第32話



 その表情のまま、彼に連れてこられた先には、今まで彼女が見た中で一番豪華な扉が待ちかまえていた。


 装飾に本物の金が使われているのか、扉だけでも相当な値打ちがありそうだ。

 扉だけでも凄いのに、中には一体何が待ち受けているのか。


 彼女の背筋が伸びた。

 尊は扉を開けるために彼女から手を離して、ドアノブに手をかける。


「み、尊君。この部屋の中には、一体何があるの?」


 彼の言う特別なもの、それが知りたくて彼女は尋ねる。


「それは開けてからのお楽しみかな。言ったら、驚きが半減しそうだから」


 しかし、彼は教えてくれないみたいだ。

 たしかに彼の言うことにも一理あるので、仕方なく教えてもらうのは諦めて、扉を開けるのを待った。

 それから少しの時間が経つが、彼が扉を開ける気配がない。


「尊君? 扉、開けないの?」


 早く中が見たい彼女は、とうとうしびれを切らして催促をする。


「うーん、そうだね。開ける前に、言っておこうかなと思って」


「言っておくこと?」


 そうするとドアノブを握っていた尊は、少しだけ困ったような顔をして笑い彼女を見た。

 その顔は初めて見るもので、嫌な予感を彼女をひしひしと感じる。

 何かとてつもなく恐ろしいことが起こりそうな、そんな予感。


「出会って一週間と数日だけど、意外に楽しかったよ」


「尊君っ、ちょっと待って……!」


「今までありがとう。……さよなら」


 しかし予感がしたところで、全てが遅かった。

 扉を開けようとした彼を止めようとしたが、無慈悲にも彼は別れの挨拶を言って開けた。


 扉の向こうは闇だった。

 光の無い、どこまで先も真っ暗。

 そこから伸びて来た何かが、彼女にまとわりつきすさまじい力で引き寄せた。


 最後に彼女が見たのは、黒ではなく赤だった。

 黒い部分から裂け目が入って、真っ赤な口が彼女を出迎えたのだ。

 彼女の体は丸ごと飲み込まれ、部屋の中には真っ黒な空間が戻った。


 それを確認すると、尊は中にいるものを刺激しないように静かに扉を閉めた。

 そして服が汚れることは構わずに、扉の前にしゃがみ込む。

 手で顔を覆っているため表情は見えないが、彼の体は震えていた。


 恐怖からの震えかと思われたが、すぐに違うのだと分かる。


「……ふはっ、はははっ、上手くいった。あはははは」


 手で隠し切れなかった隙間から、覗いた彼の顔は笑っていた。

 耐えきれずにこぼれた声は、楽しさを隠していなくて。

 今まで見せていた穏やかな姿など、どこかに消え去っていた。


「あははははははは。あの顔は良かったな。時間をかけた甲斐があったよ」


「……お兄様?」


「あははっ……ああ、美朝。おかえり、今日は遅かったんだね」


 そうして笑っていた彼に、ようやく家に帰って来た美朝が気づいて話しかけた。

 話しかけた途端、笑いを引っ込めて彼女の方を向く。

 しかし喜びが全く隠し切れず、その笑みは獰猛な種類のものだった。


「ただいま。私が遅いというか、お兄様のクラスが終わる時間が最近早いんですよ。いつも通りですから」


「そうなの? まあ、それはどうでもいいか。それよりも明日からは、一緒にまた登下校しようね」


「……終わったんですか」


 普段とは全く違うのに、彼女に戸惑った様子はない。

 むしろ、それが当たり前だと受け入れていた。


 尊の言葉に、美朝はすぐに何の話か理解したのか、安堵した顔を見せる。

 ほっと息を吐いて力を抜き、彼の隣に座り込んだ。


「ああ、全て終わった。上手くいったよ」


「……それは良かったです。何て言ったって、お兄様が初めて獲物認定した方でしたからね。無事にいって何よりです」


 二人で並んで座り、久しぶりに穏やかな空間で会話をする。


「美朝にも、たくさん迷惑かけたよね。いくら目的を達成するためとはいっても、色々とやりすぎたよ」


「別に構いません。お兄様を優先させることが、大事でしたから。今までに無い経験も出来ましたよ」


 美朝はスカートの裾をなおして、いい位置で座った。

 まだ立ち上がらず、話を続けるみたいだ。


「それで、どうでしたか? 初めてやった感想は?」


 彼女は落ち着かない様子で、スカートを触ったり髪をいじったりする。

 この話をすることは、彼女にとって少し緊張するものみたいだ。

 だから忙しなく体を動かす。


「そうだな。思っていたよりも大変だったよ。周囲を爆発させないように、でもギリギリのところで煽らなければならなかったし」


「それはこちらも大変でした。もしも大爆発を起こした時のために、一応予防策は取っておいたんですよ」


「そうだったの? ありがとうね」


 彼はそんなに美朝を落ち着かせるために、そっと尊は彼女の手を握った。

 姫華の時とは違い、その手には優しさが満ち溢れていた。


 こんなことをされたら振り払っていただろうが、今だけは受け入れている。

 それぐらい彼女も、今回のことがストレスになっていたみたいだ。


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