第28話



 次の日、姫華は清々しい気分で目を覚ました。

 尊が守ってくれると分かってから、今まで落ち込んでいた彼女の気持ちは輝きに満ち溢れていた。


 そのおかげで夜もぐっすりと眠れて、目の下にあった隈がいくらか薄くなった。

 現金なことに、肌の艶も良くなったようだ。


 ベッドから起き上がり、大きく口を開いてあくびをすると勢いよく頬を叩いた。

 小気味のいい音が鳴り、彼女の頬は少しだけ赤みを帯びる。

 しかしその少しひりひりとした感じが、今の彼女にとってはちょうどいい。


「今日も、頑張るぞ」


 気合を入れ終えると、ベッドから飛び出るように出た。

 朝食はこの時期の女子らしく、食欲が無いから食べない。

 黒闇家とまではいかないが、平均的な家庭よりは裕福なので、家の敷地は広い。


 だからこそ、親と会う機会を作らなければ関わらないので、彼女を注意してくれる人はいなかった。


 親のことはウザいと思っていたので、交流が無いのは彼女にとってありがたかった。

 親の財力や、コネを使いまくっているのに、どこまでもわがままだ。


 朝食を食べないと時間は余るかと思いきや、彼女は色々とやる事があるのでそうでもなかった。

 特に時間をかけているのは、いかにバレない化粧をするかだ。

 学校は当たり前なのだが、化粧は禁止である。

 先生は守っているか注意を払っているので、上手くやらなければ面倒なことになってしまう。


 姫華の力を使えば誤魔化すことも可能だが、尊にだけはバレたくなかった。

 化粧に対してどう思っているかは分からないけど、美夜も美朝もしていない。

 だから彼女も、していない風を装った方が良いと判断した結果だった。


 時間をかけて化粧を終わらせれば、次は制服だ。

 そのまま着るだけなんて、女子としてはありえないと彼女は思っている。

 リボンの位置、スカートの長さ、シャツのしわ、一つ一つを丁寧に直していけば完璧になる。


「よし、今日も可愛い」


 全身を映している鏡に向かって、彼女は自分自身に笑いかけた。

 鏡の彼女は綺麗に笑い返し、どの角度から見ても可愛いと判断する。


 身だしなみを全て整え終えると、彼女はくるりと一回転した。

 スカートがひらりと翻って、確かにとても可愛らしかった。


 部屋を出ると、広い家の中を誰ともすれ違わずに歩き、玄関に辿り着く。

 誰とも会わないのは、いつものことなので今更寂しさなんて彼女は感じなかった。


 ローファーを履き、つま先を軽く地面に叩きつける。


「……いってきます」


 そして誰に聞かせるわけでもない挨拶を言ってから、家を出た。



 家を出た彼女は、少し駆け足で尊との待ち合わせ場所に行く。


 窮屈で仕方ない家にいるよりも、彼といる時間が癒しになっている。

 だからこそ、早く会いたい。

 その気持ちが前面に出ていた。


 待ち合わせ場所は何となく決まっていて、尊の家がある丘の下。

 そこに、先に来た方が待つという形をとっている。

 大体、姫華が先に来る割合の方が多い。


 しかし今日は、尊の方が早かったみたいだ。


 いつもの場所には、すでに彼の姿があった。

 彼女に背を向けているからか、まだ来ていることに気が付いていない。


 その後ろ姿を見られただけで、彼女のテンションは上がった。


「尊君……」


 昨日までの辛さがあったせいか、感動で涙が出そうになっている。

 それは重いと思われるかもしれないので、慌てて涙をぬぐった。


 彼女は深呼吸をして落ち着いてから、尊に向かって走った。


「おはよう、尊君。もしかして、結構待った?」


 背を向けていた彼の肩を叩き、存在を知らせて挨拶をする。

 そうすれば彼女に気が付いた尊は、顔を輝かせて笑った。


「おはよう、姫華さん。全く待っていないから、大丈夫だよ」


 申し訳なさそうに謝る彼女が気にしないように、彼は手を上げて何てことないように言う。

 その反応をしてくれただけで、彼女の申し訳ないと思う気持ちは消えた。


「今日は家庭科で調理実習をやるんだよね! 楽しみだな。尊君と一緒の班だから、私張り切って作っちゃおうと思う!」


 体調が悪かった時とは違い、今日はテンションも高いので彼女の方からグイグイ話しかける。

 尊はそれに面倒くさそうな顔をせずに、全てに対して丁寧に返事をする。


「そうだね。確かミートソースと、コンソメスープとサラダを作る予定だっけ。料理は普段しないから不安だけど、姫華さんがいるのなら美味しくなるか。僕も楽しみだよ」


「え、えへへ。そう言われると、失敗できないね。尊君のために腕によりをかけるね!」


 彼女は話をしながら、料理の腕を磨いておいて良かったと、努力をした昔の自分に感謝する。

 料理を頑張ったのは、きっと尊に食べてもらうためだったのだ。

 そう考えてしまうぐらいには、今日の調理実習が楽しみになっていた。


 今日は朝から元気になっていたのだが、尊と話している内に更に彼女は輝きを取り戻していく。

 その姿は、彼と初めて会った時と同じぐらいになっていた。


「調理実習があるから、今日はお昼用意していなかったけど大丈夫だよね? きっと、それだけでお腹いっぱいなるかな」


「体育が無いし、たぶん足りると思うけど。もしも足りなかったら、一緒に購買に何か買いに行こうよ。そういえば、まだ行ったこと無かったよね?」


「う、うん! 行く! そんなこと言ったら、お腹すかせたくなっちゃうよ!」


 楽しそうに話している二人の姿は、やはりとても目立った。

 特に姫華が弱っていたことは誰もが知っていたので、元気に話している姿を見て驚いた。


 勝手に潰れていなくなると思っていたのに、その予想は外れてしまった。

 人によっては、今日尊の前に姿を現さなくなるとかけているのに。

 その予想が完全に外れてしまったどころか、回復しているなんて一体どういうことなのか。


 この状況には、最近大人しくなっていた女子のグループトークが久しぶりに荒れた。

 それはもう、罵詈雑言が飛び交うほどに。


 そういったことには参加していなかった人達は、また騒がしくなると頭を抱えたようやく平和な日常が戻ってくると思っていたので、余計に落差が大きかった。


 様々な人の心をかき乱すだけ掻き乱し、二人が通ったあとの道は、様々な意味で地面に倒れ込んだ人の山ができた。

 数分後、その道を通った美朝は、頭が痛いのかこめかみをおさえながら何人かの人の体を踏んで歩いた。



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