告をしていました。達成したばかりで部屋を出て話す余裕が無くて、ごめんなさい」


 しかし何とかいつもの余裕を取り戻した美朝が、言い訳という名の説明を始める。

 尊はほっと息を吐いて、妹のたくましさを尊敬した。

 彼も彼で強いはずなのだが、彼女は別の強さを持っていた。


「あらあら、そうだったの! それなら早く言ってくれれば良かったのに。今日これからじゃ、お祝いの準備に時間が足りないわ」


 そしてその言い訳は、意外にも効果があった。

 怒っていた美夜は、喜びの表情を浮かべて手を合わせる。


「初めてのお祝いだから、腕によりをかけて準備したかったのに。クオリティを求めるなら、今日すぐにじゃなくて明日か明後日の方が良いかしら。尊はどちらがいいの? 今日すぐにやってもらいたい? それとも準備をちゃんとしてからの方が良い?」


「お母様が好きな方で、お任せします。僕としては、お母様特製の料理を作ってもらえたら嬉しいですけど」


「もう。遠慮しなくていいのよ。それじゃあ今日はいつも通りで、明日か明後日にたくさんごちそうを作りましょう」


 すでに彼女の頭の中には、お祝いのことしか考えられなくなったみたいだ。

 怒っていたことも忘れて、準備のために頭を働かせている。


「明日か明後日にお祝いだね。分かった。それじゃあ今日は時間があるだろう。二人で、綺麗に汚した制服を洗いなさい。出来るね?」


「はい」


「きちんとやります、お父様」


 美夜はいつもの様に戻ったが、帝がまだだった。

 ニコニコと人好きのする笑みを浮かべているのに、何故かものすごい威圧感があった。


 さすがの美朝も頑張って笑ってはいたけど、こめかみに一筋の汗が流れた。

 極度の緊張の中、何とか返事をすればやっと彼の態度も和らいだ。


「それならよろしい。そういえば、尊。どうやって、その決めた子を消えさせた? 家にいたってことは、家にあるものを使ったはずだ。跡形もなく消し去れるものなんて、この家にあったか?」


「あ! そ、それは」


「どうした尊? 急に顔色が悪くなって、汗もすごいぞ。……まさか」


 威圧感が消えたおかげで、場の緊張は無くなった。

 しかし次の言葉に、尊の態度は豹変した。


 汗がだらだらと流れて、明らかに動揺しだした。

 それに気づいた帝が、不思議に思って首を傾げる。


 どうして、そんなことになったのか。彼はすぐに一つの可能性に行きついた。


「おおお父様、その話について今はしない方が」


「……全く。こういうことをする時は、私にだけでも良いから相談しなさい。今回は大丈夫そうだが、何かあったら大変だろう」


「ごめんなさい。気をつけます」


 何が起こったのか理解した帝は、尊をたしなめた。


 たしなめられた尊は、素直に謝罪をする。

 大きなため息を吐いて少し眉間を寄せたが、一応は許してくれたみたいだ。尊は心の底から安堵する。


「何の話ですか? 私にも分かるように説明してもらえません?」


「い、いや。美朝は知らなくても良い。特に大した話しては無いからな」


「そうだよ。男同士の秘密ってものだよ」


 一難去ったかと思われたのに、美朝が二人の会話の内容を詳しく知りたがってしまい、まだ難は残っていた。


「そういう風に仲間はずれにするのは、酷いと思いますけど。私には知られたくないようなら、仕方が無いですよね」


「ぐっ」


「うっ」


 二人は本気で焦りながら、何とか知られないようにした。それが上手くいったかと思われたが、良心をチクチクと攻撃されて胸を抑える。


 どちらも美朝を溺愛しているので、秘密のままにしているのは辛かった。

 だから内緒に出来なくて、全てを話してしまいそうになったのだが。


「美朝、二人が内緒にしておきたいと思っているのだから、諦めなさい。人の秘密を暴こうとしたい気持ちは分かるけど、やりすぎは良くないでしょ」


 その前に準備のことを考え終えた美夜が、間に入ってそれを止めた。


「はい、お母様。分かりました」


 二人を追及するつもりだったが、美朝は美夜の言葉に渋々諦める。


 こうして、美朝へのサプライズという秘密は守られた。

 前々から用意をしていた帝も、それを台無しにしかけた尊もほっとする。


「あなた達も、この話はもうお終いで良いでしょ。それよりも、もっと違うことを話しましょうよ。例えば、尊とその子の出会いとか」


 美夜のおかげで、その場は家族のだんらんへと変わった。

 穏やかに話をしながら、みんなで笑いあっていた。



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