第30話



 昼休みが終わり教室に戻る道中で、二人はたくさんの視線に晒された。

 その大半は女子からのもので、姫華に向かって殺気を放っていた。


 二人の情報は、プライバシーという言葉が機能していないぐらい筒抜けだった。

 だから朝から調理実習の時間まで、全てのことが知られていた。


 もしかしたら、尊が告白したのかもしれない。

 それが本当でも間違っていても、女子にとって関係なかった。

 ただ姫華の存在は、もう我慢できないぐらい邪魔になっていたのだ。


「本当、どの面下げて尊君の隣にいるんだろう」


「ブスのくせに生意気」


「自分が釣り合っていると思っているなら、自意識過剰過ぎて笑える。私だったら、恥ずかしくて学校来られない」


 もはや気を遣うことも無くなって、わざと聞こえるように悪口を言う。

 その中身は姫華に対してだけのものばかりで、尊を悪くいう声は全くなかった。


 もちろん悪口は耳に入ってくるので、姫華は下唇を噛んだ。

 そうしないと、彼の前なのに暴言を吐いて応戦してしないそうになったからだ。


 下心込みで彼に近づいたとはいえ、彼女は仲良くなるために努力を重ねていた。

 そうして手に入れた地位を、何もしていない人が羨ましがって文句を言うなんて馬鹿なんじゃないかと思った。


 文句を言う前に、努力をしろ。

 悪口を言う人に対して、彼女は内心でそう反論して自分を抑えた。


 この悪口の声が尊には聞こえていないようで、彼は姫華に話しかけるだけで何も言おうとはしなかった。

 こうして女子に悪口を言われ続けたまま、彼女は午後の時間を過ごす羽目になる。



 彼女にとって辛い時間は、とても長く感じられたが終わった。

 授業よりも、悪口を受け流す労力を使ったせいで疲れていた。


「それじゃあ行こうか」


 それでも尊の家に行けるということで、すぐに疲れはどこか遠くへ吹っ飛んでいった。


「う、うん!」


 今までで一番早く帰り支度を済ませると、大事なものだけを詰めたカバンを背負う。

 彼はすでに用意を終わらせていて、彼女が終わると歩き出した。


 二人で並んで帰る姿は珍しいものでは無いのだが、ハンカチを噛み締めて見ている人が多い。

 それは未だに、尊が告白をしたかもしれないと誤解しているからだった。

 誰も否定しないし、嘘だという情報もまわらないせいで、その誤解をしている人が大多数を占めている。


 そんなことになっているとは露知らず、二人は仲良く帰っていった。



 尊のクラスよりも、美朝のクラスの方が今日は遅く終わり、彼女は何故か女子の集団に囲まれていた。


「……なんで私がこんなことに」


 ぐるりと四方を囲まれ、逃げ場はなかった。

 そして不気味なのは、女子が一言も発していないことだ。


 この状況が出来上がった経緯は、ホームルームが終わり教室から出た彼女を、有無を言わさずに校舎裏まで引きずったという単純なものだった。

 奇しくも現在いる場所は、昼休みに尊達がいたところのなのだから、偶然というのはよく出来ている。


 連行される間も何も言われず、ここに来てからも誰もが口を閉じたまま。


 彼女がそう呟いてしまうのも、仕方の無いことだった。


 四方を囲まれてはいるが、どこかに隙を探して逃げてしまおうか。

 進まない状況に、そんなことを考え始めた頃、ようやくリーダー格の女子が話し出した。


「どうにかしてほしいんだけど」


「……は?」


 しかし主語のない言葉に、美朝は眉間にしわを寄せて聞き返す。


「だから! あの女! どうにかしろって言っているの!」


「……はあ」


 聞き返した途端、声を荒らげる女子。

 怒鳴り出すが、やはり言葉は足りなかった。

 頭に血が上りすぎて、脳みそが駄目になってしまっているようだ。


 それでも、あの女というキーワードで、美朝は何のことなのか察した。

 彼女の耳にも、姫華が元気になったという話は届いていた。

 だからこの状況になることも、予想していなかった訳では無い。


 しかし、まさか今日だとは思っていなかった。

 恋をしている女子の行動力を、甘く見ていた証拠だ。


 色々なところに地雷がありそうな彼女達に、どう言った言葉をかけるべきか。

 昨日の尊との会話の反省を活かして、下手なことは言わないようにしようと思っていたのだが。


「黙っていないで何か言いなさいよ!」


 その言葉を探している時間さえも、彼女たちにとっては我慢ならなかったようだ。

 さらに一歩つめよって、恐ろしい顔を近づけてきた。


 言っても怒るし、言わなくても怒る。

 それなら、どうするのが正解なのか。

 彼女は会話が面倒すぎて、げんなりとしていた。


「何もしないから、調子に乗って尊君に付きまとうんでしょ! しかも今日は二人きりで、大事な話をするって! ありえないでしょ!」


「本当! 調子乗りすぎだよね!」


「もう何で学校に来るの!」


 もう、美朝はいなくてもいい気がする。

 彼女を置いてヒートアップしていく会話を聞きながら、彼女はそっと下を見る。


 たくさんの靴は、ローファーからスニーカーなど様々な種類があって、彼女の兄を好きな人には色々な種類がいるのだと分かる。


 そんな現実逃避をしていた彼女は、靴と靴の間隔に隙間があるのに気づいた。


 そこからなら、無理やり行けば通れそうだ。


 そう判断したら即行動で、彼女は気づかれないように少し姿勢を低くすると、怒鳴っている人達に向かって声をかけた。


「お話が盛り上がっているところで悪いんですけど、私はそろそろ帰りますね。……それと、一つだけ言っておきます。その憂いは早めに晴れますよ」


「なっ、ちょっ! 逃げられた!」


 言った人が戸惑っている間に、彼女は隙間を通って逃げた。

 そのスピードは誰にも止めることが出来ず、彼女の後ろ姿を眺めるだけだった。


 残された人達は、呆然としながらつぶやく。


「何を言っているか、全然聞こえなかったんだけど」


 姫華の悪口を言うのに夢中になって、美朝の言葉を全く聞いていなかった。

 だからこそ消化不良の気持ちを抱え、どこに発散すればいいのか途方に暮れていた。



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