第29話



 それからも、犠牲者はどんどん増えていった。

 無理はない。再び回復した姫華によって、今まで以上にあおられたのだから。


「尊君。タマネギ切っていたら、涙が止まらなくなっちゃった。尊君は平気なの? すごいね」


「こういうのは慣れているから。大丈夫? 辛いんだったら、僕が全部やっておくよ?」


「大丈夫大丈夫。……こうして二人で並んで料理をしていると、何だか新婚さんみたいだね」


 調理実習のグループは、別に二人だけなわけではない。

 他にも三人いるのだが、もはや空気みたいな存在になっている。

 調理の方は任せて、片付けをしたり存在感を消したりしていた。


 彼等の心の中には、何故一緒のグループになってしまったのかという後悔で満ちあふれている。


 別グループの生徒も、二人の様子を伺うのに必死で、自分達の調理に集中できていない。

 そのせいで尊のグループ以外は、全く進んでいなかった。


 見回っていた先生も、集中させるのは無理だと深いため息を吐いた。

 しかし姫華もそうだったのだが、今日はお昼を持ってこなかった生徒が大多数なので、作らせなくては終わらせられない。


 こうして楽しいはずだった時間が、二人のせいで大変なことになってしまった。

 結局先生の機転で、二人の姿が見えないように席替えをして、なんとか目標時間内に全グループが終わるようにした。


 レシピ通りに作ったので、大体どのグループも同じ味のはずなのだが。


「美味しいね。尊君が野菜を切ったからかな。人参はあまり好きじゃなかったけど、すごく美味しく感じる」


「僕が切ったからじゃないよ。姫華さんの腕が良かったおかげだね。とても美味しい」


 お互いを絶賛しながら食べていて、周囲のライフポイントをゴリゴリと削っていく。

 尊すらも、まるでバカップルのような会話を繰り広げ、女子の中には彼に対しての憧れが薄れていきそうになっている人もいた。

 しかし、全くやめる気配は無かった。


 こうして二人以外には、とても長く感じられた時間はようやく終わりを迎えた。

 しばらくの間、動けなかった人を置いて尊達は仲良く話を続けて家庭科室を出る。


 調理実習が終わると、すぐに昼休みなので教室ではなく外に行くらしい。


「ボリュームがあったから、お腹いっぱい。購買は残念だけど、次の機会だね」


「それは残念。でもお腹いっぱいなのに、無理やり食べさせるわけにはいかないか。それじゃあ散歩がてらに、少し外を歩こう。……話もあるから」


 廊下に出ても、家庭科室が静かなせいで二人の会話が聞こえてくる。


「……え。話って何? 今すぐには言えないことなの?」


「うん、あまり人目がある所ではちょっと。二人きりの時に話したいんだ」


 聞きたくないものまで、動けない人の耳に自然と入った。

 そしてその会話の内容に、女子は大きく動揺する。


 尊の言う大事な話とは、どんな中身なのか。

 彼の言い方からだと、嫌な想像しか出来なかった。


「……ね、ねえ。尊君の話って」


「それは言っちゃ駄目! 言ったら本当になっちゃう気がする!」


「そうだね。い、嫌な想像しちゃった」


 声には出さなかったが、全員の考えは一致している。

 大事な話というのは、もしかしたら告白なのではないか。

 そんな想像はどんどん膨らんでいき、最終的に結婚式に呼ばれる所までいったのだから、想像力が豊かな人が多い。


 話の続きを全員が聞きたいと思っていたのだが、二人は遠ざかっていくので声も小さくなる。

 結局、どんな話をされるのか分からないまま、二人の気配はどこかに消えてしまった。


 後に残ったのは、屍のようになった人達だけだった。



 外に出た尊達は、人のいない場所を探して歩き回っていた。

 そして見つけたのは、校舎裏のじめじめとした場所だった。


 そこは誰も来る人はいないはずなのに、何故かベンチが一つだけある。

 そこに尊がハンカチをしいて、彼女を座らせた。

 紳士的な行動に胸をときめかせながら、静かに座ると上目遣いに彼を見つめる。


「それで……話って何かな?」


 彼女の顔には、期待という文字が大きく書かれていた。

 彼女も尊が言う大事な話が、告白だと思っていた。

 だからとびきり可愛らしい表情を作って、次の言葉を待った。


 尊は首を傾げて、ゆったりと笑う。

 そして、その形の良い唇から言葉を出した。


「うん。前に姫華さん、家に来たいって言っていたよね。前は断ったけど、今日遊びに来ない? 両親にも許可はとってあるんだ」


「あ……えっと、そっか。そういうこと。う、うん。遊びに行きたいな」


 その言葉は、姫華の期待していたものでは無かった。

 だからこそ、少し表情が強張る。

 しかし家に遊びに行きたかったのは事実なので、気持ちを切り替えて頷いた。


「それなら良かった。それじゃあ学校が終わったら、そのまま一緒に家に行こう。もしかしたら家に一度帰りたいかもしれないけど、善は急げって言うからさ。そういう感じで、大丈夫かな?」


「大丈夫だよ。尊君の家に行けるなんて、私は幸せ者かも。そのまま一緒に家に行く感じで良いよ」


 仲良くベンチに並んで座って、二人は家に行くための計画を進めていく。

 そしてあらかた立て終えると、何も話すこと無く遠くを眺めた。

 一緒にいるうちに、いつしか無言の空間でも気まずくなくなっていた。


 そのまま時間が過ぎ、辺りに聞こえるのは木々を揺らす風の音だけだった。

 しかし何の前触れもなく、姫華は口を開いた。


「ねえ、尊君。一つだけ聞きたいことがあるんだけど」


「聞きたいこと?」


「そう。大したことじゃないの。でもずっと気になっていて」


 彼女は尊の方を見たが、彼は前を向いたままだった。

 それでも構わず、話を続けた。


「どうして私に、これをくれたの?」


 服の中にしまっていたネックレスを取り出し、姫華はチャームを太陽にかざす。

 もらってからずっと磨いていたので、太陽の光に照らされてまるで新品のように輝きを放つ。


 その様子を一瞥した尊は、すぐに視線を戻した。


「そうだね。一言で表すと、運命だと思ったからかな。それを昔から、誰かに渡すのは決まっていた。そして僕はイメージしていたんだ。渡すならこういう人がいいって。そのイメージに、姫華さんはピッタリ当てはまったんだ」


「そうなんだ。……運命ね。私も尊君を初めて見た時、電流が走ったような感じがしたよ。これも、きっと運命だよね。私達、お互いに運命を感じていたんだ」


 姫華はチャームを見ながら、心の底から幸せだという笑みを浮かべた。

 キラキラと輝き続けているそれが、彼女の心を表しているようだった。


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