第25話



 さて、美朝も二人の関係に深く関わることも出来ず、誰も行動を起こすことをしないまま、気がつけば一週間が経った。

 その間にも、どんどん姫華は敵を作り、現在は学校だけにとどまらず街全体の女子から嫌われていた。


 それぐらい彼女の行動は、目に余るものがあった。

 尊と登下校を共にするのは当たり前になっていて、それにプラスで遊びに行ったりもしていた。


 尊はただでさえ目立つのだから、その隣にいる彼女が気づかれないはずがない。

 あの女は一体誰だ、となって情報は一気に広まった。

 だから街を歩けば、彼女に対して注目が集まる。

 それは彼女の理想通りなのだが、喜んでいるかといえばそうでは無いようだった。



 一週間前は、自信ありげに不敵な笑みを浮かべていたのに、現在は疲れ切った顔をすることが多くなった。

 薔薇のように輝いていた頬は、すっかり痩せこけてしまっていて。

 目の下には、隈が出来てしまっている。

 睡眠不足なのか、足取りもふらふらとしていて危なっかしい。


 たった一週間で、どうしてこんなことになってしまったのか。

 女子にいじめられて、精神的に病んでしまった。

 美朝が注意だけでなく行動に移した。

 その、どちらでもない。


 むしろ女子は、何故こんな状態になっているのか不思議に思っているぐらいだ。

 しかし、いい気味だと心配はしていなかった。



 そんな彼女と、尊はずっと一緒にいた。

 彼女の変化を間近で見ているはずなのに、いつも一緒にいるから分かっていないのか何も聞かなかった。

 彼女も心配をかけたくないからか、今の所相談もしていない。


 彼女の身に何が起きて、こうなってしまったのか。それは、実に単純で明快な原因のせいだった。

 小さな不幸が、彼女に頻繁に襲い掛かって来たのだ。

 何も無い所で転んだり、上から鉢植えなどのものが落ちてきたり、道を歩いていると犬が襲い掛かってきたり。


 一つ一つは小さなことなのだが、それが積み重なるとストレスになる。

 大体が尊と一緒にいる時なので、助けてはもらえる。

 しかしそれが嬉しいと思っていられたのは、最初だけだった。


 そういうことが、どうして続くのだろう。

 そんな風にばかり考えてしまって、彼女はどんどん気分が沈んでいってしまった。


「何で、絶対におかしいでしょ。偶然でここまで続くなんて」


 色々と考えてしまって、夜も眠れずに寝不足。

 そのせいで尊との距離も、予定よりは縮まっていなかった。

 それに対して焦ってしまい、精神的に追い詰められてしまっていた。


「絶対、誰かが私の邪魔をしているんだ。絶対にそうだ」


 全員の人が敵に見えて、彼女は疑心暗鬼に陥る。

 それでも学校に行くのをやめないのは、尊の存在があったからだ。

 周りが敵に見える中で、彼だけが救いになっていた。

 だから彼女は、どんどん依存している。


「ねえ、尊君。私とずっと一緒にいてね。お願い」


「みんなは私に優しくないけど、尊君だけは別」


「あなただけがいてくれたら、他に何もいらない」


 まるでメンヘラの彼女のように、恋人でもないのに重い発言を繰り返す。

 そして実際に大半の時間、彼にくっついて離れようとはしなかった。


 そんな姿は、彼女がもう少しで壊れると周囲の人の目にはうつった。

 だから待っていれば勝手に潰れると、余裕を持っていられる人が増えた。


 ある者は、いついなくなるかと賭け事を始め、またある者は早く潰れるように毎日悪口を彼女にだけ聞こえるように言った。


 こうして彼女の立場が実は弱くなっているかのように見えるのだが、美朝の対応だけは他と違っていた。


 あの日、手紙を彼女の下駄箱の中に入れて以来、全く関わろうとはしていない。

 姿が見えれば、絶対に会わないように避ける。

 尊との噂話も、右から左へ受け流す。

 両親に何かを聞かれても、別に話にすり替えて誤魔化していた。


 一切関わりたくない。

 彼女の行動からは、そんな気持ちがひしひしと感じられた。


 姫華と関わらないということは、同時に一緒に過ごしている尊とも関わることが少なくなるということで。

 家族での決まりで、必ず一緒に食べる朝食の場以外、二人が顔を合わせる時間はなくなった。

 朝食の場でも話をしないため、一週間近く全く口を聞いていない状態だ。


 別に喧嘩をしているわけではない。

 ただ何となく話をする機会が無いだけなのだが、今までべったりとくっついていたのを見ていた人達は、不仲説を流すようになった。


 一緒に登下校していたのを、急に全く口をきかなくなったのだから、こういう噂が流れるのも仕方の無いことかもしれない。


 二人のそんな様子を近くで見ている両親は、どう思っているのか。


