第19話
「……お兄様、そちらの方はどなた?」
昇降口にたどり着いた尊達。
そこには予想に反して、すでに美朝の姿があった。
いつもは、ある時期からすっかり変わった担任が、熱く長話をするのだが今日は違ったようだ。
そして自分の方が早く終わった時は、すぐに一人で帰ってしまうのに、珍しく待っていた。
尊の靴箱の前にいた彼女は、彼の隣に見知らぬ女子の姿があるのに気がつき、眉間にしわを寄せて尋ねる。
とても機嫌が悪いのは、誰が見ても明らかだ。
「美朝、今日は待っていてくれたんだね。この子は、僕のクラスに転校してきた姫華さんだよ。美朝と仲良くなりたいって」
「ふうん……姫華さん、ね」
「……よ、よろしくねっ。えっと美朝ちゃん?」
しかしそんな様子が分かっているのに、火に油を注ぐことを、ためらい無く言うのが尊だった。
紹介された姫華はというと、美朝に会う前は自分が主導権をとろうと思っていたのに、あまりにも雰囲気が怖いから涙目になっている。
それでも何とか笑顔を作って手を差し伸べたのだから、普通の人よりは強い。
手を差し伸べられたら美朝は、その手をじっと見つめて無視をした。
「こら、美朝。無視するのは駄目だよ」
それを見て尊が注意をするが、彼女はその言葉も無視をして下駄箱から離れる。
「美朝?」
「お兄様は、その人と帰るのでしょう? それなら私は、一人で帰ります。だから、どうぞ仲良くしていてください」
彼女は何の感情も込めずに言うと、そのまま誰の顔も見ずにきびすを返した。
そして本当に、一人で帰ろうとする。
「美朝、待って。姫華さん追うよ! 早く靴はいて!」
「え? え? ままま待ってよ!」
その後ろ姿がどんどん小さくなっていくのを、尊は追うために慌てて靴を履き替えて走った。
おいていかれそうになった姫華も、先に行ってしまった二人を追おうと急いで靴に履き替えた。
そして姫華が必死に走り、追い付いた時にはすでに尊と美朝は並んで歩いていた。
「美朝。どうして、そんな不機嫌な顔をしているの? 朝は普通だったのに。もしかしてクラスで、何かあった?」
「別に、いつも通りよ。お兄様の気のせいです」
「それが、いつも通りでは無いと思うんだけどな」
会話は仲が悪そうだが、その距離感がなんだかおかしかった。
「……何あれ、近すぎでしょ。兄妹なのに」
二人の距離は、まるで恋人同士かと思うぐらい近い。
何故か腕を組んでいて、不穏な会話をしながらも互いの表情はやわらかいものだった。
いくら仲のいい兄妹だとしても、そこまで近いのは変だ。
二人に追い付いた姫華もそう思って、呆然としながらつぶやく。
尊について調べた時に、仲が良いのは知っていた。
しかし、ここまでとは全く予想していなかった。
だから少し後ろの方で、二人の様子をしばらく観察する。
「お兄様、先ほどの方はいいんですか? 一緒に帰ると言っていたのに、置いていっていますけど」
「そんな心配をするなら、止まってくれないかな。たぶん追ってきているだろうから、待っていてあげないと」
「私は一人で帰りますので、お兄様が待っていてあげればいいじゃないですか。可哀想でしょう」
どうやら姫華の心配をしているみたいだが、結局待つ気配は無いのだからどちらも酷い。
後ろに彼女がいる事に気が付かずに、どんどん歩いていく。
彼女は一瞬帰ろうかと思ってしまったけど、逃げるわけにはいかないと走り出した。
「み、尊君っ。お待たせっ。えっと、美朝ちゃんも」
そして空気を切り裂くように、二人の間に割って入った。
彼女の行動に美朝は、ムッとした表情を浮かべる。
その顔が見えてしまった彼女は、今までの嫌なことはすっかり消え去って優越感に浸り満足した。
「尊達の家まで、あともう少ししかないね。あのさ、明日も一緒に帰っていいかな?」
「え? いいよ。今日は結局、ほとんど一緒に帰れなかったからね。明日も帰ろうか。美朝も、いいよね?」
「……ええ、構わないわ。一緒に帰りましょうね。姫華さん」
彼女が来る前まで機嫌の良かった美朝の顔が、昇降口の時のように歪んだ。
それも更に、彼女の気分を上げる。
「大丈夫? 美朝ちゃん、何だか顔色は悪いよ?」
「別にいつも通りですよ。元々です」
美朝の言う通り、別に彼女の顔色はいつも通りだった。
ただ単に、姫華がわざとそんなことを言って挑発したのだ。
そしてその挑発は上手くいったのか、美朝の顔は人をこれから殺そうとしているのではないかというぐらい危ないものになっている。
姫華はもっとその顔が歪むのが見たくて、攻撃を進めようとしていた。
しかしそうしようとする前に、別れなくてはならない場所に辿り着く。
「姫華さんの家は、この先の道を進んだところだろう? 僕達は丘の上だから。家までは送ってあげられないけど、気を付けて帰ってね。まあ、ここら辺で変質者が出たことは無いから大丈夫だと思うけど」
「ありがとう。今日は楽しかった。明日からもよろしくね」
別れの挨拶をしている尊と姫華の隣で、美朝は遠くの方向を見て話しに入らない。
さっさと帰りたがっているようだった。
それを横目に確認すると、姫華は悪い笑みを浮かべた。
そして、胸元からネックレスを取り出す。
「あ、そうだ。尊君。これ、本当にありがとう」
「いいんだよ、大事にしてくれればいいから」
美朝に見せつけるように、尊にもらった銀細工を顔の横に掲げた。
遠くを見ていた彼女は、何ともなしに視線を向けて驚きで顔を染める。
「……それ、嘘……」
彼女にしては珍しく、その表情をとり作ることもしない。
その顔のまま固まっていて、ただただじっと銀細工だけを見ている。
これまでとは立場が逆転したことに、姫華は体の底から出て来た喜びが全身を包み込んだ。
この顔を見られただけで、彼女は自分の勝利を確信した。
そして出していたそれを、ことさらゆっくりとしまい込むと、尊にだけ手を振った。
「それじゃあね、また明日。バイバイ」
「また明日、姫華さん」
美朝は、最後まで固まったままだった。そこから回復したのは、尊が肩を軽く揺すったおかげである。
「大丈夫、美朝?」
「……え、ええ。大丈夫です。何でもないですから。帰りましょうか」
姫華が曲がり角で姿が見えなくなってからも、その気配を追うように見ていた彼女は、覚醒してからもどこかぼんやりとしていた。
それを心配して尊が更に触れようとしたけど、ひらりとかわされる。
「美朝……?」
「お母様も待っているでしょうし、早く帰らないと心配されますから。ぼーっとしていると置いていきますよ」
彼は触れられなかった手を上げたまま、彼女の名前を呼んだ。
しかし、それに対する返事は無かった。
冷たい対応をされることは多いのだが、無視されるのは今までありえなかった。
だから今度は尊の方が固まってしまう。
しかし美朝は言葉通り彼のことをおいて、帰るために丘を登った。
彼が気ついた時には、すでに美朝の姿は影も形も無くなっていた。
慌てて後を追って走ったけど、家に着くまで会う事は無かった。
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