第31話



 先に帰った尊達は、美朝が女子の集団を相手にいている間に、すでに丘を登っていた。


「大丈夫? 辛くない?」


「大丈夫! このぐらいなら、むしろ景色が綺麗だから、楽しくてたまらない!」


「それなら良かった。もう少しで着くからね」


 登りながら、尊は姫華の心配をする。

 それに対して彼女は、握りこぶしを作って答えた。

 丘は少し急斜面の坂を登らなければならないが、まだまだ余裕はありそうだった。


 彼女にとって丘を登る辛さよりも、彼の家に行けるという嬉しさが勝っている。


 だからいつも登っている尊に負けないぐらい、歩くスピードは速い。

 そういうわけで普通の人が登るよりも速く、屋敷へとたどり着いた。


 屋敷の外観はお化け屋敷という感じではなく、手入れが行き届いているのでとても立派だった。

 見上げなければならないほど大きいので、姫華は自然と驚きの声を上げた。


「……すごい、すごいね。大きい」


 彼女の家とは比べ物にならないほど、凄まじかった。

 しばらくボーッと見てしまって、尊が心配そうに声をかける。


「大丈夫?」


「あ、えっと。えっとごめん。ほ、本当に中に入っても、大丈夫なんだよね。家の人はちゃんと許可してくれているんだよね?」


「どうしたの急に。そんなに心配しなくても、ちゃんと許可はとったよ」


 声をかけられて覚醒した彼女は、慌てて中に入っても大丈夫なのか確認する。

 屋敷から放たれているオーラに、気圧されてしまったみたいだ。


 豪華なのだが、少し怖い雰囲気もある。

 それが下心のある姫華には、たしなめられているように感じた。


 まだ、ここに来るのは早かったのではないか。

 そう思ってしまうぐらい、家に行きたい気持ちがしぼんでしまった。


「そんなに緊張しなくても良いって。ほら、行こう」


 それでも尊に手を差し伸べられれば、現金にも胸が高鳴る。

 彼女は恐る恐るその手に、自らの手を重ねた。


 二人が屋敷の中に入っても、出迎える人はいなかった。


「あれ? 家の人は? 挨拶した方が良いよね」


「ん? ああ、まだ帰ってきていないみたい。だから、挨拶しなくても大丈夫だよ」


「えっ! いないの?」


 姫華が一応、挨拶をするべきかと所在を訪ねたのだが、まさかの誰もいないという答えに驚いてしまう。


「二人きりの方が、何かと都合が良いと思ったんだけど。もしかして嫌だった?」


「いや、嫌じゃないよっ。ただびっくりしただけ。えっと、それじゃあ、どこの部屋に行くのかな?」


 二人きりという状況は今までにあったが、こうなると途端に緊張する。

 彼女は急に視線をさまよわせだして、みるからに挙動不審になった。

 それでも、何とか彼の方を向く。


「両親が帰って来るまで、家の中を案内するよ。きっとそうしている間に、美朝も帰ってくると思うし」


「あ、そうだね。案内してくれるなら、お願いしようかな。このお屋敷全部を見て回ったら、一日じゃ終わらなそうだね」


「そんなに大きくないよ。大げさに言いすぎ」


 尊は謙遜しているが、本当に一日では終わらなそうなぐらい広い。

 彼女は天井にあるシャンデリアにも埃が無いなと感心しながら、少し現実逃避をして会話をしていた。


 今更ながらに気づいたのだが、彼女は未だに尊と手を繋いでいる。

 その感触の柔らかさに、恥ずかしくなってしまった。

 だからそっと外そうとしているのだが、何故か彼の手は離れない。


 結局手を繋いだまま、中を案内されることとなった。


「ここが客室、といっても全く使っていないけど。……隣も客室。やっぱり使っていない」


「客室だけでもいっぱいだね……す、すごい。何部屋あったのか、もう覚えていないよ」


 部屋の扉を開けて中を見て、入らずに次の部屋を見る。

 こういう風な案内なのだが、それでも大分時間がかかっている。


 全てが綺麗に整えられた部屋は、一つとして同じものは無い。

 しかし量が量のため、少しげんなりとしていた。

 あと何部屋あるのか。終わりが見えなくて、目の前が真っ暗になりそうだった。


「……そうか。客室ばっかりじゃつまらないね。もっと特別な部屋に行こうか。そうすれば、きっと楽しめるはずだから」


「ぜひお願いしたいな!」


 そんな彼女の気持ちを察したのか、客室ばかりを案内していた尊が提案してきた。

 特に反対する理由も無かったので、彼女は勢い良く頷く。


「良かった。そこの部屋だけは、絶対に行っておきたかったから。そう言ってくれて安心したよ」


「そ、そうなの。そこまで言うほど、特別な部屋に案内してくれるなんて……すごく嬉しい」


 未だに手を繋いでいるので彼が強く腕を引けば、彼女はついていかざるをえなくなる。

 スピードを上げたせいで、一度転びそうになった。

 それなのに、彼は心配するどころか更にスピードを上げた。


 さすがに危ないから、もう少しゆっくり歩いてもらうように提案しようとする。

 現に、口を開いて声を出そうとした。

 しかしその前に、逆に彼の方から声をかけられる。


「あのさ。今もネックレス、ちゃんとつけてくれているよね」


「へっ? う、うん。お昼にも見せたけど、お風呂の時以外には外さないから今もつけているよ。ほら」


 急にどうしてネックレスの話題になったのか分からなかったが、彼に見せるために取り出した。

 それを尊は、満足そうに確認した。


「良かった。家族にも見せたいから、そのまま出しておいてもらってもいい?」


「う、うん。良いよ。尊君がそう言うのなら出しとく」


 彼の考えは、姫華には全く想像がつかない。

 それでも断りたくはないので、素直に言うことに従った。

 彼女の胸にはネックレスがあり、動きに合わせてチャームが揺れる。


 太陽の光ほどではないが、シャンデリアの明かりに照らされてキラキラと輝いていた。

 その輝きは、色あせることなど永遠にないのでは、という錯覚を感じさせた。


 まさか家族に見せることになるとは、いつも磨いておいて良かったと、彼女は考える。彼にもらったものを大事にしている、それだけでも印象は良くなるはずだ。

 さらに一歩、彼との距離が縮まった嬉しさから、自然と顔がにやけていた。


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