第22話



 学校を出た美朝は、いつもの道を歩きながら小さく息を吐く。


「まさか二人に気を遣われるなんて。私も、まだまだかしらね」


 そしてポケットの中から、とあるものを取り出した。

 それは、尊が姫華に渡したのと全く同じ銀細工だった。


「……こんなものに心を乱されるなんて、あってはならないことだわ」


 太陽に透かしキラキラと輝いているのを、しばらくの間見つめるとポケットの中にまたしまいこんだ。


「いつも通り、私は私。それで良いのよ。絶対に、誰にも影響されない」


 学校のある方向を見すえた彼女の顔に、迷い焦り悲しみ、そんな負の感情は消えていた。

 瞳はギラギラと強さを感じるものになっていて、本来の姿を取り戻したのだ。


 いつもの調子になった彼女は、学校への道のりを力強く歩き出す。


「あの女、隙を見せたらやる」


 ……実際は、本来の姿を取り戻したのかは微妙なところだったが。



 時間を少し巻き戻そう。


 美朝よりも先に家を出た尊は、丘を降りたところに人が立っているのに気がついた。


「あれ、姫華さん?」


 そこにいたのは姫華で、尊の声が聞こえるとうつむいていた顔を上げた。


「あっ、尊君! おはよう!」


「おはよう。もしかして、僕のことを待っていたの?」


「そ、そんなに待ってないよ。……ひゃっ」


 彼女を確認した尊は、駆け足で近づく。

 そしてすぐ前まで行くと、その手を取った。


「手が冷たくなっているね。ごめん。そんなに長い時間、ここで待たせていたってことだよね」


「そそそそんなことないよ。ああああああのててて手がっ」


 姫華はまさかそんなことをされるとは思わず、余裕の表情を崩れ去って顔を真っ赤に染めあげた。


 彼女は自分で攻めるのはいいが、攻められると弱いタイプだった。

 だから突然の行動に、思考回路がショートしてしまう。


「僕のせいで、寒い思いをさせちゃったから。手が温まるまで、こうしていようと思うんだけど。……駄目かな?」


「全然駄目じゃない!」


 しかしそれでも、彼が手を外そうとした時は、すぐに回復して阻止した。

 握られていた手を握り返し、彼の顔を真正面から見つめた。

 そしてその顔の良さを間近で受けてしまい、あまりの尊さにやられてしまった。


 手を握った尊は、まるで王子様のように輝いていた。

 見間違いでもなんでもなく、キラキラとしたエフェクトが彼の周りを飛んでいる。

 それが彼女の顔に当たって、弾けて消えていく様は物語の中に入ってしまった気分にさせる。


 そして彼女の手が温まるまで、手は握り続けられたままだった。

 しかし顔を赤くさせた彼女の体温は急激に上がったため、すぐに離されることになった。

 一応、一緒に登校する目的で、彼が来る道で待っていた彼女の作戦は成功した。


 昨日とは違い、二人きりで並んで歩く道は、彼女にとっては楽しいものだった。

 邪魔者だった美朝がいないだけで、こんなにも会話がスムーズにいくとは。


 昨日、たくさん煽っておいて良かったと内心で笑う。

 尊にはバレないように、こっそりと。


「そういえば昨日渡したあれ、つけてくれている?」


「うん、ちゃんとつけているよ。……ほら」


 話を続けるうちに、尊がふと聞いてきた。

 それを聞いて、姫華は自信満々にネックレスを取り出す。


 銀細工は太陽の光に照らされて、今日も輝いている。

 昨日家に帰ってから一生懸命ピカピカに磨いていたおかげで、輝きは増していた。


「それなら良かった。大事にしてくれていて、とても嬉しいよ」


「ちゃんと大事にするよ。だって尊君がくれたものだから」


 彼女が手入れをしたことに気づいた尊は、目を細めて笑う。


「ありがとう。それは僕だと思って、ずっと一緒にいてあげて」


「う、うん。分かった」


 いつもの穏やかなものとは違い、その笑顔の中に怪しい雰囲気を感じて、彼女は自然と息を呑んだ。


 それは恐怖からではない。

 彼が随分と、妖艶に見えてしまったのだ。


 だから顔を数秒の間見つめて、頭の中に浮かんだ想像にまた顔を真っ赤に染めた。


「どうしたの? もしかして熱でもあるの?」


「ち、違うよっ。熱とかじゃないから、大丈夫だから!」


 その顔に、尊は病気を心配して手を伸ばそうとした。

