第21話



 次の日、ベッドではなく床の上で目を覚ました彼女は、少しの気だるさを感じた。


「風邪でも、引いたかしら」


 自分の額に手を当てて、いつもより熱っぽいのを確かめる。

 しかし微熱なので、そこまで大事にする必要は無さそうだと判断した。


 逆に今、両親に言えば学校は休まされるし、美夜がじきじきに黒魔術をほどこす事態になりそうだ。

 それは彼女にとって、良い状況とは言い難かった。

 だから誰にも不調は伝えずに、学校の準備を始めた。


 食卓に行けば、すでにほかの家族はそろって座っていた。


「おはようございます。お父様、お母様、お兄様」


「おはよう、今日はいつもより遅かったな。夜更かしでもしていたのか?」


「あら、あはよう。ご飯はもう出来ているわよ。学校に遅れる前に、早く食べなさいね」


「おはよう、美朝」


 美朝が挨拶をすれば、それぞれ返してくれる。

 その中で、尊の返事がいつもより素っ気なく聞こえたのは、彼女の気のせいなのか。

 しかし尋ねるなんていう選択肢はないので、特に何も言わず静かに席に座った。


 みんな彼女を待っていたのか、座って直ぐに食事の挨拶を帝がした。

 そして、それぞれのペースで食べ始めたのだが。


「ごちそうさまでした。それじゃあ、行ってきます」


 まるで流しこむような勢いで料理を口に運んだ尊は、全てを食べ終えると、素早く立ち上がりそのまま部屋を出ていった。

 そのスピードは速くて、誰も何を言う暇がないほどだった。


 まるで台風が過ぎ去ったあとのような静けさの後、いち早く回復した帝が首をかしげた。


「今日はどうしたんだ? いつもは美朝と一緒に学校に行くと、待っているはずだろう」


 そして口に出されたのは、美朝が触れられたくないと思っている話題だった。

 食事の途中だった彼女は、持っていたナイフとフォークを置いてナプキンで口元を拭う。


「お兄様は、あれを渡す相手が出来たみたいなので。私達はしばらく別行動をしようと、提案したの」


「あら、そうだったの? 早く言ってくれれば、昨日はお祝いしたのに!」


「いえ、まだ昨日会ったばかりで、成就するまでに時間がかかるみたい。だからお祝いするのは、もう少し待ってからにしましょう」


「そうだな。美夜は少し気が早い。尊が報告してからにしよう」


 美朝の言葉に、まず真っ先に反応したのは美夜だった。

 目を輝かせて、楽しそうに手を合わせて笑う。

 そして早速、お祝いの準備を始めようとしたので、慌てて美朝と帝が止めた。


「あら、そう? それならお祝いは、後にしましょうか。でも仕込んでおくのはいいわよね。うふふ、腕がなるわあ」


 それでも、彼女を完全に止められなかった。

 しかし楽しそうなので、それ以上は野暮なことは言わず、帝と美朝は自然と顔を見合わせた。


「……何だか寂しそうだな。美朝」


「お父様の気のせいですよ」


「それならいいが。良かったら、今日は学校まで送らせようか?」


 帝の見守るような視線が、彼女にとっては居心地のいいものではなかった。

 だから視線をそらし、軽く頭を下げる。


「大丈夫です。子供ではないので、一人で学校に行けますから」


「そうか。何かあったら、私か美夜に相談しなさい。いつでも力になるからね」


「……はい。ありがとうございます、お父様」


 あくまでも頼ろうとはしない美朝に、帝はいじらしく思いながらも手は出さないことにした。


「あらあら、二人で楽しそうに何を話しているのかしら? 私も入れて、って言いたいところだけど、美朝はそろそろ学校に行かないと遅刻するわよ」


「本当だ。ごちそうさまです、お母様。……行ってきます」


 二人の話が終わった頃、色々とお祝いになにをするのか考え終わったのか、間に入ってきた。

 そして美朝の頬を撫でて、優しく笑った。

 その撫で方は母性に満ち溢れ、自然と美朝は入れていた肩の力が抜ける。


 彼女は美夜と同じように笑って、席から立ち上がった。

 そして、部屋を出る際に振り返った時には、起きてすぐの暗さがどこかに吹き飛んでいた。


 美朝が部屋から出ていき、帝と美夜の二人がその場に残ったのだが。


「あからさますぎたかな、こういうのは少し苦手で。人を慰めるというのは難しいものだ、ましてや自分の子供なんて」


「大丈夫ですよ。あなたは、きちんと父親らしく出来ていましたわ。私の方こそ、あまり上手に出来なくて」


「いやいや。美夜も、母親として美朝のことを温かく見守っていたよ。それは、ちゃんと伝わっているはずだ」


 扉の方を見ながら、並んで座っている二人は穏やかに話をする。

 その顔は、親としての愛情でいっぱいだった。


「それにしても意外ね。美朝があんなにも動揺するなんて。好きの度合いは、尊の方が大きいと思っていたわ」


 美夜はつい先ほどまでの、美朝の様子を思い出しながら頬に手を当てる。

 あそこまで取り乱した彼女を見るのは、初めてのことだった。


「そうかな? 私は、あの子達はお互いに、同じぐらいのベクトルを向けていると思っていたよ。共依存に近い関係だったからな、今回はいい機会になるだろう」


「……そうね。こうやって子供は、どんどん成長していくのよね。私達に出来ることと言ったら、頼られた時にしっかりと守ってあげることでしょ」


「ああ。あの子達が考えて、導き出した答えは受け止める。たったそれだけのことでも、力になれるはずだ」


 帝はナプキンで口を拭いて、美夜の空いている方の手を握る。

 それから、また扉を見た。


「たとえ、どんな結果になったとしてもね」



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