第33話


 まるで子供の時のように手を繋いで、二人は安心する。

 その顔は本当に穏やかだった。


「まあ、何とか他の人の怒りを煽って、彼女に全てを向けさせることは上手くいった。彼女自身も協力してくれたから、やりやすかったね」


「協力したというよりも、元々持っていた性格の悪さだったような気がしますが」


「いや、可愛らしいものだったよね。あんなにも必死になって、僕に取り入ろうとしていたんだから」


 しかし話している内容は、全く可愛らしいものでは無い。

 お互いに姫華の下心には気づいていたみたいで、そのことについても盛り上がった。


「それは思いました。彼女、バレていない自信があったみたいで。見ていて、とても面白かったです。私を煽ってこようともしていましたけど、幼稚なやり方過ぎて笑ってしまいそうになりました。あの時はきっと、私を負かしてやったとか思っていたんでしょうね」


「そんなことがあったの? 煽って来たって、どんな感じで?」


「お兄様のせいでもありますからね。お兄様があれを渡したから、女子の皆さんは怒ったんですよ」


「え、何で? 何でそれで怒るの?」


「……はあ、そういうところは、たまにお兄様が馬鹿らしいと思ってしまいます」


 尊は天然なのか、それとも気づいていないふりをしているのか。

 本気で、女子が怒った理由が分かっていないらしい。

 彼のその様子をどう捉えていいのか、美朝は深いため息を吐いた。


 そんな彼女の様子に対しても、特に何かを感じなかったみたいだ。

 首を傾げながら、自力で考えてみようとしている。

 しかし思いつかなかったみたいで、その内諦めた。


「そういえば、どういう風に最後はしたんですか?」


 尊が諦めたのを見た美朝は、話題を変えることにした。

 そうしないと、いつまで経っても終わらないと感じたからだ。


「ん? ああ、美朝は知らないの? ……そうか、これはまだ秘密にしなきゃいけないものだったってわけだ。だから二人は、前から何かを隠そうとしていたのか。それじゃあ、僕が話すのは絶対に駄目だよな」


 せっかく話題を変えたのだが、また彼は深く考え込んでしまった。

 美朝は少ししか言っている内容が聴こえず、どうしてそんなに考え込むようになってしまったのか見当もつかなかった。


「きっとサプライズしようとているから、今日やったのも怒られる可能性がある。知らなかったとはいえ、勝手に食べさせたのはまずかったな。ああ、ちょうどいい所にいたから使ったけど、まさか美朝のだったなんて……」


 落ち込んでいるとはいえ、美朝に聞こえないギリギリの音量で呟いたのはさすがだった。

 彼女も聞き取ろうとしたけど、全く隙が無いのでそっとしておくことにした。

 そうして、ひとしきり呟いていた尊は、何とか落ち着いたのか彼女の方を見た。


「話を変えようか。そういえば本当に悪いんだけど、またあのチャームを作ってくれないかな? 一緒に消えちゃったから、取り返せなくなっちゃって。せっかく美朝が作ってくれたのに、本当にごめん」


「気にしないでください。作るのには時間がかかりますけど、やっている時は楽しいですから。材料もお母様がそろえてくれるでしょうから、大丈夫ですよ。他にも作りたいものがありますから、完成して渡すまで期間を設けてくれるなら」


「美朝のやりたいように、やってくれたらいいよ。たぶん、そこまですぐに必要にはならないだろうから」


 今度は、彼の方が話題を変える。

 呟きの内容を聞きたかった彼女だったが、話してくれないと察して彼に乗った。


 尊が姫華にあげたチャームは、美朝お手製のものだった。


 それがどんな効果をもたらすのか、今回のことで実証された。

 彼女が作っている最中に、何を込めたのか。それは呪いだった。

 チャームを身につけている人に、たくさんの不幸が舞い込む様にとのまじない。

 身に着けていればいるほど、そのまじないは更に効果を増す。


 このおかげでチャームをつけていた姫華は、様々な不幸が訪れた。

 一つ一つは小さいものだったが、積み重なって彼女を苛めた。

 それをつけている者に近寄った人間も、不幸は訪れる。


 だから美朝は、姫華に近づこうとしなかった。

 彼女に近づいたら、自身にも不幸が訪れると分かっていたから。


 そして姫華の最後にも、このチャームは関係していた。

 チャームは不幸を呼び寄せる。

 それを見える位置に出していたので、部屋の中にいたものも彼女を真っ先に狙った。

 全てはあらかじめ決まっていた結末に向かって、進んでいたのだ。


 どうして、尊の身は大丈夫だったのか。

 それは美朝にも分からないが、彼には何故か不幸が訪れない体質なのだ。

 美朝がチャームに込めた呪いを、尊は完全に跳ね返す。


 天性的な幸運体質なのだと、彼女は予想した。


「今度は、もっと気持ちを込めて作りますね。お兄様にも不幸が訪れるような、そんなものを」


「それは、とても楽しみだな。僕にも不幸が訪れる様になったら、面白いことになるはずだ」


「姫華さんの時も、訪れていた不幸は小さすぎましたからね。もっともっと、大きな不幸が降りかかるように、ね」


 現在の彼女の目標としては、尊に不幸を届けるチャーム作りだ。

 それが出来るかどうか、美朝の腕次第なのだが。

 美夜にも協力を仰いで、最高のものを作る気だった。


 そのために彼女は、姫華には近づかないようにしていたが、遠くから観察していた。

 どんな不幸が、どの頻度で起こるのか。

 その結果をまとめたノートは、彼女の部屋にある机の鍵がかかった引き出しの中に入っている。


「そういえばお兄様、成就する前には教えてくれるって言いましたよね。私、教えてもらった覚えがないのですが。嘘をつきましたね」


「嘘なんてついていないよ。ちゃんと昨日、部屋に行って教えた。忘れたの?」


「……お兄様、あれでは分かりづらいです。どう考えたって、私に対する宣戦布告にしか聞こえませんでしたから」


「そう? いい感じに言えたと思っていたんだけどな」


 いつしか話がそれて、いつの間にか姫華のことなど忘れ去っていた。

 彼女のことよりも、つかの間の兄妹としての会話が重要だった。


 だから帝と美夜が帰ってくるまで、二人はそのままで話を続けていた。



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