 しかし、これ以上の接触は彼女の精神が持たないと、慌てて触ろうとするのを止める。


「それならいいけど、美朝も昨日は体調が悪そうだったから風邪が流行っているのかも。だから気をつけてね」


「そうなの? ふーん、体調が悪かったんだ……」


 額を触るのは諦めた彼の言葉に、彼女は意味ありげに呟いた。

 何となく彼女は、美朝の急な体調不良の原因が分かった。


 だからこそ笑うのを抑えるのに、必死になる。

 そして頑張って眉を下げ、心配そうに見える表情を作った。


「もしかして今日、尊くんが一人で来たってことは、お休みなの?」


「違うよ。ただ、いつも一緒に登下校するってわけにもいかないから。兄妹としての距離感がね」


「あっ、そうなんだ。それじゃあ、私が一緒に行く権利を得る立候補をしようかな……なーんちゃって」


「いいよ、というか僕から言おうとしていたから、ちょうど良かった」


 美朝の心配をするという建前で、一緒に帰るために冗談らしく言った彼女は、その答えに驚きすぎて素を出してしまった。


「マジで? ……じゃなくて、本当にいいの?」


「うん、昨日から帰っているし今日も一緒に行っているけど、これからよろしくね」


「よ、よろしく」


 作戦が上手く行きすぎていて、恐ろしくなっているぐらいだ。


 それでも手ごわいと思っていた敵が、勝手にいなくなり彼女の良いように働いたのは嬉しかったようで。

 引き締めようと頑張っていた顔は、いつの間にか緩んでいた。

 彼女の頭の中には、これからの順序がムービーで流れていて。


 このまま登下校を一緒するのはもちろん、学校に着いてからもずっと一緒にいることから始める。

 お互いのことを話し、さらに仲良くなった頃に、もう一度家に行きたいと言う。

 きっと仲良くなっているから、断られることは無いはず。


 そして家に行ったら、美朝以外の家族になんとか取り入るのだ。

 もしも彼女が復活して反対したとしても、外堀を埋めておけば敵ではない。


 そうなったら、後はもう自然の流れのように進む。

 お付き合いを始めて、同棲して、最終的には結婚。

 結婚後は、莫大にあるだろう遺産を継ぐ尊と、幸せな生活を送る。



 ……とまあ、ここまでをものすごいスピードで見終えると、いつの間にか学校が見えていた。

 しかし同じクラスの、更には隣同士の席だから別れることはない。

 姫華は彼との会話を、心ゆくまで楽しむだけだった。


 さて尊が美朝以外の人と、二人きりで登校しているという光景に、すれ違う人が二度見どころか三度見四度見、果ては動画で撮る人も出る始末。

 その注目は彼女の気分を良くするだけだとは知らずに、全ての人が何かしらのアクションを起こしていた。


 昨日の一件があり、女子の間では要注意人物になっていた姫華に対して、一緒に登校をするなど調子に乗りすぎだと殺気を向ける人もいる。

 それも彼女にとっては、羨望の眼差しに変換されてしまっていた。


「……ああ、本当に最高」


「何か言った?」


「ううん。何も言ってないよ」


 種類は負の感情だとしても、彼女に注目をしてしまっている時点で、すでに手のひらの上で転がされている。

 尊が何を考えているのか分からず彼に嫌われるのだけは避けたいから、直接的に攻撃するものは今のところ誰も出てこなさそうだ。


 それは、彼女の行動にストップをかける者がいないということ。


「ねえねえ、尊君。まだ教科書もらえないらしくてね、今日も一緒に見てもいい?」


「いいよ。転校したばかりだと、色々と不便で大変だね」


「本当にそう。こんなにも色々あるとは思わなかったけど、尊君のおかげでそこまで不便じゃないよ」


 何故、こういう時に真っ先に邪魔をするはずの、魔女の姿がないのか。


 エスカレートしていく姫華の行動に、いつもは邪険にしていた美朝に何とかして欲しいと思う人はたくさんいた。

 それは厚顔無恥という言葉がよく似合ったが、人の心を読める人がいない限りはつっこまれない。


 そういうわけで、いつもとは違う思考に全員が包まれる中、相変わらず周りに興味が無い尊はいつも通りに穏やかに微笑んでいた。


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