「尊は尊でなにか考えがあるだろうし、美朝も馬鹿ではないからね」


「何だか楽しそうだから、別にいいと思うわよ。私が余計なことをしたら、今の状況が台無しになってしまいそう。私達は傍観者という立場でいいのよ」


 特に重く考えているというわけでもなく、あくまで第三者という立場を崩さないみたいだ。

 だから会話の減った朝食の場においても、子供達を諌めることは無かった。


 そんなわけで静かな朝食の時間は、知らない人から見たら居心地の悪いものに思える。

 しかし四人にとっては、特別嫌なものではないようだ。

 その証拠に、誰も朝食をみんなで食べるは止めようという提案はされなかった。


 ほとんど無言のまま朝食の時間は終わり、半ば走りながら尊が部屋から出て行く。

 三人になった空間で、誰かが口を開くのかといえば、そうでもなかった。

 美朝は特に何も言わずに、尊がいなくなって少し経ってから部屋を出ようとした。


「美朝」


 しかし美夜に名前を呼ばれて、動きを止める。


「何でしょう、お母様。学校に行かなきゃならないので、できれば手短にして欲しいのですが……」


「呼び止めてごめんなさい。そんなに時間はかからないから。……もうすぐ、あなたの誕生日でしょう? 何か欲しいものがあるなら、用意しようと思って」


「欲しいもの……ですか」


 美朝は深く考え込み、眉間にしわを寄せる。

 プレゼントを用意すると言われたのに、すぐには思いつかないみたいだ。

 そして考えに考え。


「……去年と同じで、実験をするのに必要な材料の詰め合わせでいいです」


 結局出した答えは、そんなありきたりな答えだった。


「あら、そう。詰め合わせね。今年も、私が選んだもので良いのかしら?」


「はい。お母様が選んだものの方が、良質なのが多いので」


 美夜は、とても残念そうな顔をしていた。

 もっと違ったものを、要求されたかったのかもしれない。

 毎年同じものばかり用意するのは、渡す方としても面白みがない。


「そろそろ学校行きます。私の誕生日は、去年みたいに豪華にしなくてもいいですから。別に祝ってもらわなくてもいいです」


「美朝、何を言っているの……全く、あの子ったら」


 だから美夜としては、他にも何かあれば聞きたかったのだが。

 美朝は素っ気無く言って、部屋から出て行ってしまった。

 子供らしからぬ態度に、美夜は珍しくため息を吐く。


「思春期というものだろう。女の子だから、尊とは考えも違ってくる。下手に刺激しない方が、お互いのためだ」


「そうかもしれないけど、私はもっと構いたいわ。せっかく女同士なのだから、いっぱい遊びたいの。元々ベタベタする子じゃないのは分かっているけど、寂しいわ……」


 帝はどちらかというと、あまり構うタイプではない。

 例外があるとき以外は、基本的に放任主義である。


 しかし、美夜はその逆だ。

 子供たちには構いたいし、構われたい。

 そんな性格のせいで、子供達から逃げられることは多々あった。

 帝からは、いつも喜ばれているが。


「きっと尊の方が落ち着いたら、自然と美朝も変わるさ。それがいつになるのかは分からないけど、そっと見守っていよう。寂しいのなら、私が相手になるから」


 今回も彼にとっては、美夜を独り占めできるチャンスだと思っている。

 もしかしたら、その為に放置している可能性もあった。


 あんなにラブラブしていても、帝にとっては子供達の手前なので我慢している方だった。

 そんなわけで、二人きりなのを良いことに美夜とラブラブしようと考えていた。


「そうね。寂しくなったら、あなたに頼るわ。まだ大丈夫よ。美朝のために、材料の準備をしてあげなきゃ」


「……あ、ああ。分かった」


 しかし、美夜は抱きしめようとした帝の腕をかわして、食器を片付け始める。

 行き場のなくなった腕を、だらりと下に落として帝は肩を落とした。


「あなたも早く寝てね。今日は仕事が長くなるのでしょう? 一家の主として、今あなたが倒れたら大変だから。それに私達は、あなたに支えられて生きているのを忘れないで。……大好きよ」


「ああ! 今日も君たちのために、仕事をバリバリやってくる! 私も大好きだ!」


 それでも美夜の言葉一つで、簡単に機嫌はなおってしまう。

 顔を輝かせて、彼女を軽くハグすると意気揚々と部屋から出て行った。


 その後ろ姿を見ながら、美夜はくすりと笑う。


「ふふふ」


 その笑いには何が含まれているのか。

 良い意味にもとれるし、邪悪にも思えた。

 もしかしたら、彼女が一番一家の中で不思議な存在なのかもしれない。


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